3 訓練Ⅱ
調律訓練が開始された。
学生たちの様子もそれぞれ描かれていく。
調律訓練の苦手な照は無事成功するのか。
照は、気持ちを切り替えて集中しようと深呼吸する。ふぅ。
すると、まだ近くにいた百合音がさっきのやりとりが不満だったというように
「少しは言い返せ、見てるこっちがイラつく」
と舌打ちしながら言ってきた。
「いつもごめんね、百合ちゃん。でもいいんだ。
僕には怒りとか憎しみとか・・・そういう気持ちがイマイチ分からなくて・・・」
照は本当に分からない。人が、当たり前に感じることができる感情がどういうものなのか。
海斗に嫌味を言われても、百合音がそれで腹を立てていても文脈は分かるが、なぜそこで相手に感情をぶつけるのか。自分にとっては、大切な学友であること。それだけだ。
「生きづれーな」
パァアン
百合音は独り言のようにつぶやき、銃を空に向け空砲を放った。それが彼女の調律であった。
照は百合音の調律を見送ると、周りを見渡す。他の学生はもう残っていない。
全員の調律が終わるまで待っている羽留人が心配そうに照を見て声をかけてきた。
「尊堂、大丈夫か?いけるか?」
「は、はい!いけ・・・ます」
照はもう一度、目を閉じて深呼吸する。
前に受鈴に教えてもらった。
「自分の好きな場所を想像するのだ」と。
照は、温かい水の中、ゆらゆら揺れている自分を想像する。
水の中、でも苦しくない。安心する場所。
そこから出るイメージ!!!
調律を見守っていた羽留人は照の姿が消え、無事調律できたことを確認すると
「よし、尊堂も行ったな。今年の3年は上出来上出来♪」
と全員調律できたのを確認して自分も無次元に向かった。
――――――――
無次元に到着した学生たちの反応は様々であった。
「ここが無次元?全然変わんねーじゃん。」
百合音がいつものように気だるげに言う。
「次元が違うといっても時間の流れは変わらないから季節も同じだしな~」
受鈴はお家柄、無次元に調律したことがあるので慣れた感じだ。
「わ!この花はあっちにはないんじゃないのー?ね、あの公園行ってもいい?」
最年少の花ノ目歌火。年相応に元気いっぱいだが、浄貫師としての高い資質を持ち、周りの子どもたちが小学校に上がるとき、歌火はこの人聖学園に入学してきた。
「歌火様、勝手に動いては危ないです。ささ、山田の側を離れないでくださいまし。」
このジェントルな男性は山田である。
彼は、花ノ目家の使用人であり最年長の学生だ。資質はあったものの自分は手の届く範囲を守りたいと仕える家を出たがらなかったが、歌火が学園に通うと言ってきかないので、両親が「山田と一緒なら」と送りだした。
歌火のパワフルさにいつも振り回されている。
「・・・」
海斗は居心地が悪いのか、無言だ。不安なので百合音を見て精神を整えている。
「東条くん、大丈夫ですか?気圧が違います?かね」
海斗のいつもの減らず口がないのを心配して声をかけてきたのは、八雲雷である。
彼の、一重の涼し気な目と薄い唇。そう、文句なしのイケてるメンズである。
一歩引いて回りをみて、冷静に行動する好青年である。
「ん、大丈夫だ。なんかぞわぞわするだけ」
海斗は弱みを見せたくなくてつっけんどんに言い返す。
「さて、みんな揃ってるかー?」
最後に到着した羽留人が全員到着しているか確認のため学生たちを見渡す。
「照が来てませんーーーー!」
受鈴が羽留人に向かって叫ぶ。
「え?おかしいな・・・俺全員調律終えたの見送ってからきたけど。」
羽留人は確かに照が調律したのを見たよな?と頭をかく。
考えられるのは、指定した時間・場所に調律できなかったということだけ。
「周防、ちょっと探知できる?」
羽留人に頼まれた受鈴は、懐から糸のついた鈴を取り出す。そして振り子のようにそれを揺らし始めた。
受鈴は、同じ次元にいる者なら知り合いの範囲で気配を探知できる。この能力で今までも照が違う場所に調律してしまっても見つけてきた。しかし・・・
「う~ん、反応なし、こっち(無次元)にはいないっすね」
「そうか、分かった。尊堂以外はちゃんと調律できたな。
じゃあ、今度は有次元への調律だ。帰るまでが訓練、気を抜くなよ」
照以外の学生たちは、無事訓練を終了する。
一方照は、というと・・・
集中し、調律を完了したと思った照。
しゃあああああっと辺りは目が開けられないくらいまぶしくなる。
「成功・・・した?」
照は顔を覆っていた両手をどかし、おそるおそる目を開ける。
「あれ、ここどこ?みんないない・・・?やっぱり?」
またしても失敗した。照にとっては慣れたことなので自分がどこにいるか把握しようとぶらぶらすることにした。
カフェや食品売り場、時計屋など数々の店が並んでいる。
どこかの町のようだ。知らない町だな。
とりあえず誰かにここはどこなのか聞こうと近くのカフェに入ることにした。
カランカラン
「いらっしゃいませ~、お一人ですか?」
店の店員が照に気づいて声をかける。
「あ、はい。あの、ちょっとお聞きしたいことがあって」
店は繁盛していて忙しいいのか、店員は照に少し待つよう促す。
「ちょっと待ってくださいね~、そこのカウンターに座って待っていてください」
照は急いでも仕方ないとカウンターの椅子に腰を下ろし、前の壁に描かれたメニューをぼぅっと眺める。すると、後方から
ガっシャン
「もう我慢できないのっ!!」
女性の声とともにグラスが床に落ち、割れる音がした。
照がたどり着いたカフェでなにやら不穏な出来事が...
照は今どこにいるのだ。