15 開放Ⅲ
まるでサメのような・・・姿をした者が目の前にいる。
「海斗くん・・・そんな・・・」
海斗が貫化され、みるみる姿形が変わっていく。フィールドは水に覆われもう地に足がつかなくなってきた。
観戦席の方でも水の勢いに全員が飲み込まれようとしていた。
「ごぼっみんな、大丈夫か!?」
受鈴が周りを見渡し、離れた者がいないか確認する。
「おいおい、私実は泳げなっうっぷ」
百合音は以外にも泳げないらしく、水が口の中に入ったのだろう苦しそうだ。
「ゆりゆりー!口閉じてっ!ばたばたしないよ!」
「歌火様大丈夫でございますか、手を!」
それぞれがこのパニックの中、状況を把握し、どうにかしようとするが水の中という慣れない空間では為すすべがない。しかし、こんな状況でも上級生の要と響は怯むことなく動き始めた。響が要に合図をする。
「要!」
「おう!」
しゃらん しゃららん・・・
鈴の音がした次の瞬間、水の中にぽわんっと空間が現れた。要と響は学生たちの周りの空間を調律し、しゃぼん玉のように空気の膜で覆ったのだ。名前を呼んで目を合わせるだけでお互いが今すべき状況が分かっていて最善の選択ができる。さすが現場に出ていることはあっていい連携だ。
「ぜぇ、はぁ、息が・・できる、死ぬかと思った。」
百合音は水の中でうまく息ができなかったのだろう。心底安心している様子だ。
「百合ちゃん泳げないんだ」
受鈴が意外そうな、不思議そうな顔で百合音を見る。
「うっせ、沈めるぞ」
いつもの調子でいがみ合っているが、やはり怖かったのだろう。3割くらい勢いがない。
「みんな大丈夫か?とりあえずよっぽどのことがない限りここは安全だ。」
「尊堂くんが心配ですね。」
雷が流れが強く、良く見えない水の中を目を細くして見つめる。照がそのまま水に飲み込まれているならそろそろ息が続かなくなってくるころだろう。羽留人の姿も見えない。彼も無事なのだろうか。
その時羽留人はまだ水の中にいた。要と響と同じく、顔周りだけを空気の膜で呼吸ができるよう空間を調律していた。自分の生徒、照と海斗を助けなければと思い、水の中をさまよっていた。
(鷹人の視界では水の中は見えないか・・・ん?あそこが渦巻いている」
守護神である鷹人の能力はとても目がいい。人間の6倍以上の視力があり、1キロ先も見えるという。羽留人は鷹人の見ている視界をトレースすることができる。上空から見るとまるで海のように水面は大きくうねっている。一か所渦巻いているのを見つけた。ここに、海斗と照がいる・・・。
羽留人は自分がいる場所と鷹人の視界を考え、二人の学生のもとへ向かっていく。
照はもう身体が水の中に沈み、息が続かなくなってきた。どうにかにして脱出し、海斗を助けなくては・・・
「ごぶっぶぁっ」
(息が・・・海斗くんを殺さないで助ける方法は・・・)
びゅんっ
その時、大きな黒い塊が照の横をものすごい速さで通りすぎた。その物体の方を見ると、サメの身体に尾びれが二股に分かれた異形な物体がいる。それが向きを変えて照に狙いを定めるようににらみつけてくる。海斗の面影はもうない・・・
「ぎゃお゛ぎゃあああああ」
尾びれを左右に大きく振り助走をつけている。その動きで水中にも流れができる。今一度大きく尾を振り照に向かって突進してきた。
照はその時、もう息が続かなくなっており、意識が遠のいていく・・・
(海斗くん・・・君の中に誰がいるの・・・?)
照に向かって突進していき口を開け牙をむく。照に噛みつこうとした次の瞬間。
ぱぁぁああああああ
気を失ったはずの照の身体が光り始めた。そして静かに目を開く。目はうつろだが水中に直立し、彼の周りでは水は凪である。母親の胎内にゆらゆら浮かんでいるような安心した表情をしている。
照はサメの鼻先に手をかざし、なにかをつぶやきはじめた。
この世に祝福されし誕生の
生を通じて何を見た
正しく否、善くあれいのち
心からの祝福を
再び、生を与え己を見よ
貫いた矢はやがて鉾を捨て
福音の囁きにかわる
熱と共に懐へ
今流れ込まん
照の口からよどみなく発せられたその言葉は、言い終わると二人を光が包み込んだ。その光は水中の羽留人にも要たちにも見えた。
その光がだんだん消えていく。同時にフィールドを満たしていた水は潮が引いていくかのように水面が下がってきた。
「水が引いていく・・・・あの光はなんだったんだ」
羽留人は肩に降りてきた鷹人とともに光の方に目を向けた。
「照!海斗!」
受鈴が二人の名前を呼んで駆け寄ってきた。フィールドの真ん中には照と海斗が気を失って倒れていた。
「なにが起こった・・・東条は確かに貫化されていたよな・・・?」
教官であり、現場にも立っている羽留人は信じられないといった様子だ。実際、貫化されたものがそのままの姿で帰ってきたことはないのだ。驚くのも当然である。しかし、無事に二人がそこにいることに安堵もしている。
「周防、八雲二人を医務室に運んでくれ。大丈夫だ息はしている。」
「「はい」」
受鈴と雷は1人ずつ抱え足場やに医務室へ向かう。
「何が起こったんですか?まぶしくてなにも見えなかったんですけど」
要が羽留人に聞くが羽留人も何が起きたのか説明できない。
「尊堂がなにか言っているのが聞こえた。」
響が独り言のように言った。照が貫化された者を連れ戻したのか。癒祈師であっても貫化された者を浄貫し、守護神に召し上げるしか方法はないのに・・・
――――この世界(次元)の何かが変わろうとしている
――――――――――
「ごほっ・・・ぷはっ!あ、死ぬかと思った。え?おら生きてるよな・・・?」
川から一人の男が起き上がる。
無次元でも失われたはずの命がひとつ生を吹き返した。