14 開放Ⅱ
「まずは、俺に一撃くらわせてみろよ」
海斗は照の攻撃をカウンターで防ぎ、さらに攻撃の隙をみて吹き飛ばした。転がって倒れた照の前に仁王立ちして言い放ったのである。照はかろうじてまだ立ち上がろうとした。
(接近戦だとあの水の膜で海斗くんにたどり着けない。僕のスピードより圧倒的に速い・・・どうすれば・・・)
照は海斗に付け入る隙がないかと思考を巡らす。自分のできることとできないことをよく考える。そしてこの訓練の意味も・・・数分、両者ともじっと相手を観察し、どう出るか様子をうかがっている。
「お~やってるね、ちょうど照の番じゃん」
フィールドでは緊張したにらみ合いが続いているなか、観戦席に調子はずれな声の主がやってきた。受鈴の兄・要である。その横に彼と同年代らしい男の姿もある。
「あ、兄貴!5年も次演習なのか?」
「違う違う、俺はこれから現場。響とな」
要は親指で隣にいる響という男を指さす。彼らはどちらとも調波師になるために小さいときから鍛えられてきた人間であり、現場でも率先力になる期待の学生である。そんな兄たちを受鈴は尊敬しているし、いつか一緒に現場で活躍したいと常々思っている。
「響さんもお気をつけて」
「ん」
響はとても寡黙な人間で、仲の良い要でさえも一気に話す単語は5つまでしか聞いたことがないという変わり者だ。しかし、歴史の造詣が深く難事件が起こったときなんかは彼の一言でいつも解決への糸口が見つかるという。貫化されるということは、有次元と無次元でひとつのつながりができるということだ。いや、もともとあった見えないものが具現化されるとでも言おうか。だからこそ無次元で何があったのか、その背景を探ることで解ることもあるということだ。
過去にも調律できる要と、その事件背景に詳しい響は性格や能力は違えどベストパートナーに違いないのだ。
「で、照はどんな感じなの?なんかちょっとボコられてるけど」
「ん~なんとか近距離の調律で海斗の隙狙ってんだけど、海斗も水を使えるらしくて変幻自在って感じ」
「あちゃ~、なるほどね。どうするよ照。」
要も余計なことは言わずお手並み拝見という感じだ。フィールドでは、またか海斗が先に動き始めた。
「尊堂、来ないならこっちから行くぞ!もう終わりにする!」
海斗は両手を振り上げて思いっきり地面を叩いた。すると地面がゴゴゴっとひび割れはじめ、隙間から水が溢れてきた。
「わっ」
始めは這うように広がってきた水が徐々に波を立てて水位をあげてくる。照は足元がおぼつかなくなりふらふらする。
(これは、どの範囲の攻撃だ?広がりすぎると観戦席が・・・)
「よそ見してんなよ、溺れるぞ」
照は水の音に集中した。
ごぉぉおおおおおお
さぶーーーーーーん
ごぉぉおおおおおお
ぱんっ
照が両手を叩くと洪水のようにあふれフィールドないを右も左も規則性なく荒れていた水が次第に中央に集まり始めた。うずまくように一本の柱になっていく。その中心にいるのは海斗だ。
「照!なにやってんだか分からないけど、いいぞ!」
「かっぱの川流れですね。自分の策に溺れましたか。」
「かっぱ?かいかいかっぱなの?泳げないの?」
雷がしずかに毒を吐き、歌火は何も分かっていない。
「ごぼっ」
海斗は制御できなくなった水の中でパニックになったのか息が続かなくなってきた。それを見た照が調律をやめ、水圧を下げる。柱状になっていた水は統制を失い、水しぶきが一気に四方に散る。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
海斗は地面に跪き、肩で息をしている。照も立ってはいるが辛そうな呼吸だ。水は海斗の肩の位置、顔すれすれのところまで下がってきた。
「ごほっゔっ」
勝負あったかと思ったその時、海斗が苦しそうに呻き始めた。
「海斗くん!どうしたの・・・っ?」
照が慌てて走り寄ろうとする。海斗の呻き声はどんどん大きくなっていく。息が苦しいにしては様子がおかしい。
「ゔぅううう、ぐぁああああ」
!?!?
海斗の豹変に照以外の観戦組も何があったのかとざわつく。これは・・・
「貫化されてるっ!離れろ照!」
そう叫んだのは観戦席の要である。近くにいた羽留人も海斗の様子に警戒する。
「がぁはっ、はぁはぁ・・・はな・・・ろ」
海斗は苦しそうだが、まだ自我を保っているらしい。貫化されたら、何かしらの変異が起きるのを照はこの前間近で見た。だとしたら海斗はこれから自我を失い、暴れ始めるだろう。その前に何とかしなくては・・・
(はぁはぁ、なんだ・・・胸が痛い・・・もう、意識が・・・)
すると、海斗の身体から水が溢れはじめた。
「はじまった・・・」
要が悔しそうに呟く。貫化した者は、元に戻らないと言われている。浄貫して守護神に召し上げるしか手段がない。まさか、学園の生徒が貫化されるとは・・・一般人よりも能力が高いため、被害も甚大なものになるかもしれない。
どんどんフィールドが水で満たされていく。さきほどの海斗が調律した状態とは全く違う。ざぶんざぶんと白波をたてて辺りを飲み込んでいく。
「おい、全員ここを離れろ!」
羽留人が学生たちに叫んで伝える。すでに膝まで水位が上がってきている。
「鷹人、上から見てきてくれ」
羽留人が何もない空に向かって話しかける。しかし、照はその姿が見えていた。羽留人の背中から大きな翼が広がる。その翼が羽ばたくと羽留人の髪が揺れる。次の瞬間、一羽の鷹が空に向かって舞い上がった。
首もとまで水が上がってきたとき、照も息をするので精一杯になってきたとき、苦しんでいる海斗の背中から尾びれのようなものが現れてきた。目は充血し、歪む口元からはするどい歯が生えてきた。
まるでサメのような・・・。