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美女が野獣。  作者: 健人
第1章 4月
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6.事後

 廃屋を出ると、既に日が傾きかけていた。


「今日は、もう帰っていいそうよ」

 サキが端末を何度か叩いて言った。「私はもう少し、ここに残るから」


「残るって――」

「後始末を依頼した。これから担当者が来る。一応、説明をしないといけない」


 後始末……なんとなく想像はついた。まさか、サングラスに黒スーツの男達がやってくる、というわけではないだろうが。


 大きく息をついて、近くの壁にもたれかかる。


「――これが、君たちのやっている仕事か」

「そうよ」


 生きるか死ぬかの戦い。それに、これから巻き込まれるのか。


 修一は頭を振った。考えても仕方ないし、考えたくもない。家に帰って寝たい。


「帰ってもいいって……それはいいけど、襲われたりしないよな?」

「だから、これを渡しておく」


 サキが取り出したのは、彼女も付けているスマートウォッチ型の端末だった。


「機能は色々あるけど、とにかく着けておけば、あなたの位置情報が分かる」


 それって、監視されてるという事では?


 と思わず口から出そうになったが、昨日からの一連の流れを鑑みるに、自分が思っているより遥か前から監視されていたのだろう。だったら、同じことか。

 受け取ろうと左手を伸ばすと、その手首にサキが素早く端末を巻き付けた。


「これで平気」


 ……まだ、信用されてないんだな、俺。


 受け取るにしても着けるかは後から考えよう、と正直思っていたので、失望したような恥ずかしいような、複雑な気持ちだった。

 まぁ、いざとなったら外せばいいだけの話だ。


 トボトボと一人で駅へと向かう修一を見送っていると、反対方向から数台のバンがやってきてサキの横へ止まった。


「――現場は?」


 開いた助手席の窓から、男が振り向きもせず声を発する。


「その家の二階。経緯と状況は、送信した通り」

「皆、聞いたな? 速やかに作業にかかれ。一時間以内で終わらせるぞ」


 その声にバンから一斉に出てきたのは作業服姿の男達。手際よくトランクから工具などを取り出し、現場へと向かう。

 『後始末』担当の男達。サキ達の行動の結果、こちらの世界に残ってしまったビーストの痕跡をできるだけ消去する為の工作を行う、政府機関の人間だ。できるだけ――というのは、どうやっても消去が無理な場合、適当な理由に合わせた痕跡に作り替えたりするからである。


「……今日はまぁ、マシだな」


 後ろからの声に、サキは軽くため息をついた。


「建物がちゃんと原型を保ってる。目撃者もいなそうだし、頑張ったじゃないの。えらいえらい」


 助手席から降りてきたスーツ姿の男はサキの肩をポン、と叩いた。


「あなたが出張るような状況とは思えないけど」

「まぁ、そうつれない事言いなさんな。ところで――どうかね、彼は」

「……どうって?」


 サキは少し身を引いて、男の顔を見る。口に浮かんだ笑みが、サングラスの奥の表情を容易に想像させた。


 ――やはりこの男は、油断できない。


「とぼけなさんなよ、一緒に来ていたんだろ? 何か、今にも死にそうなツラしていたって聞いたぜ」

「死ななかったから、平気」


「そういう事じゃあ、ねぇんだがな……」

 素っ気ない返事に男は頭を掻きつつ、「ま、情報共有はしっかり頼むぜ。それが契約だからな」


「善処する」

「善処ねぇ……前にも言ったかも知れんけど、お前さんも美人さんなんだから、もう少し愛想よくしてくれると、オジサン嬉しいんだけどな」

「善処する。――もう、帰っても?」


 へいへい、と男は肩をすくめた。サキは申し訳程度に頭を下げると、駅の方へと歩いていく。角を曲がって姿が見えなくなったところで、男は少し速足でその後を追う。が、既にサキの姿は無かった。


「……羨ましいねぇ、どこでもドアーっ、てか」


 と、男は某アニメの物マネをしつつ嘆息した。



 ◇  ◇  ◇



「お帰り~」


 サキが学校の結界に戻ると倫子がウイスキーがなみなみと注がれたグラスを掲げていて、ため息をつきたくなった。吸い殻は灰皿から零れ落ち、何本もの空き瓶が散乱したカウンターの上は阿鼻叫喚の様相である。


「ただいま」


 サッと片づけをして、カウンターに入る。


「ありがとねぇ、疲れてるのに」

「別に。……いや、少し疲れたかもしれない。後始末の中に、あの男がいたから」


 その言葉に、倫子の顔が露骨に歪む。


「全く、耳ざといったらないわね。ま、あんたの事だから心配はしてないけど」


 出かけている間にどれだけの量を飲んだのか分からないが、酔った様子は全く無い。倫子はサキが渡した新たなグラスの氷を回し、


「で? どうだった?」

「仕事の事? 彼の事?」

「両方」

「――じゃあ、仕事から。対象はおそらくこちらに来て数日位の若い女性型。説得を試みたけど失敗して、変身された」


 倫子は先を促すように頷く。


「……最終的に、結界内で処理。建物に痕跡が残ったけど、状況的には仕方なかった。後始末は依頼済」

「ビーストの記憶を見たのね?」


 サキは倫子の言葉に頷く。


「あれは異常に人を恐れていた。……記憶を見て、原因は理解した」


 ビーストの心臓を飲み込んだ瞬間、サキが見たもの。ビーストの記憶。こちらの世界に来て、山中を彷徨い、小さな里に行き着いた。そこで出会った、複数の男達。最初は親切だった彼らの、豹変。そして――ビーストへの変身。


「大丈夫なの?」

「場所はどこかの山の中で、あれは相手の殆どを食べてしまっていた。見つかる事は無いと思う」

「……わかった。それも合わせて、報告書出しといて。万が一の場合、ツッコまれるのはご免だからねぇ」

「了解した」

「じゃあ次。あんたから見て、彼はどうだった?」


 倫子はスツールを回し、サキを正面から見る。


「正直、驚いている」

 サキは無表情で続ける。「結界の展開だけでなく、部分的とはいえ変身までするなんて、想定外」


「ふふん、そうでしょそうでしょ」


 倫子は満面の笑みを浮かべ、グラスを一気に空にする。


「……ひょっとして、想定内?」

「まさか」

 否定の言葉とは裏腹な表情で倫子は手を振る。「あたしだって、驚いてる。まぁ確かに? そうなるように動いてもらったんだけど、ここまでうまくいくなんてね。嬉しい想定外だわ」


「そう」

「何よぅ、嬉しくないの? あの子が早く戦力になれば、その分あんだの負担が減るのよ?」

「色々考えながら動くのは、得意じゃない。一人の方が気楽」


 倫子は肩をすくめ、


「ま、お芝居は今回だけよ。もうあの子も、自分がビーストだって事を嫌でも理解したでしょうし。フォローは続ける必要はあるけど、ね。それについては、今後ともシクヨロ♪」


 軽く息をついて、サキは椅子に腰かける。


 フォロー、か。


 今回の仕事は全て、倫子の仕込み通りだった。全ては修一をビーストとして覚醒させるため。あのビーストをどうやって調達したのか、サキは知らない。


 修一の表情を思い出す。自分の腕を見る、化け物を見たかのような恐怖に震えるあの顔。ビースト。修一。


「……ねぇ、分かってる?」


 その声に、倫子は視線を向ける。


「私にはもう、あまり時間がないって事」

「ああ……そうか。もう、そんなか」

 倫子は何本か指を折りつつ、「ま、大丈夫よ。無駄にはならないからさ」


 サキは無言で文庫本を取り出すと、静かにそれに目を落とした。



 ◇  ◇  ◇



 自分の部屋に入るなり、修一はベッドに倒れこんだ。


 ――一体なぜ、こんなことになっているのか。


 昨日までは何も変わらない日常だったのに。何も変わらないまま、三年の新学期を迎えるはずだったのに。

 左腕の端末に目をやる。一見時計のようにも見える。これがあるという事は、現実なのだ。


 と、端末の画面が光ると同時にけたたましい音楽が狭い部屋に鳴り響き、修一は飛び上がった。


「やっほー! 元気ィ?」

 大ボリュームで、倫子の声が響く。「なぁんか、部屋暗くない?」


「何ですか! 何か用ですか!」


 音量を下げたくてもやり方が分からず、腕に毛布を巻き付けて布団の中に突っ込んだ。


「あら、見えなくなっちゃった。――まぁいいわ。今日は、お疲れさま。いえ、あなたにとっては昨日からね」


 急に発せられた真剣な口調に、修一も耳をすます。


「脅かすわけじゃないけど、これからビーストとして避けられない戦いが待っているわ。もちろん、あたし達も全力でフォローするけど、あなたにも強くなってもらわないといけない。それは、分かって頂戴ね」


 ビースト。ビースト、か。シャツが千切れたままの左腕を見る。あの時――切り裂かれた腕からは、赤い血が噴き出した。だが空中に舞ったそれは次の瞬間蒼色に変化し、修一の腕に戻っていった。そして――変わった。


「あ、ちなみにその端末だけど、一度付けたら取り外しできないから。ヨロシクね!」


 はぁ? 今なんと――。


「大丈夫大丈夫、すぐに気にならなくなるからさ。自分の体の一部と思ってくれればいいのよ。あ、何だったらあたしと思ってもらってもいいわよぉ。寂しい時には話しかけてくれれば即お返事しちゃうし、夜は優しく抱きしめて――あら、何すんのこら、やめ――」


 しばらく揉み合うような音がした後、最後にガラスが割れる音がして、通話は切れた。


 ビースト。ビーストとして、か。


 知らん! 寝る! 俺は人間だ!


 修一は頭から布団を被って――パッと立ち上がった。


「……もう、こんな時間かよ」


 バイトに行かなくてはならない時間であった。

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