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美女が野獣。  作者: 健人
第1章 4月
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5.結界

 果てしなく続くような暗闇を落下し続けて―—ドン、と尾てい骨に響く衝撃で修一は眼を開けた。


「――ここは?」


 ハッとして振り返ると、ビーストが刃物を振り上げて突進して来る所だった。その一撃を間一髪で避けて、前方に転がる。ビーストは修一の体に脚をとられ、突進の勢いまま壁を突き破って外に飛び出し、コンクリの塀に突っ込んだ。伝わる衝撃と、巻き上がる砂埃。


 よく見ると、周囲にはシルエットになってもそれだと分かるバラバラになった木材や建具が散乱している。家、の残骸だ。修一達が侵入した廃屋の。只でさえみすぼらしかったそれはさらに見る影も無く破壊されている。柱も何本も破壊され、建っているのが不思議な位の惨状だった。


 ――結界の中? いつの間に?


 ビーストが、コンクリの残骸を押しのけて起き上がった。全身の毛が逆立ち、6本の刃が獲物を求めるようにワキワキと動く。


「……お前、ビーストなのか!」

 修一を正面に見据え、ビーストは吼えた。「結界を張ったという事は、そういう事ね!」


 声と口調は、少女のままだ。違和感がハンパ無い―—などと悠長に考えている場合ではなかった。


<結界を張るという事は、宣戦布告をするということ>


 サキの言葉が脳裏をよぎる。


 俺が張った? 結界を?


「そんなの――知らねぇよ!」


 サキは? いないのか? 誰か、助けてくれ――。


 ドン、という衝撃音と共にビーストが再びこちらに飛んでくる。声にならない悲鳴を上げながら床を転がる。ビーストからの風圧と、それに飛ばされた壁や廊下の破片が全身に降りかかる。気が付くと、すぐ横に窓があった。


 ひとまず、外に逃げる!


 土足で家に上がっていて大正解だった。鍵を開けて庭に出る。門まで行く時間が惜しい。塀で囲まれているが、大した高さではない。よじ登って――。


 と、手を塀にかけようとした瞬間「何か」にぶち当たり修一は尻餅をついた。


 これは……結界の壁?


 昨日も遭遇した透明な壁。マジかよ、こんな近くに――。


「どうしたの?」


 ビーストの声にハッとして振り返る。


「この家を囲む位しか結界の範囲が無い。それとも、あえてそうしたとか?」


 ビーストは改めて、目の前に尻餅をついたままの相手を見下ろした。

 妙な相手だ。最初は人間だと思った。実際、人間の匂いがする。しかし結界を張ったという事は、ビーストなのだろう。だが何故変身しないのか? 何故逃げ回るだけなのか? 


 ……まぁ、どうでもいい。


 ビーストは腕を振った。獲物は左腕を押さえて悲鳴をあげる。押さえた手の間から、赤い液体が噴き出していた。……避けようとするからだ。素直にその場にいれば、一瞬で楽に――。


 止めの一撃を振ろうとした、その腕が止まった。


 ビーストの首を、何かが掴んでいた。手だ。修一の手。しかしそれは、人間のモノではなかった。全体に白い毛が生え、節くれだった巨大な手。左腕の肘までは、人間だ。そこから先は異常に伸びた、異形の腕。


 変身した? いつの間に?


 手を振り外そうとするが、力はさらに強くなる。


 まずい、このままだと意識が。……そうか! 腕以外を狙えば――。


 そう思った瞬間、何かがビーストの頭を横から弾き飛ばした。絞められていた手も外れて吹き飛ばされ、結界の壁に当たって弾かれる。


「遅くなった」


 ビーストの頭を蹴り飛ばしたサキは、修一に駆け寄った。変化していた腕はいつの間にか戻っている。さらには傷口も塞がっているようだ。肩で荒い息を付いている修一が、どこまで理解しているのか分からないが。


「……そい」

「何?」

「遅いじゃんかよ! 死んだらどうするんだ!」

「死んでないから、平気」

 そう言いおいて、サキはビーストの方を向く。「大丈夫。約束は守るから」


 立ち上がったビーストに向かって、女が歩いてくる。結界に、もう一人のビースト? あり得ない!


「……残念」

 女が言った。「話をきいてくれていれば、殺さなくて済んだかもしれない」


 はぁ? 何を――。


「変身」


 女が呟いて胸に手を当てた、と思った次の瞬間、目の前には白銀のビーストがいた。と――胸にトン、という衝撃。それが、ビーストが感じた最後だった。白いビースト――サキは相手の胸に深々と突き刺した腕を引き抜いた。その掌には蒼い血に塗れた心臓。


「さよなら」


 力任せにそれを握り潰す。断末魔の悲鳴を上げる間もなくビーストは崩れ落ち霧散を始めた。


「……せめて、これくらいは」


 サキは潰れた心臓を口に入れ、そのまま飲み込んだ。しばらく目を閉じていたが、スッと元の姿に戻る。ビーストの姿が、完全に消えた。


「終わ……った……?」


 修一は呟いた。


「ええ。今回は残念だった。いつも、こんな風に戦っているわけじゃない」


 どうだろうな、と修一は胸の内で悪態をつく。


「腕、平気?」


 訊かれて、抑えて――押さえて左腕を見ると、あったはずの傷は跡形も無くなっている。だが破れたシャツが、傷があった事実を証明していた。異形に変化した、という事も。


「……大丈夫、みたいだ」

「そうね」

「結界……どうすればいいんだ?」


 昨日はドアに飛び込み落ちて行った。だが今日のサキは焦っている様子はない。


「勝者が展開した結界なら、じき解除される」

「勝者って……」


 俺が殺したわけじゃない。


「結果的には、同じこと」


 サキが修一の気持ちを見透かしたように言った瞬間、周囲がぐにゃりと歪んだ。と――二人は廃屋の、二階の廊下に立っていた。戻ってきたのだ。結界の中ではほぼ崩れ落ちていた建物が、こちらでは何ともなっていない。信じられないが、事実なのだ。


 修一は、ビーストがいた部屋の前に立った。


「これは、戻らないんだな」


 ビーストが飛び出した入り口は大穴が開き、破片が周囲に飛び散っている。廊下も破壊されたままだ。


「結界の中で壊されたもの以外は、戻らない」


 ビーストを除いて、な。


「だから、こちらで変身させてはいけない。そういうこと」

 サキは階段を降り始める。「行こう。他人が来たら、面倒な事になる」


 その後を追う前に修一はもう一度ビーストがいた部屋の中を見た。奥の窓際辺りは破壊されていない。埃が積もった床に、跡が残っていた。あのビーストが、人間の姿であった時の。修一は、改めて自分の左手を見る。


「何してるの」

「ああ、今行く」


 階下からの声に生返事をして、修一は部屋を後にした。

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