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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月

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13.離別

 瓦礫を片手でようやっと押しのけて、半ば這うように通りに出てきた村田は見た。倫子の巨体が霧散して、散った欠片が星が瞬くように輝くのを。


 ……これで、終わり? 本当に?


「……言わねぇぞ。もうぜってぇ、言わねぇからなぁ!」


 村田は悪態をつきながら、地面に横たわった。


 浮遊している欠片の中心にいる修一が纏った炎の勢いは次第に弱くなり、やがて完全に消えて、元の白銀の姿に戻った。周りは変わらず蒼い粒子が瞬いていて、見通せない。確か、権瑞を倒した時にも似たような事が。


 まさかまだ、終わってない? 


 しかし身構えようにも体に力が入らない。地面に両膝をつく。半ば呆然としながら、周囲の幻想的な光景を眺める事しかできなかった。そんな修一の上にも粒子は降り積もっていく。それを振り払う気力もない。

 と――。それまでが幻であったかのように、視界が開けた。蒼い空間が消えて、その前にあった無機質なグリッド線が伸びる空間の中にいた。


 ――終わった? 終わったんだろう?


 心の中でする問に、返答は無い。


 権瑞の声は聞こえず、その存在も消えてしまっている。返答を期待していた訳ではない――と思う。いつかは消える。権瑞自身がそう言っていた事だ。だが、あまりに突然過ぎて信じられなかった。

 うめき声がして、振り向く。村田が天を仰ぎながら、大きく息をついていた。慌てて駆け寄ると、村田は大丈夫だというように手を上げた。


「……よう」

 口の端を歪めながら、村田は言った。「……終わった。って、事で、いいんだよな」


「……多分」


 修一は改めて、周囲を見回す。倫子の霧散した欠片は完全に消滅し、権瑞の存在もやはり感じられない。あとは――。


「……あいつらは、どうなんだろうな」


 村田が呟く。そう、翠とアト。それに、サクラ。空間が戻ったのはこちら側だけで、まだ戦っているかもしれない。……いや、最悪の可能性を考えた場合、まだ戦いが続くということだって――。


「おい、見ろ」


 その時、村田が寝返りをうって言った。その視線の先を追うと、体の半分を蒼く染めた白銀の野獣とそしてその横に座り込んでいる、


「片桐さん!」


 その声に弾かれたように顔を上げた翠は、今にも泣き出しそうな顔で立ち上がって歩こうとするが、すぐにまた座り込んでしまった。修一は一瞬村田の存在を忘れて駆け出そうとして、慌てて戻って担ぎあげる。


「アトが……」


 翠は差し出された修一の腕にすがりつく。修一は野獣の姿を見た。……これが、アトの変身した、本来の姿。自分と瓜二つ。しかしライフルの銃身が刺さったままのその姿は下半分が蒼い血液で染まり、全体から絶えず湯気のように粒子が立ちのぼっていて、向こう側が透けて見える程に霧散していた。


「……やられちまったなぁ」


 村田がアトの前に立って、声をかけた。


「……お互いにね」


 上着で片腕を吊った村田を見て、アトは笑ったようだった。


「だな。でも――ま、お互い、ボロボロんなった()()はあったろ」

「……そうね。確かに」


 アトが少し顔を上げた。修一と翠が近くに来ていたのだ。村田はそっと脇に移動する。


「ありがとう」

 修一が口を開く前に、アトが言った。「……あの人を倒してくれて。正直、この状態で連戦はキツかったからね」


「……大丈夫なのか、その――。いや、大丈夫じゃない、よな」

「残念だけどね。……あたしはここまで、かな」


 改めて、アトを貫く銃身を見る。それだけで、どれほど激しい戦いだったのか想像できる。


「……片桐さんを、守ってくれたんだな」

「守ろうとした、が正解よ。結果、このザマってワケ。――ミドリは、自分で自分を守った」

「そんな――アトが守ってくれたからよ。私はただ、やれる事をやっただけ」

 翠は慌てて手を振る。「あの子(サクラ)、強かったわ。本当に」


「……まぁ、当然なんだけどね。ある意味、()()()なんだから」

 アトは大きく息をついて、続けた。「――あの人の心臓は、食べなかったのね」


 修一は頷く。


「……いいと思う。あの人の全てを受け継ぐなんて、考えただけでもゾッとするからね。でも――」

「でも? 何だよ」


 アトは修一の体を改めて一瞥して目を閉じた。


「……別に。気の所為だったみたい」


 修一は手を伸ばして、アトの肩に触れる。触れたその指の腹が見える程に透けているが、感触はあった。


「さっき、ありがとうって言ってたけど――礼を言うのは、こっちの方さ。君が色々準備してくれなかったら、どうなっていたか」

「……じゃあ改めて、ちゃんとお礼言わなきゃね、安奈ちゃんに。――あたしの代わりに、言っておいて」

「そんな……代わりなんて――」


 たまらず翠が口を開く。


「あたしはもう、やれる事はやったから。――十分、生きたから。だから、いいのよ」

 アトの手が、翠に向けてゆっくりと伸ばされる。「……あなたを、守れた」


 そのガラスのように透ける手を両手で握った翠の眼から、堪えきれずに涙が落ちる。


「――また、生まれ変わるんだろ? あの公園で待ってりゃいいのか?」

 村田が言った。「湿っぽいのは、苦手なんだ。これっきりじゃあなくて、またな、という事にしとこうぜ」


「……そうね。湿っぽいのが苦手なのは、同意だわ」


 そう言って微笑むアトの姿が消えていく。


「そうだろ? 安心しろ、ヴァリヴァリ君を大量に完備しといてやる」

「――分かんないわよ。前のあたしは、シュークリームが好きだったみたいだから。また、好みが変わっちゃうかもね」


 アトが修一の方を見て、片目をつむった。


「本当に――」


 ありがとう、と言おうとして、言葉が詰まる。


「……おかしいわよね。あたし達、一度殺し合ったのに」

「――それは、権瑞に操られてたからだろ?」

「事実は事実よ。……好きだったわ、あなたが。人形だったあたしが、そんな感情を持つなんて、自分でも信じられなかった。でも――」

 アトは涙をこぼし続ける翠を横目で見る。「……守ってあげてね」


「……どうだろうな」


 修一は鼻をすする。アトの背中から半身は完全に消えて、顔も空間に眼球や牙が浮かんでいるだけにしか見えない。


「俺が、守るまでもないような気もするけどな」

「……そういう時はね、『分かった』って言っとけばいいのよ。バカねぇ」

「そういうもんか」

「そういうもんよ、ねぇ」


 水を向けられた翠は涙を流したまま、曖昧な笑顔を浮かべた。


「……そろそろ、お別れかな」


 アトの顔が消えた。残っているのは、翠に伸ばされた腕。それも徐々に消えて、翠の手の中の掌だけが残った。


「……じゃあ、ね」

「ああ、またな」


 村田が胸の前で指を振る。


「――また、いつか」


 修一はそれだけ言った。それしか言えなかった。


「アト――」


 翠が呟いたその瞬間、アトの体は完全に消えた。床に刺さっていた銃身が倒れて、澄んだ音が空間に響いた。

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