12.生成
修一は胸の傷から血を垂らしつつ、立ち尽くしていた。生きているのは不思議では無い。あえてそうしたのだから。だが、まさか立ち上がるとは――。
倫子はそこで、修一の右手に握られているものに気付く。掌で包まれているにも関わらず、異常な存在感を醸し出すそれはビーストの――まさか、権瑞の心臓?
「あなたの眼をごまかすのに、苦労したそうですよ」
修一が口を開く。「権瑞が、言ってます。気付かれたら間違いなく、真っ先に狙ってくるでしょうからね。……でも、苦労したかいがありました、と」
ゆっくりと、それを握りしめた手を持ち上げる。
「あなた、まさか――。それを寄越しなさい!」
倫子が動くより先に、修一はそれを口の中に放り込んだ。殆ど咀嚼する事無く、飲み込む。初めて口にするビーストの心臓。その行為に対してせめてもの抵抗だった。口に入れた瞬間にほぼ液体のようになって喉を通過し、胃に達する。それが分かる。そして、修一は無意識に雄叫びを上げていた。
「――変身!!」
その瞬間、修一の全身から蒼い炎が上がった。体毛は逆立ち、炎に照らされて蒼白く輝いているように見える。その眩しさに倫子は一瞬目を閉じる。目を開けた時、修一の姿は消えていた。慌てて再び村田が居た方を見るとそこに姿は無く、少し離れたビルの前に修一が村田を庇うように立っていた。
――あの一瞬で、村田を回収しつつあれだけの距離を移動したって事?
「……面白いじゃない」
倫子は長い舌を伸ばしてぞろっと口の周りを舐めた。
「……何か、スゲェ事になってんな、お前」
痛みに顔をしかめつつ、村田は言った。「でもまぁ、見た目ほど熱くなかったんで安心したぜ」
とりあえず、軽口が叩けるなら大丈夫だろう。
「ここで、待っていてください。すぐ、戻りますから」
「……おう。期待して、待ってるよ。――それと、これ、要るか」
村田は側に置いていた銃を指す。「残り一発だけどな。うまく当てられりゃあ、効果はある筈だ」
修一はそれを取り上げ、収納する。
「……よく考えたら、さっさとお前さんに取り込んで貰えば良かったんじゃね?」
ふと顔を上げて言った村田に、修一は首を横に振る。
「結界の中だと、ダメみたいなんですよ。結界に武器を持ち込めるってのが、本来イレギュラーですからね」
「……そうか。うまくいかねぇもんだなぁ」
村田はそう言うと、深く息をつく。「……何か手は、あるんだろ?」
「やれる事を、やるだけです」
「……そうか。じゃあ、頼んだ」
村田は笑って手を振った。
「――お別れは、済んだかしら?」
振り返ると倫子が言った。「まさか、権瑞の心臓を隠し持っていたとはね。あなたの事だから、意地はって見捨てたかと思ってたわ。――どうだった? 心臓の味は。美味しかったでしょう? 長生きしたビーストの心臓程、コクがあるのよねぇ」
修一は改めて、自分の体を観察する。傷は完全に塞がり、ダメージも残っていない。……心臓の鼓動が早い。だが、落ち着いている。心臓の動きに応じて、全体に力が漲っているのが分かる。ゆっくりと掌を開いたり閉じたりしてみる。
「――随分、余裕じゃない」
倫子が言った瞬間、熱線が放たれた。同時に2本! 修一は腕を振る。纏った炎が揺れて、膜を作った。倫子は目を見張る。避けても弾いても、後ろにいる村田が無事では済まない筈だった。しかし蒼い炎の膜に当たった熱線は、そのまま膜に吸収されたようにかき消えたのだ。
――そんな!
全ての頭部からの一斉放射。当たった地面は削がれ、ビルは瞬時に蒸発する。だが放射が終わった時、修一とその背後は無傷だった。それを認識すると即、倫子は横殴りに体を振る。だが手応えはない。疑問を持つ間もなく、体の端にわずかな感覚。あっと思った時には倫子は宙に浮き、そのまま勢いをつけて放り投げられ――ようとした瞬間、頭の1つで修一を弾き飛ばした。それぞれが反対方向に飛び、距離を開けて再び向かい合う。
「その体だと、接近戦は厳しいんじゃないですか?」
修一は言う。堪えられている。だが、体の芯に痛みが残っている。その痛みが、攻撃を受け続けたら長くは保たない事実を告げている。
「そうでもないわよ。――こんな風にね」
言った途端、地中から飛び出して来たモノに体を拘束される。
――こんなのッ!
全身の炎が拘束を焼き切る。が、次の瞬間には復活して再び自由を奪われる。……ならぱ。
修一は脚を変形させた。以前のような空気をそのままの噴射ではない。炎の噴射。いわば、ロケットブースター。拘束を焼きつつ、地中に埋まっていたモノを引きずり出しながら倫子の本体へと突進する。抵抗する倫子だが、修一は止まらない。本体正面へと達し、改めて2人は相対する。倫子の本体は、中心の1本。間違いない。彼女の心臓を感じる。拘束を完全に焼き切り、炎はその勢いのまま右腕から剣のように長く伸びる。
力任せにそれを振り下ろした。しかし蒼い筋を描いた剣は、直前で2つの頭部から発せられた熱線に防がれる。先程までと違い、熱線を更に細く凝縮して、ほぼ固体化させているのだ。しかしそれは、修一の炎に徐々に侵食されていく。倫子は残りの頭からも熱線を発してそれを押し留めようとした。
――敵の攻撃を全て受けた上で、粉砕する。相手に絶望を与えて、それを喰らう。倫子の戦い方、プライド。
「……それを、待ってた」
肩の辺りの炎が渦を巻き、腕のような形状に変化した。それに握られていたのは、村田の銃。
「――そんなの、撃てるものかっ!」
倫子は本体を伸ばして熱線を放射しようとした。修一自身に効かなくとも、銃を排除できればいい。
炎の腕は形が安定せず、トリガーを引く指も成形できそうにない。ならば――。
「……撃てるさ」
修一はトリガーガードごと、トリガーを押し潰した。ハンマーが落ちる。雷管に点火して、最後の一発が回転しながら発射される。次の瞬間、握力に負けて銃本体は粉々に砕け散った。弾丸は今まさに熱線を放射せんと開けた口の中に斜め上から着弾し、その身を削りながら突き抜けた。本体の三分の一程を失った倫子もその衝撃にさすかに身をよじる。
修一の目に入った傷口。その中に光って見えたもの。一瞬力が弱まった熱線を振り払い、修一は左腕を伸ばした。
『――感謝したまえよ』
権瑞の声が聞こえる。『私が君の中に居たからだ。それを生成できたのは』
修一の腕に出現した、二人目が生成した、二発目のHEAT弾。傷口の中の光へと放たれたそれは炎を噴き出しながら突進し、光の元へ着弾する。音が響いた。金属音とは違う、硬質な物同士が反発し合う、澄んだ音。一瞬、防がれたかと思った。しかし次の瞬間、弾丸はへしゃげながら吸い込まれるように消えた。倫子の心臓に風穴を開けながら。
『――まだだ』
修一は頭の上で手を組む。2本の蒼い炎の剣が1本に合わさり、天に向かってさらに長く伸びる。
――いけっ!
振り下ろされて剣が倫子の体を、心臓を焼く。倫子の悲鳴が轟いた。




