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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月
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8.毒婦

 回転する鋼鉄の塊が迫る。火炎、炎、間に合わない。ならば――。倫子が唇を噛むとほぼ同時にそれは胸の中心へと達する。衝撃波で服が裂ける。

 そのまま貫く――というわけにはいかなかった。着弾する部分だけを変身し、その体毛で防いだのだ。しかし倫子の表情は歪み、弾丸はまだ生きている。


 ――まだっ!


 思った瞬間、肩に衝撃が走る。村田が2発目を発射したのだ。続いて、3発目。修一も牽制に体毛弾を放つが、届かない。4発目。それは偶然だった。最後の弾丸が、1発目の尻に当たったのだ。勢いを増した弾丸は装甲板と化した体毛を粉砕し、倫子の体に喰い込んだ。

 倫子が声にならない悲鳴を上げた次の瞬間、3発の弾丸がほぼ同時に倫子の上半身に巨大な風穴を開けた。両腕がボトリと落ち、首から上が弾き飛ばされる。下半身だけになった倫子はよろめき、その場に膝を付いた。


「――やったのか!」


 そのセリフはフラグだと分かっていても、出さざるを得ない。

 修一は静かに言った。


「これで死んでくれたら、苦労はしませんよ」

「……だよな」

 空になった弾倉を交換する。「残り、4発だ」


 修一は頷く。権瑞を倒した『火』が通用しないなら、ライフルに頼らざるを得ない。しかし――。

 その時、何の前触れもなく倫子の下半身が立ち上がった。その断面から蒼い霧状のものが立ち上がっている。……権瑞の時と、同じ。周囲から霧が集まってきたかと思うと、倫子の上半身が復活した。但し服は戻らず半裸状態で、胸を隠すように前で腕を組んでいる。


「ん、もぅエッチねぇ。そんなに、ママのおっぱいを見たい? だけど――」

 ひっつめていた髪は解け、風など吹いていないにも関わらず扇状に広がっている。「レディを人前で辱めるなんて、失礼だと思わない? ――ちょおっと、お仕置きが必要かしらね。いいわ、見せてあげる」


 倫子が組んでいた腕を広げる。髪もさらに翼のように広がっていく。 


「〜〜無傷ってかい」


 村田は嘆息して、レバーに手をかける。が、修一がそれを止めた。


「待ってください……()()()()()()。つまり――効いてるって事です」


 倫子の体が蒼白く発光する。それは直視できない程眩しく輝き――それが収まった時、一匹の野獣(ビースト)が姿を現した。


「……綺麗だ……」


 無意識に、修一は呟いていた。

 修一と同じ、白銀の体毛に包まれた体。いや、同じではない。先程の光が凝縮されたような、神々しさすら感じさせるその輝き。たてがみ、と言って良いのだろうか。髪の毛だったものは体の巨体化と共に長さを増し、それ自体が別の生き物のように揺らめいている。


「キレイだってのは否定しないがな。……ありゃあ、惹きつけられたモンを喰らう、毒婦の類だぜ」


 村田が吐き捨てるように言い放つ。


「……そうですね。そう思います」

「あらぁ、酷い事言うのねぇ。――じゃあお仕置きを始めましょう、か!」


 倫子が笑みを浮かべた瞬間、ライフルの先端が澄んだ金属音共に上方に弾け、村田は思わず唸り声を上げる。トリガーに指をかけていたら、腕ごと骨折していたかもしれない。


 ――何だ? 飛び道具? 


 暴れる銃身を抑え込みその先端を見て、村田は戦慄した。銃口が無くなっていた。その断面は鋭利な刃物で切られたかのように鈍く光っている。


「〜〜大丈夫です?」

「大丈夫! 撃てる! 多分!」


 攻撃の正体を考える前に、修一は移動を開始する。体毛を発射しつつ、後方へ。何となくだが、修一には相手の攻撃方法の予測がついた。――髪の毛。後光のようにすら感じる白銀の光を放つ()()が、触手のように自在に伸び縮みをしながら迫ってくる。一本一本が鋭利な刃物であり、膨大な質量を持った鈍器であり、一撃でも喰らえばタダでは済まない破壊力が込められている。

 ビルの中に逃げ込むが、追撃は止まらない。むしろ壁や床で視界が遮られる分、避けるのが難しくなってしまう。


「――何とかして1発かまさんと、ジリ貧だぞ!」

「分かってますよ!」


 修一は叫ぶが、逃げつつ避けるのに精一杯で頭が回らない。


 ――無理もない。村田は唇を噛む。ここは、背中に隠れているだけの自分が何とかしなくては。年長者であり、何より今唯一有効な攻撃力を持つ武器を持っているのだから。ライフルを修一に預ける事も考えたが、変身後の指のサイズを見て諦めた。村田のライフルはあくまで人間が使う事しか想定されていない。アト仕様は変身後でも使えるようにトリガーガードを大きくしていたが、それもあくまでアトサイズであり、それ以前に今ここに無いものを考えても仕方が無い。

 とはいえ、残弾は4発。無駄弾は撃てない。撃てないが――有効打を与える手段も、思いつかない。今撃ったとしても、あの髪の毛で容易に防がれてしまうだろう。よしんば髪を貫いて体に届いたとしても、先程と同じ状況になるだけ、というのが目に見えるようだ。


 ……手詰り。


 その言葉が、脳裏に浮かぶ。何か無いのか――何か。


「あります」

「は?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。


「やってみなけりゃですけど、やれる事、あります」


 振り向くこともなく、だがきっぱりと修一は言った。


「何だよお前、そうならもっと早く――」

「今、です」

 修一は横から伸びてきた髪を弾きつつ、「今やっと、準備できたんですよ!」


 言った瞬間、床を破壊して飛び出てきた髪の毛が修一の進路を塞ぎ、たじろいだ所を横合いから薙ぎ払われる。いくつもの壁を突き破り、複数のピルを跨いでも勢いは衰えず、最終的に大通りの真ん中へと隕石の如く落下した。

 少し離れた場所に、倫子が姿を現す。変身前と違い、もはや扉を使わずとも結界内を瞬間移動出来るのだ。髪の毛の射程も無限では無い。それでも追撃できていたのはこの能力あってこそだ。

 倫子はうつ伏せに倒れて動かない修一を眺め、眉をひそめる。


 村田の姿が無い。


 まさか、腹の方に隠れているという事はあるまいが、また何か企んでいるのか。だが――関係ない。ライフルを持っているとはいえ、たかが人間一人、どうにでもなる。まずは当初の目的――修一の心臓を手に入れる。倫子は髪の毛を修一を囲むように配置する。油断はしない。多少の傷は直ぐに治癒してしまう。殺す気でやって、丁度よいのだ。――まずは、その体を焼き尽くす!

 囲んだ髪の毛の先が発光を始める。全方位からの火炎放射。地中に逃れようとしても、そこにも髪の毛を潜らせてある。死角は無い。これで――。


 しかし次の瞬間、倫子は目を見張った。髪の毛に横一本の筋が走ったかと思うと崩れ落ち、修一が姿を現す。その両腕の先は剣のように鋭く変形していた。


 切断したか。しかし、想定内だ。


 地中に潜ませていた髪の毛を突出させて修一を捕らえようとする。簡単には捕まるまい。それでも時間が稼げれば、復活した髪の毛で今度こそ――。

 だが想定外の事が起こった。その場で抵抗するかと思われた修一が、圧縮空気を利用してこちらに向かって来たのだ。


 ――疾い! 


 口元に笑みが浮かぶ。自身の髪を束ねて引き千切ると、それが発光する槍状のモノに変わった。それで、修一の攻撃を受け止める。響く、澄んだ金属音。火花が飛ぶ。


「いい度胸ね。それでこそ、あたしの息子だわ」

「……そんなのになったつもりは、ありませんよ!」

「事実よ。いい加減認めなさい、なッ!」


 修一の右腕の刃が斬り飛ばされる。空きを狙って槍と髪の毛が迫る。散弾を発砲して牽制しつつ、刃を復活させてそれらを凌ぐ。


 前へ――前へ。とにかく前へ!


 修一は無意識に雄叫びを上げていた。

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