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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月
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6.無音

「……大丈夫?」


 アトは膝をついたまま、荒い息をつく翠の背中にそっと手を添えた。その体は細かく震えている。返事は無く、翠は口に手を当てて喘いている。

 サクラが大きく息を吸った。まずい、と思ったその瞬間、再びの音圧。咄嗟に翠を抱え込むが、まとめて吹き飛ばされる。


「同じ手を――」


 直ぐに追撃が来る。振り返ってライフルを構えようとした。が、何故か手が震える。


「同じ手だから効果があるんだよぉっ! マヌケ!」


 無理矢理トリガーを引いたが、サクラは怯むこと無く突進し、蹴りを叩き込んだ。翠を抱えたまま、さらに飛ばされるアト。


「振動で! 脳が! 揺れてるんだ! 銃なんか、まともに握れないで、しょっ! 当たるもんか、よっ!」


 容赦なく振るわれる拳と蹴り。あっ、と思った時には、翠の体が腕からこぼれ落ちていた。サクラは足で翠の腕を踏みつけると、もう片方でとどめとばかりにアトを薙ぎ払った。


「フンっ! 弱い弱い。もうちょっと、やるかと思ってたんだけどねぇ」


 言いながら、踏みつけた足に力を込める。その下で、骨が砕ける音がした。


「……悲鳴、あげないのね」

 サクラは物足りなさそうに言う。「あんたの母親は、うるさかったわよぉ。何も出来ないくせに声ばかり出してさ。だからあたし、人間って嫌いなのよね。静かにしてやった時は、せいせいしたわよ。あんたも見たんでしょ? ちゃあんと、()()()()()あげたんだからさ」


 置いた――置いた。何を?


「――このっ!」


 アトがライフルで殴りかかるが、サクラは片側2本の腕で安々と受け止める。


「さっきより威力が無いわよ。まだ、戻って無いみたいね!」


 バギッという鈍い音がして、銃身が折れた。アトは4本の腕で銃身を掴むと、スイカ割りの如くそれを真上からアトに叩きつける。咄嗟に体毛を固めて防ごうとしたが間に合わず、鋼鉄とカーボンの塊がアトの背骨を砕く。内蔵を潰されたアトは大量の血を吐き出しながら、地面に打ち付けられる。


「〜〜これでっ!」

 サクラは銃身を持ち替え、破断した側を下に向けた。「お終い!」


 銃身がアトの背中に突き落とされ、切っ先は体を貫通して地中深くに達した。

 背中から、完全に心臓を貫いた筈だ。どんなビーストだろうが助かるまい。動きが止まったアトを横目にしながら振り返ると――翠が、銃身の折れたライフルを構えていた。


「……あんたに撃てんの? それ」


 サクラは鼻を鳴らす。翠は無言でレバーを引き、撃鉄を起こした。それを見て、サクラは片眉を上げる。……さっき骨を砕いた筈の腕。それを使っている。回復力は既に普通のビースト並という事? そういえば、音圧からの回復も、随分早かった。だが所詮、変身も出来ない中途半端なビースト。確か弾は残り1発、だった筈。銃身の破断面を見ると、撃つことに支障はないと見える。だからって――。


「そうそう、当たるモンでもないでしょ!」


 飛びかかろうと身を屈めた瞬間、翠がトリガーを引いた。弾丸が、頭の上を通過する。


 ――これで、残弾ゼロ!


 心臓を抉らんと地面を蹴った筈のサクラの体は、次の瞬間()()に弾かれたように後ろに飛ばされていた。樹に叩きつけられ、一瞬息が詰まる。……何だ? 何が起こった――いや、()()した? 殴られたり、蹴られたのではない。例えるなら、巨大な手で払い除けられたような、全身に走った衝撃。

 ……だが、所詮はこの程度だ。命の危険を感じる程では無い。アトは潰した。ライフルの残弾も無い。もう、奴らに自分を倒せる手段は残っていない。焦るな。じっくりゆっくり、油断をせずにやればいい。やればいいのだ。


 と――翠がこちらに別の銃口を向けていた。参式電磁拳銃。そんな、足止め程度にしかならないものを――。


 拳銃が火を吹き、硝煙が上がる。2発。


「――ああもう! ウザいなぁ!」 


 当たってもどうという事はないが、電撃の痺れは不快なのだ。横っ飛びに避けて――サクラは気付いた。


 何故、()()()()()


 次の瞬間、右腕の一本が根元から吹き飛んだ。次いで左脚の膝から下に軽い衝撃があったかと思うと、パランスを崩して地面に転がる。見ると、膝から下が無くなっていた。鋭利な刃物で両断されたような、綺麗な断面。……銃以外の、飛び道具? そんなものがどこに――。

 翠がさらに発泡する――また、音がしない!


 端末のワイヤーを手近な樹の幹に飛ばし、真横に飛ぶ。更にそこから上空へ。何かを飛ばしているのなら、とにかく動き回れば――。

 だが、次にワイヤーを振ろうとしたその腕が無かった。それに気付くと同時に体に走った衝撃。腰から下が、無くなっていた。


「……あなたが、教えてくれたのよ」

 無様に地面に転がったサクラの横に、翠が立つ。「音は、空気の振動だって」


 ビーストになってから、異常に敏感になった「音」。最初は意図せず響いてくる様々な音に悩まされたが、その内必要な音だけを拾う事ができるようになった。だがそれはほぼ無意識なもので、所謂「聞こえているが耳に入っていない」という事だと思っていた。しかし、サクラの音圧を受けた時に、気付いたのだ。自分は()()()()()()()()()()()()()()()、と。


 音を消すとは、どういう事か。音は、空気の振動。つまり――。


「……空気を、操れる?」

「ぶっつけだったけど、やってみたのよ」


 銃の発砲音を利用したのだ。ライフルのそれは、面のように広げてサクラを吹き飛ばした。参式の発砲音は刃物のように鋭くし、アトの体を引き裂いた。


「しかも自由に動かせる、か。やるじゃない。――けどっ!」

 残ったアトの腕が伸び、翠の手から参式を弾き飛ばした。「銃が無ければ、威力のある音は出せないでしょ!」


 腕力で飛び上がり、翠へ迫る。――と、その目の前で、翠が両の掌を勢いよく合わせた。響く掌打音。一瞬、サクラの動きが止まる。いや――一瞬ではなかった。空中に浮かんだまま、動けない。体全体が全方向から押さえつけられている感覚。


「……空気!」

「そうよ。音の強さは関係無い。振動は増幅できる。手を叩いた振動を増やして、あなたを押さえてる」

「――そんなもの!」


 サクラの下半身が一瞬で復活し、着地する。脚を踏ん張り、上半身を動かそうとする。同時に復活した腕を伸ばして、翠を捕らえようとする。翠が再び、掌を合わせた。――2度、3度。その度に抵抗が強くなり、サクラの動きは完全に止る。


「……それで?」

 しかしサクラは不敵に笑った。「どうやって、とどめを刺すの?」


 翠は両の掌をこちらに向け、歯を食いしばって力を込めている。そうしていなければ、この状態を維持できないのだろう。相当の消耗があるに違いない。そう長くは、保たない筈!


「とどめは、任せるわ」

 翠が静かに言った。「……アト」


 ハッとして振り返ろうとしたが、首が動かない。無理矢理捻じ曲げて視線をやった先には、ほぼ全身を蒼く染めた影が、立っていた。


「まだ、生きてたの。……しぶといのね、あんた」

「……そう簡単に、死ぬわけにはいかなくてね」


 銃身は刺さったままで、その先からは絶えず血が滴っている。よく見ると体からは蒼い陽炎のようなものが立ち上がっていた。霧散化が始まっているのだろう。


「……そんなナリで、とどめを刺せるのかしら?」


 アトは無言で、足元に落ちていたライフルを取り上げた。腕に力が入らず、何度か取り落としそうになる。


 確かにそれならばとどめを刺せるだろう。――弾が残っていれば、だが。


 アトは弾倉を外して、薬莢を地面に落とす。入っていた3つの薬莢は全て空だ。その時、翠が何かをアトに向かって投げた。アトは片手で受け止めて――それを見たサクラは目を剥いた。

 弾丸! どうして――。


「……確かに、あたし一人が結界に持ち込める弾の数には、限度がある」

 言いながらアトは弾倉にその一発を込める。「けど、忘れてない? ここには、()()()()()2()()()()()()


 1発。1発だけなら、翠も結界に弾丸を持ち込めたのだ。


 弾倉を装填し、レバーを引いて撃鉄を起こす。澄んだ金属音と共に、弾丸が発射位置へと送られる。


「――畜生! 畜生! 畜生! 放しやがれ!」


 サクラは必死に全身を動かそうとする。が、もがけばもがく程逆に全身が締め付けられていく。


「放せよォっ! ……あたしは、あたしは――」


 アトは脚を引き摺りながら、サクラへと近づく。腕に力が入らない。ライフルを構えるので精一杯だ。それでも――。


「ここまで近付けば、外さない」


 両手で構えられた銃口の先が、真っ直ぐにサクラの心臓へ向けられた。


「あたしは、まだ――」


 アトは引き金を引いた。放たれた弾丸はサクラの体を、心臓を貫通して、遥か上空へと消える。同時に、凄まじい悲鳴がして――サクラは霧散した。

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