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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月
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5.真実

 壁と一緒に、向こう側にいた翠とアトの姿が消えた。結界を、2つに分けたのか。いつの間にか、こちら側の景色も変わっている。シルエットになっているが、自分達の後ろにあるどこか見覚えのある平屋の建物――コンビニ? 


「ったく、悪趣味なこった」


 村田がため息をつく。「俺らの知ってる場所を、壊させようってか」


「別に、あんた達の知ってる場所を選んだつもりはないけどね」

 倫子は涼しい顔で言う。「この街だったらほぼどこでも、知ってる場所でしょ?」


「思い入れの深さってヤツがあるんだよ」


 どこまで結界が広がっているのか。まぁ、考えても仕方がない。


「――ああ、言っとくけどあたし、基本変身しないから。しちゃったら、すぐにあんた達殺しちゃうしね。いつでも、かかっていらっしゃいな」


 そう言うと倫子はタバコに火をつけて深々と煙を吸うと、口尖らせて勢いよく吹き出した。


「……こういう風に、分断される事を想定していなかったワケじゃあないけどな」

 村田が予備の弾倉を確認しながら言う。「ペアを組むなら、アトかと思ってたよ。お前さんは、嬢ちゃんを守りたいだろうしな」


 修一は無言で、村田を見る。


「……嬢ちゃんが心配か? けど心配すんな。アトがついてる。一緒に特訓してたってのは、知ってるだろ? ある意味じゃあ、ビーストとしての嬢ちゃんを一番分かっているのはアトだ。それに――」

「……それに?」


 言い淀んだ村田は、どうしたものかというように修一を見た。


「――あいつの()()が、サキだって事?」


 2人は同時に、声を発した倫子の方を向く。


「あなたも、何となく気付いてたんじゃないの?」

「どこか、知ってるって感じはしてましたけどね。でも、まさか――」

「ホント、まさかよね。こんな事が起こるなんて、長生きはするもんだわ」


 倫子はタバコの灰をトン、と落とす。


「あんたにも想定外の事ってのが、結構あるんだな」

「当たり前じゃない。あたし、別に神様なんかじゃあないしね」


 村田の皮肉を込めた言葉に、特に腹を立てる様子も無く倫子は肩をすくめた。


「それにしても、何でこんな事が起こったのかしらね。……余程、()()()に強い未練でもあったのかしら」

 呟きつつ、修一の方を見る。「ま、後で訊いてみましょうかね。……生き残れたら、だけど」


「アトだって、簡単にはやられんだろう。あいつも、結構成長したんだ」


 村田の言葉を一笑に付して、倫子は言う。


「誰かを守りながら戦うって、簡単じゃあないのよ。……ま、あのお嬢さん的には、相手がサクラで良かったのかもしれないわね」

「……どういう意味です?」


 修一の問に、倫子はニヤリと笑った。


 ◇ ◇ ◇


「勘違いしないでよね。あたしは、アトよ。サキじゃない。……ただ、()()の記憶を持っている。それだけよ」

「なぁにソレ? もしかして、転生ってヤツ? ハッ! バッカバカしい」


 アトの言葉に、サクラは唾を吐き出す。


「あたしにも、よく分からない。だけど、事実は事実。あなたと同じ姿なのが、何よりの証しでしょ」


 それは、サクラ自身も認めていた事だ。


「で? 転生したお姉さんは、一体何がしたいのかしら? ママへの復讐?」

「復讐? ……多分、それは違う」

「じゃあ何よ?」


 しばしの無言の後、アトは口を開いた。


「守ること」

「……守るぅ? お兄ちゃんを?」


 言いつつ、サクラはアトの視線に気づいてそれを追う。そこには、気を失ったままの翠がいた。


「――そいつを? 何でよ。あんただって、そいつ気に入らなかったんでしょ? あたしちゃあんと()()()()から。お兄ちゃんを独り占めしたかったんでしょ? そいつが近づかないようにって、色々動いていたじゃあないの」

「……そうよ。あたしが下らない嫉妬心を出して、ミドリを巻き込んだ。あたしのせいで、ミドリはビーストになってしまった」


 そうだ。自分の、ミドリに対する気持ちの記憶を読まれて、それを利用されたのだ。余計な事をしなければ、彼女を巻き込む事はなかったかもしれない。


「だから――今回は、守る。絶対に。これ以上、この子を不幸になんかさせない」

「あ、そ。自己満足乙、ってね」


 サクラは言って、嘲笑を浮かべた。


「ね、いい事、教えたげようか」

「……遠慮しとくわ。どうせ、碌な事じゃないでしょうし」

「そうだよ! だから言いたいんじゃない。分かってないなぁ」

 サクラは得たり、とばかりに歯をむき出す。「――その女の母親、殺されたの知ってるわよね」


 アトは踏み出そうとした足を止める。


「殺したのはあ・た・し。……って、言ったらぁ、どうするぅ?」


 アトはサクラの表情をじっと見つめた。相変わらずの、他人を食ったような態度。どこまで本気で言っているのか、判断がつかない。だが確か村田は、脱走したエルかやった可能性が高いと言っていたような。

 その時、翠がうめき声を上げながら身じろぎした。


「……今、何て言った?」


 上半身を起こし、膝をつく。


「……ミドリ?」

「何て言ったの? 今!」


 翠の叫ぶような声に、サクラは肩をすくめて答えた。


「あんたの母親を殺したのはあたし、って言ったのよ。ママに命令されてね。あたしが殺したわ」


 ◇ ◇ ◇


「――何で、そんな事を」

 修一は愕然として言った。「何の、関係も無い人じゃないですか!」


「仕方ないじゃない、あなたに強くなって貰うためだもの」

 倫子は悪びれる様子もなく言い放った。「あの娘に直接手を下すより、余程効果的だったでしょ? そう思わない? まァ結局権瑞が、あの娘をビーストにしちゃったんだけどさ」


 修一の拳が血がにじみ出んばかりに強く握られる。


「……エルの脱走は、偽装の為だったんだな」

「ご名答。――別に、疑われたって良かったんだけどねぇ。エルを逃がしてあげた方が権瑞も動きやすくなって、その分疑いもアチラにいくだろうから、色々捗りそうだったのよね」


 何かをしたとしたらあの面会の時、だろう。実際エルが脱走した直後に、翠の母親が殺された。何の疑いも持たずに、エルの仕業であると思い込んでいた――いや、()()()()()()()


「……気に入らねぇな」

 村田はライフルのレバーを引いた。「気に入らねぇよ、全く。本当に、悪趣味が過ぎるぜ」


「それはどうも。褒め言葉と受け取っておくわ」


 そう言って倫子がタバコを投げ捨てた瞬間、腕だけ変身した修一が発砲した。連続して8発。しかし全ての弾丸は直前で膜のようなものに阻まれて落下する。


「予め、弾丸を仕込んできたのは褒めてあげる。けど無駄よ」

「――なら!」


 修一が叫んだ瞬間、地面に落ちた弾丸が光を放つ。立ち上がる炎の渦。しかし、全く効果は無かった。服まで無事なのを見ると、攻撃が全く届いていない事が分かる。


「これが、権瑞を殺したあなたの『火』? まぁまぁだけど、所詮はコピーのコピーね」


 倫子は新しいタバコに火を付け、その先を赤く灯す。


「教えてあげる。火ってのはねぇ、こういう風に使うの」


 次の瞬間、タバコの先から凄まじい勢いで火炎が吹き出した。修一は咄嗟に腕を伸ばして村田を抱えると、横に飛ぶ。体毛を焦がさんばかりの熱風と、全身に響く轟音。それが終わって振り返ると、後ろの建物はコンビニの体を成していなかった。中央に大穴が開き、そこに向かってもたれかかるように残った左右の建物が歪んでいる。


「……大したもんだな」


 軽口を叩いた村田だったが、どこまで続いているのか分からないぽっかり開いたその空間に、背筋が凍る思いだった。隣に立つ修一を見ると、肩で大きく息をしながら倫子を睨みつけている。


「おい、落ち着けよ。カッカしたら相手の思うツボだぜ」

「……分かってます。分かってますよ」


 視線を固定したまま、修一は答える。左腕だけ変身したその姿。右腕よりも巨大化して、白銀の体毛に覆われている。節くれ立ったその手の上に、銃口と思しき穴が開いている。


「カッコイイな、それ」


 その言葉に、修一がこちらを向く。


「そういえば俺、お前さんの変身ってのを見るのは初めてなんだよな。……正直いうとさ、ちょっと抵抗があったんだ。お前には、人間でいて欲しいってな」


 修一は、自身の左手を見る。


「でもよ、安心したぜ。――お前さんは間違いなく、人間だってな。姿がビーストに変わったからといって、人間の心を捨てているわけじゃあないって」

「そんなの……当たり前じゃないですか」

「当たり前じゃねぇよ」

 いつになく真剣に見える村田の視線が、修一に向けられる。「『力』を手に入れた奴は、変わるんだよ。簡単にな。……あの女を見れば、分かるだろ。――だけど、お前は違う。お前は、ちゃんと人間だ。だからよ、」


 村田はライフルを持ち直し、歯を見せた。


「変身して、ぶっ倒しちまえ」

「……分かりました」


 いつの間にか、気持ちが落ち着いていた。怒りが消えた訳ではない。だが、怒りに任せた行動は、もうしない。


「ありがとうございます。……じゃあ、見てて下さい」


 修一の体が発光し――白銀の(ビースト)が姿を現した。


「これが――俺の、変身です」



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