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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月
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4.因縁

「ママも、粋な事してくれるじゃん!」


 サクラはスカートが翻るのを気にする事無く、準備運動をするかのように飛び跳ねた。


「あんたには、お返ししなきゃって思ってたのよね。人の獲物、横取りしてくれてさ」


 ……エルの事か。


「それで、か」


 アトは改めて周囲を見回した。どこか見覚えがある気がしたのだが、ここは――あの、自然公園か。


「あんたも、前から気に入らなかったのよね」

 サクラは、翠に向かって言う。「いっつもお兄ちゃんにへばりついてさ。自分が弱っちいからって、みっともないったらありゃしない。大体ね、あんたをエルアルから助ける時、あたしも協力したんだからね。感謝してくれたっていいんじゃなぁーい? ……だからさ、」


 端末を操作しながら、サクラは冷たい口調で続けた。


「ここで、死んでよ。――変身」


 端末が光り、白銀の獣が姿を現す。

 翠は顔色を変えて、アトを振り返る。その姿も既に変わっていて、ほぼ同じ姿のビースト二体が向き合う格好となる。


「……やっぱりね。()()だろうと思ってたんだ」

 サクラが舌なめずりをする。「でも、能力(ちから)の方は、どうなのかしらねぇ?」


 言った途端、翠にはサクラの姿が消えたように見えた。次の瞬間、横からきた衝撃に弾き飛ばされて地面に転がる。サクラがアトに凄まじい勢いで飛びかかったのだ。アトはそれを一歩も引くこと無く受け止めた。


「へぇ、パワーは結構あんじゃん。でもやっぱり――」

 アトの体が次第に後ろに押されていく。「軽いのよねぇ、あん、た!」

 

サクラの放った強力な蹴りが、アトを吹き飛ばす。間髪を入れずサクラもそれを追って飛んだ。が、


「――迂闊ね」


 サクラは目を見張った。くるっと回転して着地したアトが、流れるような動きでライフルの銃口をこちらに向けていたからだ。


「空中では、避けられないでしょう」


 一直線にこちらに飛んでくるサクラを仕留めるのは容易い――筈だった。しかし引き金を絞った瞬間、サクラの体は何かに引っ張られたかのように真横に流れた。


 ……ワイヤー。端末か!


 アトは舌打ちをして移動しようと身を屈めた。その瞬間、


「後ろっ!」


 翠の叫び声に咄嗟に地面に這いつくばる。その上を、ワイヤーの遠心力でさらに勢いを増したサクラの蹴りが通り過ぎた。サクラはそのまま距離をとり、着地する。


「そういや、そんなオモチャ持ってたっけね。ま、当たんなきゃどーってこと無いけどさ」

「でも当たれば、タダじゃあ済まないわよ」


 アトはレバーを引き、次弾を装填する。


「それは、否定しないけどね。けどそんなにバンバン撃てるもんじゃないんでしょ? それ」


 その言葉に、アトはサクラの方を見る。


「この戦いまでの間、あたし達が何もしてなかったと思ってるの? そのオモチャの事だって、みぃんな分かってるんだから。結界に持ち込める弾の数は、せいぜい10発程度。それをあっちにいった奴と分け合うんだから……撃てるのはそこに入ってるだけ、って感じかなぁ?」

「……分かってるなら、話が早いわね。残り3発よ」

 シリンダーを取り外して、空の薬莢を捨てる。「……これだけに、頼るつもりはないけど」


 ふうん、とサクラは唸り声をあげる。

 実際、心臓に命中さえしなければ一撃必殺という事はないだろう。だが確かにアトの言う通り、当たった時の威力は否定できない。――でも、ママが言ってた。あまり銃を警戒しすぎるなって。囚われすぎると、逆に相手の思惑にハマっちゃうって。……そうだ。相手は銃を見せびらかして、遠距離攻撃をこちらに警戒させようとしている。つまり接近戦に持ち込もうというのだろう。正直、望むところではあるのだけど――。


「敵の思惑通りってのは、性に合わないしね」


 サクラの口元に笑みが浮かんだ、と思った次の瞬間、その姿が消えた。


「――ミドリ、居るわね?」

「え、ええ」


 アトの呼びかけに、木陰に隠れていた翠がややあっと姿を現す。


「あたしの後ろに。――背中合わせで」


 翠の手に、ズシリと重たい鉄の塊が押し付けられる。参式電磁拳銃。アトとの特訓の際に射撃訓練もしたので初めてでは無い――が、慣れる事も無い。しかも、動かない標的にようやく当てる程度がせいぜいで、動くものには当てた事が無い。的を外す度に落ち込む翠に向かってアトが『牽制になれば儲けもの』、と言うのがもはや定番の儀式になっていた。牽制と、護身。そうだ。まず自分の身を自分で守る。足手まといにならない為に。その上で――自分にできる事をするのだ。翠は両手で拳銃を構えると、目を閉じて耳に神経を集中する。


「1時の方向、小さい何かが来る!」


 アトは体毛を逆立ててその方向に発射した。林の中で見えづらいが何かに当たり、金属音と共に火花が飛ぶ。体毛の照射。ならば――。


「今度、8時!」

「だと思った!」


 体を翠と入れ替えたのと、サクラが飛びかかって来たのがほぼ同時だった。爪の一撃をライフルで受け止める。が、反撃までは至らずサクラは再び森の中に姿を消した。

 ダメだ! こんな遅くちゃあ、ダメなんだ。もっと、もっと集中しなくては。翠は唇を噛む。


「――2時方向!」

「あい、よっ!」


 アトの振ったライフルが、飛び込んできたサクラの顔面スレスレを通過し、思わず仰け反ったサクラにアトが振り上げた脚が迫る。咄嗟にワイヤーを発射して、その場を逃れた。荒くなる息を整えようとしながら距離を取る。


 ……何か、おかしい。何故こうも、的確に攻撃を処理できる?


 この木々が立ち並ぶ中で、自分の姿が見えているとは思えない。気配だって、余程接近しなければ気づかれないよう消している。……いや、視覚ではない。ほぼ視覚で捉えられない体毛弾にも反応したのだ。だとすると――。


「……音?」


 考えられるのは、それしかない。だとすると、迂闊に動くのは危険だ。改めて口を押さえつつ、アトらがいる方向を伺う。と――パァン、という一発の銃声が響いた。今のは、電磁拳銃? 自分に向けられたものじゃあない。何を撃った――?


「……思った通りね」

 アトは絞ったライフルの引き金から指を放した。「止まってくれれば、当てられる」


 シュン、という12.7mm弾の飛翔音が聞こえた、と思った瞬間、サクラの頭部が粉々に吹き飛んでいた。


「……やったの?」


 恐る恐る、という感じで翠が尋ねる。


「――いえ」

 アトがレバーを引いたその時、それが姿を現した。「外した。まだ生きてる」


 頭が無くなり、その部分からは蒼い霧状のものが吹き出している。両腕は力なくぶら下がり、前かがみになりながらよろよろとこちらに向かってくるその光景は、二人に心底からの恐怖を感じさせた。


「撃って!」


 翠の声に我に返ったアトがライフルを構えた瞬間、どこから出したのかサクラの咆哮が凄まじい音圧となって二人を襲った。突風とはまた違う、重さを感じる音の圧が二人をまとめて吹き飛ばす。


「――大丈夫?」


 くらくらする頭を一振りし、翠の姿を確認したアトは目を見張った。耳を押さえて倒れ込んだ翠は、細かく震えていた。その指の間から赤い血が滴っている。


「へぇ、まだ赤いんだ、血は」


 ハッとして見ると、サクラの頭部は既に復活していた。しかしその体躯はほぼ別物に変貌していた。体毛は逆立ち、通常の腕の他に2本、新たな腕が肩の辺りから生えている。『成長』だとしても、明らかに異常。……倫子(あのおんな)に何かされた、という事なのだろう。


「耳を、潰してやったわ。ハハッ、どうやってたか知らないけど、これで今までのようにはいかないでしょ」


 取り落としていたライフルを拾い上げて構えようとした瞬間、サクラが眼の前に立っていた。銃身を掴み、その先を自分の額に当てる。


「残り2弾。撃ちたいなら、撃ってもいいのよ? 心臓に当たんなきゃ、あたし死なないけどねぇ〜」


 長い舌がベロベロとアトの面前で揺れる。


「でもちょっとおドロイちゃった! このデキソコナイが、こんな使えるようになるなんてね! あんたが仕込んだの?」


 振りほどきたくとも、びくともしない。アトは唇を噛む。


「……あたしは、ちょっと手伝っただけよ」


 事実だった。特訓の際に色々試したが、どうしても翠のビースト能力を攻撃に使える手段を見つける事ができなかった。ならば、と支援に徹底する事を決めたのは、翠だった。相手の発する音を察知し、機先を制する。自身が音を発し、その反響音を聞き分ける事で相手の居場所を特定する。本来一対一で戦うビーストには不要と言わないまでも、無くとも困らない能力だ――と思っていた。

 それが、ここまで相手を追い詰める事が出来るとは。


「……何、笑ってんのよ」


 サクラが眉をしかめた。アトの口元に、どう見ても笑みとしか見えない歪みが浮かんでいたからだ。その口が動いた。


「舐めんじゃあないわよ、クソ小娘(ガキ)


 何を――、と思ったその時、握ったライフルに込められていた相手の力がふっと抜けた。一瞬、上半身が後方に向かって泳いだ所に、アトが全力で膝を叩き込んだ。深々とみぞおちに突き刺さった膝。サクラが苦悶の表情を浮かべて、その体が()の字に折れる。その谷間に、持ち直したライフルの銃身で横合いから殴りつけた。サクラは数本の木々を薙ぎ倒しながら、さながらホームランボールの如く弾き飛ばされた。


「――こちとら、()()が違うのよ。かかってらっしゃい」


 サクラの口から、大量の蒼い血液が吐き出される。その口を広げ、大きく息を吸った。その途端に、凹んでいた胸が元に戻る。荒い息で血を霧状に吹きながら、サクラは立ち上がった。


「さすが、ね」


 そう呟いたサクラの体は、既に完全回復しているように見えた。『成長』と共に、回復力も上がっているのだろう。


「さすが、あたしの()()()()。……サキ、と呼べばいいのかしら?」


 アトは無言で身構えた。

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