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美女が野獣。  作者: 健人
第11章 3月
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1.時間

「……もうすぐ、時間よ」


 アトはテーブルを囲んで座っている面々を見渡す。村田、安藤安奈、片桐翠、そして、神室修一の所で視線を止める。


「最後にもう一度確認するわね。――時間になったら玄関の戸が結界への扉に変わる。そこへ行くのは、安奈ちゃんを除いた4人」

「あのぅ……発言してもいいですか?」


 おずおずと安奈が胸の辺りまで手を挙げる。


「どうぞ」

「今更なんですけど……。あたしがここに居て本当にいいのかな、って……」

「いいに決まってんだろ」

 そう言って村田が安奈の背中を叩く。「ていうか、居てもらわなきゃあ困る」


「そ、そうですか?」

「そうさ。安奈ちゃんには、俺達の帰る場所を守ってもらわんと」


 帰る場所――。

 一瞬安奈の脳裏に村田の声で『この戦いから帰ったら俺――』というセリフがよぎったが、それは死亡フラグな事に気付いて慌てて妄想を打ち切る。


「わ、分かりました! 頑張ります!」

「一応、ここ俺の家なんですが……」

「文句なら、あの女に言いなさいな」


 勝手に話を進められてしまっている修一が口を挟むが、アトにピシリとやられる。


「人も場所も時間も、指定してきたのはアチラなんだから」


 アトの口ぶりからそれが不満な事は明らかだが選択の余地はなく、従うしかないのが現実だ。

 正直、帰れたとして全員かは分からない。むしろ、誰も帰れない、その可能性の方が高いのかもしれない。待つというのは、もしかして物凄く残酷なお願いなのかもしれない。

 修一がそんな事を考えていると、テーブル上の端末のアラームが鳴った。


「――時間だ」

 アラームを止め、ズボンのポケットにそれを突っ込む。「行こう」


 翠の顔が少し青ざめているように見える。……怖いだろう。無理もない。それでもこちらを見て、精一杯の笑顔を見せた。


 ……もう、謝らないぞ。


 反射的に開きかけた口を閉じて、修一は無言で頷く。何度も、翠に言われた事だ。


 玄関が狭いので、全員が一斉にというわけにはいかない。家主として――という訳ではないが、何となく修一が先頭に立ち、靴を履いてノブに手をかける。その手に、全員の視線が集まる。

 修一はドアを開けた。――そこは、闇だった。全く先の見えない、真っ黒な空間。


 ……まさか、落ちるとかないだろうな。


 恐る恐る一歩足を踏み出してみると、そこには見えないが床があった。


「……行けそうだ」


 一度振り返って全員に声をかけ、修一は中に入った。続いてアト、そして翠。最語に村田が入ろうとした時、


「あ、あの――」


 安奈が声を上げて、村田は足を止め、振り返った。


「絶対……絶対、無事に帰ってきてくださいね! あたし、待ってますから」


 そう言う安奈目に涙が浮かんでいる。村田は拳で自身の胸を叩いた。


「まぁ、任せときな。人間代表として、頑張っちゃうからさ」


 村田はひらひらと手を振ると、中に入った。

 扉が閉まり、安奈はその場に座り込んだ。突然やってきた静寂。しばらく経って、安奈は立ち上がるとドアノブに触れる。一瞬躊躇したが、思い切ってドアを押し開けた。そこは、普通に外だった。廊下があり、手すりがある。その先には、傾きかけた陽が住宅街を染めている。安奈は無意識に止めていた息を吐き出すと、ドアを閉じた。


 ◇ ◇ ◇


 修一がドアから少し離れて振り返ると、ドアの形に白い空間があった。光っている訳ではない。ただ黒い壁に白いペンキが塗られたように、長方形が存在しているだけだ。そこに小さな影が現れたかと思うと、アトが中に入ってきた。不思議な事だが、中に入ってきた途端に、()()()と同じように姿がくっきりと見える。


「……あのさ、」

 アトは修一に近づくと、声を潜めて言った。「分かってると思うけど、ムラタは必ず守らなきゃだからね」


 修一は頷く。4人の中で純粋な――と言うのも妙なだが――人間は村田だけだ。すなわち、一撃でも攻撃を喰らうとそれが致命傷になりかねない。


「片桐さんは、大丈夫なのかよ」

「少なくともムラタよりは、ね。彼女もビーストなんだから」

「なんか……曖昧だな。特訓してくれたんだろ?」

「だからって、わざと傷つけるわけにもいかないじゃない?」


 自分が相手だったら、遠慮なくそういう事をしてきそうだが。


 翠が不安げに周りを見回しつつ入って来て、少し遅れて村田が入ると同時に、白い長方形が消えた。周囲は完全な闇で、4人の姿だけが浮き上がっているように見える。


「――で? ここで待ってりゃいいのか?」


 村田の言葉に修一は首を横に振った。

「……進みましょう。何となくですが、先の方に気配を感じます」


 アトも頷く。


「ワナって事は……ま、今更か」


 村田は肩をすくめた。


 修一を先頭に歩き出すと、アトがスッと最後尾に下がった。後方の警戒という事だろうか。確かに、この状況ではどこから襲われても不思議ではない。アトは村田の横に並ぶと、ライフルを取り出して手渡した。予備のシリンダーも。


「いざとなったら、店長は逃げてくださいね」

「……普通、そういう時は<俺が守ります>とか言わねぇか?」


 修一の言葉に、村田はライフルのチェックをしながら返す。


「男に守られたって、嬉しくないでしょ?」

「確かにな」

 村田は大仰に頷いた。「でもよ、逃げるたって、どこへ逃げりゃいいだよって話しじゃないの」


 それは――確かに。


 口を半開きにしたまま口ごもってしまった修一を見て、翠は思わず吹き出した。不安と恐怖で、どうにかなってしまいそうなこの状況の中で、普段と変わらないトボけた会話をする仲間の存在が頼もしく、ありがたかった。それに比べて自分は――、とつい考えそうになるが、それを必死に押し留める。

 今は、そんな事で落ち込んでいる場合ではない。


「それによ、嫌な事を言うようだが」

 村田は続ける。「俺が奴さんなら、まずはお前さんとアトを狙うと思うぜ。俺や嬢ちゃんは、いつでもやれるっ、てな」


 修一は考える。敷島倫子と、サクラ。2対4と数の上では有利だが、実際には勝ち目があるのかどうか、判断すらできない状況だ。彼女達が二人がかりで自分かアトのみをまず狙ってきたら――正直、嫌な予感しかしない。自分達がまず1人を狙うとしたら、どうするか。サクラか、倫子か。まずサクラを、と考えてしまうのは、戦う前から既に負けている、という事だろうか。


 前に進んでいる筈なのだが、景色が相変わらず黒一色のせいで全くその感覚が無い。倫子の結界なのだろうが、どこまで続いているのか。と――。


 突然、目の前が開けた。


 闇が払われて出てきたのは、無機質な黒い直線が何本も引かれた、灰色の世界。グリッド線、というのだろうか。タイルのように規則正しく引かれていて、修一は格闘ゲームの背景を思い浮かべた。天井といえるのかわからないが上空のみ線は無く、距離感の掴めない灰色の空間が広がっている。


 翠がハッと息を飲む音で、修一は視線を戻す。


「――お久しぶり」


 そこには倫子とサクラが、立っていた。

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