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美女が野獣。  作者: 健人
第10章 1月
60/75

2.幕間2

「……もう少し、丁寧に扱ってくれても」


 安藤安奈は測定結果の数字を確認して、眼を覆いたくなった。「前にも言ったと思うけど、銃である必要ある? 鈍器に特化すれば、そっちの方が使い勝手良くなると思うけど」

「ごめーん!」

 後ろで椅子に座っていたアトは、おどけた調子で頭の上で両手を合わせてお辞儀をする。しかし、「――でもね、」


 次の瞬間おどけは消えて、真剣な眼差しを杏奈に向けた。


「あたし、体が小さいからさ。飛び道具を持っている、遠距離攻撃の手段があるって、重要なんだ。それは凄く助かってるんだ。だから、どうしても銃である必要があるの。――だから直して! お願い!」


 最後に戻った調子に安奈は内心呆れつつ、


「……まぁとりあえず、矯正で何とかしましょ。銃身の交換は、コスト的にもちょっとね」


 矯正するとはいえ、完全オーダーメードのライフルに合う機械など無いので、完全に安奈の手作業である。


「――なんとなく、あんたのクセがわかるわね」


 数値を再度細かく確認しながら、安奈が言う。


「クセ?」

「そ。まぁ利き腕ってものがあるから仕方ないのかもだけど、銃身の左側から殴りにいってるのね」


 アトは怪訝な顔をしながら安奈が見ているモニターを覗く。


「ああ……どっち側に歪んでるかで、わかるのか」

「その時々の衝撃の違いってのもあるから、あくまで予想だけどね」


 ふーん、とアトは鼻を鳴らし、


「分かった! じゃあ今度から左右代わり番こに殴るようにするね!」


 うーん、決して間違いじゃあないけど……。


 今ひとつ納得いかない安奈だったが、集中しようと深呼吸をした。


「――こんなもんかな」


 しばらく後、数値が納得できる範囲内に収まったのを確認すると、安奈は止めていた息を吐き出した。


「ありがと!」


 アトはそれを受け取ると2,3度振り回してから収納した。杏奈の目からはライフルが突然消えたようにしか見えない。驚きはしないが、何度見ても慣れない光景だ。安奈は一つ伸びをすると、保護ゴーグルを外してインスタントコーヒーを入れ、何時間か振りに椅子に腰を下ろす。


「――3月だったっけ。その、最後の戦いっての」

「そうだね」


 アトも冷凍庫に常備しているヴァリヴァリ君を取り出して咥えながら、頷いた。

 安奈は先月のクリスマスに、神室修一から話された事を思い出す。正直、その場に行くつもりは無かったのだが……。


「で、どうなのよ。ムラタとはさ」


 思い浮かべた人物の名前を突然言われて、安奈はコーヒーを吹き出しそうになった。


「え!? ――どう? どう、って?」

「何か、進展あったのかなぁ、って。あたしも、ミドリも心配してんのよ?」


 ミドリ? ……ああ、片桐翠か。あの美人の、若さ溢れる女子高生。最近のアトは以前より翠と一緒に行動している、とは聞いていた。そう言えばあの子にも、室長への気持ちを見抜かれてしまっていたのだ。2人で色々、話していたのだろう。


「別に……。だってまだ、告白だってしてないし」


 ヴァキッ、と音がして、何かと思ったらアトがヴァリヴァリ君を噛み砕いたのだった。


「何してんのよォ、安奈ちゃん」

「な、何が?」


 アトの顔がぐっと迫ってきて、椅子の背もたれギリギリまで仰け反る。


「何がじゃあないわよ! まだ告白もしてないって、何? ウブなネンネじゃあるまいしィ!」


 見た目と凄まじくギャップのある言葉がぽんぽんと飛び出してきて、アトが言葉を発する度に、咥えたアイス棒がピコピコと動く。


「え、えっと……キャラ、変わってない?」

「んなこたぁ、どーだっていいんですぅ! はいそこに正座!」


 その言葉に反射的に従ってしまう自分が悲しい。


「そもそもさ、先月だってチャンスあったじゃないの。――イヴの夜! せっかく2人きりにしてあげたのに! わかってたんでしょ? そこで勝負かけないなんて、一体何やってたのよ!」

「あ、あの時は――」


 ◇ ◇ ◇


「……悪かったな、今日は」


 村田が言葉を発する度に、顔の周りに白い息が舞う――と思ったら、いつの間にかタバコに火をつけていた。それでも深夜になり、一段と気温が低くなったのは確かなようだ。


「いえ……。こう言っていいのかですけど、私も、楽しかったです」

「そう言ってくれると、助かるよ」

 そう言って、村田は微笑む。「それが、自慢の名馬かい」


 階段の下に止められたその鉄の塊は、月光に照らされて研ぎ澄まされた様な冷たさを感じさせる。


「この寒さで、良く乗れるなぁ」

「装備は万全ですし」

 頭部以外、再び黒尽くめとなった安奈がポーズをとると、全身の革がギュッと音をたてる。「それに、エンジンをかければ暖かいんですよ。熱がモロにきますんで」


「……そういうもんか」

「そういうもんです」

 と、安奈は笑って頷く。「トドメのグリップヒータも後付けてますから、ご心配なく。あの……むしろ、室長の方が薄着過ぎません?」


「タバコ吸ってっから、ヘーキヘーキ」


 よく分からない事をのたまう村田は修一のサンダルをつっかけて、一応背広の上着は羽織っているものの、ほぼ部屋に居た時の格好と変わらない。


「それに、すぐ戻るしな。倒れた未成年を放ったらかしにして帰る訳にもいかんでしょ。オトナの責任ってヤツがあるからなぁ」


 今は、片桐翠が一人でいるはずだ。


「戻ったら、帰らすけどな。そっちも未成年だし、不純異性交遊になってしまってもイカン」


 どこまでが冗談なのか。村田は真面目な顔でそう言って、携帯灰皿に吸い殻を放り込む。

 少なくとも『不純』ではない……とは思うが。まぁ確かに翠に任す、というワケにもいかないだろう。だったら――。


「あ、あの――あたしも、戻りましょうか?」


 村田の動きが一瞬止まる。


「ほ、ほら、一人だと、大変じゃあないですか? ――2人だったら、代わり番こに休めますし」


 村田はしばらく黙って、何度か瞬きをしていたがやがて笑みを浮かべて、


「安奈ちゃんに対しては、俺は上司として『無事に帰す』責任ってヤツがあるんだよ。――ありがとうな。気持ちだけ、頂いとくよ」


 勇気を絞り出して放った一言は、アッサリと上司としての発言にハネられてしまった。そう言われてしまうと、食い下がる理由が無くなってしまう。


「――分かりました。でも、何かあったら、連絡ください。あの、本当にいつでも、構いませんので」


 気持ちを再度奮い立たせて、言葉を繋いだ。少しでも、気持ちが伝わるだろうか。重い奴と思われるかもしれない。それか単に、仕事熱心と思われるかもしれない。それでも――。


「おう、頼りにしてるぜ」

「は、はい! 頼りにしてください!」


 と、安奈は反射的に敬礼をして――その瞬間、『やっちまったー!』と内心で叫んだ。敬礼などしては、完全に仕事ではないか。私って奴は全く……。

 いたたまれなくなり、慌ててヘルメットを被る。


「それじゃあ……」

「……乗ってかねぇの?」


 何故かしょんぼりとした安奈がバイクのスタンドを外して押し始めたのを見て、村田は首を傾げる。


「ここでエンジンかけるのはちょっと……。時間が時間ですし」


 ああ、と安奈が来た時の音を思い出す。今ここで始動したら近所から苦情がきかねないのは確かだ。


「大通りまですぐですし、そこからは乗って帰りますよ」


 ご心配なく、と言おうとすると、村田が口を開いた。


「じゃ、そこまで送るよ」

「えっ……。――いえ、でも、大丈夫ですよ。それに、室長風邪引いちゃいますよ」

「大丈夫だって……タバコは無いけど。まぁそれに何だ、若いモンに二人きりの時間ってヤツを少しは与えてやらんとな。何たって、今日はクリスマス・イヴなんだし。……安奈ちゃんには、ホント申し訳ないけど」


 村田は少し困った顔で頭をかき、安奈は笑った。……少しでも長く、一緒に居られるのは確かに嬉しい事だった。


「何だったらバイク代わりに押そうか? 体が温まるかもしれんしな」

「……やってみます? 重いですよ」


 まぁこの巨体からして数百キロはあるだろう。それでも、小柄な安奈がさほど苦労せず押せているのだから――。

 ハンドルを預けられた瞬間、一気に凄まじい重量が両腕に伸し掛かり、思わずうめき声をあげる。……マズい、倒れる! と、思ったその時ふっと軽くなった。


「ホラ、言ったでしょ」


 安奈がハンドルに手を添えて笑っていた。


「力任せにやってもダメです。コツがあるんですよ」

 そう言うと安奈は村田と体を入れ替え、体全体で押して車体を真っ直ぐに立てる。「……こうすれば、このコも素直にいう事聞いてくれます」


 やれやれ、と村田は肩を回す。……手を出さない方が無難だな。


「それにしても君、そんなに力持ちだったか?」

「それなりに鍛えてますけどね。サバゲーに行くと、結構長時間走り回ったりするんで」


 ……また村田の知らない情報が出てきたが、ここはスルー推奨だろう。


 大通りに出たが、車も人もほとんど通っていない。これはこれで、健全な夜という事なのかもしれない。


「それでは――」

「おう、明日もよろしくな。あいつが目を覚ましたら、連絡すっから」

「――えっ?」

 回そうとしていたキーから手を離して、安奈は思わず声を上げた。「あたしも、行っていいんですか?」


「何言ってんだよ、当たり前だろう。――俺の予感だけど、まだ終わってない気がするんだよな。だとすると、まだまだ安奈ちゃんの協力が必要になる。一緒に話を聞いてもらえると、ありがたいんだ」

 村田はそう言って、頭をかく。「勿論、安奈ちゃんが承知してくれれば、だけどな。無理強いはしないさ。……ここまで巻き込んでおいてって、話だけどな」


「……そうですよ。今更です」

 ヘルメットの奥で、安奈は微笑んだ。「私の作るものが室長や、皆を守る為に役立つなら、何だって協力しますよ。この不詳安藤安奈に、お任せ下さい!」


 言った後に恥ずかしくなり、安奈は慌ててエンジン始動の動作をする。チョークを引き、セルボタンを押すとエンジンが目覚めて、腹に響く排気音が街中に轟いた。


「……スゲェな」


 最初は不規則だったそれは、エンジンが次第に温もってくるのを知らせるようにハーモニーを奏で始める。


「では、明日」

「ああ、宜しくな」


 片手を挙げる村田に一度頭を下げて、安奈はスロットルを回した。


 ◇ ◇ ◇


「……ツマンナイの」


 アトは遠い目で安奈を見て、肩をすくめた。


「ツマンナイ言うな! ……言わないでください」


 両手で顔を覆って俯いてしまった安奈に、アトは容赦無く追い討ちをかける。


「別に恥ずかしい要素ある? 何かフツーの、上司と部下の会話って感じだったじゃない」

「これでも私だって、頑張ったんだよ……。バイクだって、他人に持たせた事なんかないんだから……」

「せっかくバイクがあったんだからさ、ムラタを乗せて2人でどこか暖かい所にシケ込む事だってできたじゃんよ」

「し、シケ込むって――」

 相変わらずの過激発言に安奈は眼を白黒させながら、「だって室長、直ぐ戻るっていうしさ、あの格好で乗せて走ったら、それこそ凍えちゃうもの……」


「だ、か、ら! その凍えた体をあたしが暖めてあげますよ――。って、こう繋げれば良かったのに」


 天才かよ、という声がそこから出てくる程に見開かれた安奈の眼を見て、アトは内心苦笑する。当然ながら、全部が本気で言ってるのではなく、半分以上はからかって遊んでいるだけだ。


 それでも、この喪女はこのままだと言われた事全てを本気で受け取りかねないから困る。……まぁ、それが楽しいのだけど。


「ところでさ、」

 アトは話題を変える事にした。「頼んでた()()、どう? 手に入りそう? あ、正座はもういいから」


「……ああ、()()ね」

 安奈は顔をしかめて痺れる足を揉みながら、「まだ、返事待ちよ。ショットガンなんかと違って、普通の人が手にする事なんか殆どないシロモノなんだから」


「……わかってる。何とか、お願い」

「前にも言ったけど、どうしてもそれじゃなきゃダメなの? 代用できそうな品だったら、もっと簡単に手配できるけど」


 急にシリアスになったアトに肩をすくめつつ、安奈は言う。


「試してダメだった時の事を考えるとね……。時間が無いし、ここは確実性を取りたいわ」

「期限があるから焦るのも分かるけど。できる限りのツテを使ってるからさ。――もう少し、待っててよ」


 その言葉に、アトは頷く。

 うまくいけば、こちらの戦力を大きく上げる事ができる。……うまくいけば、だが。――できる事は、やらなければ。もうあまり、時間はないのだから。


 アトは甘みを完全に吸い尽くしたアイス棒を口から出すと、顔をしかめた。そこに「あたり」の文字は書かれていなかった。


「……ま、いつも通りって事か」


 そう思う事にしておこう。

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