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美女が野獣。  作者: 健人
第1章 4月
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3.始動

「――思うに、説明不足が過ぎる」


 サキは軽くため息を付く。


「あらそお?」

「正確に言うと、あなたは今日からビーストになった。昨日までは普通の人間……聞こえてる?」


 修一は機械的に頷く。


「さっき話したけど、ビーストは基本人間でなく、同じビーストを襲う。それは、子孫を残す為。――ビーストが子孫を残すには、ビーストの心臓を食べなければならない。相手の心臓を喰う事で異なる遺伝子を摂取して成長し、子孫を残す。それがビーストの生態」


「それじゃ、俺が襲われたのは――」

「あなたを同じビーストとして捕食しようとした。そういう事」

「……あいつ、どう見ても男だったけど」

「ビーストは、男女どちらでも子孫を残せる」

「流行りのジェンダーレスってヤツね!」


 ……そういう事か?


「いや、というか違いますよ! 俺は人間だ! ビーストなんかじゃない!」

「戸惑うのも無理はない。けど、今ここに居られているという事が、あなたがビーストであることの証明」


 修一は思わず周囲を見回す。既に慣れてしまっていたが、そういえばここは学校の中の筈なのだ。


「最初にサキが言わなかった? ここは『結界』。外とは違う世界だって。実はココって、あたしが作ったんだよねぇ」


 そう言って倫子はいたずらっぽく片目をつむる。


「『結界』は、ビーストしか入れない。つまりあなたがここに入れたという事が、その証明となる」

「……ウソだろ?」

「どっこい、マジなんだなこれが。理科実験室前の扉を見たでしょう? 普通の人間には、それすら見られないのよね。いらっしゃい。ビーストの世界へようこそ♪」


 修一は呆然として笑みを浮かべたままの倫子を見つめた。


「ただね。ちょこーっと、問題があるの」

 タバコを灰皿に押しつぶし、倫子は続けた。「あんたが相当イレギュラーな存在だってこと。人間とビースト、双方にとってね」


「人間が、ビーストに変化した。今のあなたはそういう存在」

 サキが吸い殻で底が見えなくなった灰皿を交換する。「だけどそんなの、聞いたことが無い」


「人間にとっては絶好の研究素材。そしてビーストにとっては――」


 ごくり、と修一は唾を飲み込む。次の瞬間、倫子が両手を広げて修一に飛びかかる――ふりをして、ぐっと顔を近づけた。


「喉から手が出るくらい、食べちゃいたい存在なのよ」


 甘い香りがする倫子の空気を感じ、慌てて顔を反らす。


「あなたは、特別な遺伝子を持っている。全てのビーストが、それを欲しがる筈。つまり――」

「……いつビーストに襲われても、おかしくない?」


 修一の言葉に、二人が頷く。心無しかその視線が、冷たくなったように感じる。


「まぁ、そう気を落としなさんな少年! ここからが本題さ」

 倫子がもはや何本目か数える気にもならないタバコに火を付ける。「あたし達が、あんたを守ってあげる。ビーストは勿論、人間からもね。――もっとも、タダってワケにはいかないけど」


「お金なんか、持ってませんよ……」

「お金なんて! それよりもっといいものがあるじゃないのよぅ」


 倫子はクフクフと笑いながら、修一の全身を舐め回すような視線を向けて来る。

 ま、まさか――。


「仲間になれ、ということ」


 サキの無感情な言葉に、倫子は盛大なため息を付く。


「あんたってほんっと、つまらない子ね!」

「大事な話はなるべく簡潔に済ませるべき」

「こういうのはね、なるべく焦らして、勘違いさせて、向こうから色々と引き出すのが楽しいのよ! まったく分かっていないんだから……」


「あの……」

 漫才の邪魔をするのは気が引けたが、訊かずにはいられなかった。「仲間になれって……先生達は一体何をしているんです?」


「あたし達はねぇ――」


 と、倫子が言いかけた所で、電子音が鳴り響いた。倫子は舌打ちをして、カウンターにどこからか取り出したパソコンを叩き付けるように置き、モニターを開く。


「……仕事?」


 サキの問いを無視して倫子はパンパンと数回パッドを叩き、眉に皺を寄せた。


「全く! 空気を読まないんだから――ま、丁度いいかもね。ねぇ、神室クン」

「は、はい?」

「あたし達が何をしてるか、教えたげる。これからちょっと、付き合って貰える? 説明するより、見た方が早いと思うわ」


「内容は、了解した」

 いつの間にかサキがカウンターから出て、腕の端末をいじっていた。「行こう」


「ど、どこに?」

「仕事」


 言いおいて歩を進めるサキの後を、慌てて追った。


「行ってらっしゃい♥」


 振り返ると倫子が笑みを浮かべて、ひらひらと手を振っていた。



 ◇  ◇  ◇



 平日の昼間だからだろうか、二人の乗った電車の車両は無人で、修一は少し迷ったが長座席の端に座ったサキの、一つ空けた隣に座った。


「……なぁ、訊いていいか」


 無言の時間に耐えられず、口を開く。


「どうぞ」

「どこに行くの?」

「――あと、二駅」


 サキが腕の端末に目を落としながら答える。


「そこに、何があるんだよ。『仕事』って言っていたけど、何をしに行くのさ」

「今から行くところに、未登録のビーストがいる」


 さらっと発したサキの言葉に息をのむ。


「私達は、未登録のビーストの捜索と保護をしている」

「それが――仕事?」


 サキは頷く。


「この世界にやってきたビーストは、独りで、知らない世界に放り出される事になる。彼らが人間と接触する前に捜し出し、保護する。そういう事」

「それって……同じ、ビーストだから?」

「違う」


 その返事に、修一は困惑する。


「言ったでしょう。これは、仕事。――私達は依頼されてやっている。人間からね」

「人間――って、誰からだよ?」

「日本政府」


 修一は絶句して口を開いたまま、座席にもたれかかった。


 電車が駅に停まり、扉が開く。が、誰も乗ってくる客はいなかった。扉が閉まり、再び走り出す。

 ……いや、話が大きくなり過ぎだろう。しかし、ビーストがいるのは事実。それは確かだ。だがついさっきまで、そんな存在を聞いたこともなかった。だとすると――。


「政府はビーストの存在を隠したい。だから、私達に仕事を依頼する。その代わり――」

「その代わり?」

「問題無しと認められたビーストは政府に登録された上で、公認の元人間社会で暮らす事ができる。勿論人間に擬態する必要はあるけど」


 さっきから驚くことばかりで、いい加減感覚がマヒしてきそうだ。


「じゃあ……世間には人間の姿をしたビーストが、何人も暮らしているってことか?」

「そうよ」

「え……」

「怖い、と思った? 未知の存在が、一緒の世界に暮らしているなんて。――だから、隠しているのでしょ」


 以前ネットで見た、外国からの移民による犯罪などの特集記事を思い出した。移民が増えすぎて小さな町が占領されるような事態になっており、地元民との争いも頻発して収集がつかない――確か、そんな内容だった。

 外国人でさえそうなのだから、ましてやビーストなど――というのは容易に想像がつく。


「一つ、訊いてもいいか」


 サキは頷く。


「……君は――君たちは、人間とビースト、どっちの味方なんだ?」

「ビーストよ」

 そう言うサキの言葉に迷いは感じられない。「……結果的に、人間の為にもなっているかもだけど」


「そうか。じゃあ――まぁ、良いことをしているワケだ」


 その修一の言葉に、サキは視線を向けた。


「良いこと? 何が?」

「何がって……人間とビースト、両方の為になる事をしてるんだろ?」

「人間の為になっている、というのはあくまでついでの話」


 サキは両手の拳を握り直し、立ち上がった。電車が、スピードを落とし始めていた。出口に近付き、手すりに掴まる。修一も慌てて立ち上がった。



「一つ、言っておく事がある」

 サキは視線を車窓に向けたまま、呟くように言った。「全てのビーストが、安全とは限らない」


「……どういう意味だよ」

 言いながら、そりゃそうだろうな、と思う自分に気付いていた。「――人を襲うヤツもいるって事か」


 サキは頷く。


「最悪なのは、結界の中でなく変身して人を襲う事。これだけは、避けなきゃいけない。――けど、この世界に慣れていないビーストは、混乱している事が多い。もしそうなった場合は、速やかに処理をする必要がある」


 処理って……。


 昨日のサキの戦いを思い出す。


「殺す……って事?」

「それも、仕事」


 嫌な予感がした。サキの戦い慣れた雰囲気……むしろそれが、仕事のメインなのではなかろうか。


「とりあえず今日は、あなたが心配する必要はない」


 電車が目的の駅に停まり、扉が開いた。


「そうなったとしても、私が守るから」

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