5.兄弟
おとうと――弟。兄弟の、年下。兄? 兄――。
権瑞の姿を見る。自身にそっくりな、その姿。
「ビーストといえども、ここまで姿が似るのは、同じ遺伝子が関わっている以外は考えられんだろう。そう思わんかね? ――問題は、誰が親か、という事だが」
権瑞はニヤリと笑う。「――ここまで言えば、君にも想像はついてるだろう」
「――嘘だ。あり得ない」
修一は腹を押さえつつ立ち上がる。
「嘘じゃあないさ。その証拠が、君の目の前に立っている。――大体が、だ。私がどれだけの時間をかけて、人間をビーストに変える研究に心血を注いでいたと思うね。そう簡単に、人間がビーストになれる筈がないだろう。……元から、ビーストの遺伝子を持っているのでなければね」
「俺の親は……人間だ!」
右腕を刃へと変えて、修一は突進する。が、同様に刃を形成した権瑞がそれを防ぐ。
「私もそうだよ。片方はね」
2人の視線が合う。
「私も君も、あいの子なんだよ。ビーストと、人間のね。……これ以上話すのは、止めておこう。続きが聞きたければ、私の心臓を喰らう事だ」
一度離れて、再び鍔迫り合う。
「知っているだろう。ビーストは、心臓を喰らう事で相手の遺伝子を取り込む。同時に、記憶も手に入れるんだ。つまり――」
権瑞は自身の頭に指を当てた。「私の心臓を喰らえば、君が望む情報全てが、手に入るという訳だ。どうだい? やる気が出ただろう。遠慮なく、私を殺しに来たまえ」
「――言われなくてもっ!」
修一の刃が権瑞の首を狙う。それを素手で掴み、放り投げる。追って権瑞は刃を戻して爪を伸ばし、それを凄まじい勢いで振った。そこから放たれた5本の空気の衝撃波が、刃となって修一を襲う。4本は避けたが、1本が正面から来る。刃を合わせて弾こうとしたが、それは修一の刃を切り裂いて体をかすめ、後方へ飛んで行った。振り返る事無く、修一は再び権瑞へと迫る。
「馬鹿正直に――」
真正面から来るなど、良い的にしかならない。しかし腕を振り上げた権瑞は、目を見張った。突然修一のスピードが上がったかと思うと、宙を舞うように不規則な軌道を描いたのだ。そして――気付くと、片腕が切り落とされていた。
唖然とする間もなく、背中に走る衝撃。振り返ると同時に脚を振る。が、手応えは無い。権瑞が見たのは、修一の異様な形に変化した脚だった。ふくらはぎが裾の広いズボンを履いたかのように広がっている。そこに見える、無数の細かい穴。
――空気か!
権瑞の脚を避けた修一は、そのまま宙に浮いていた。発砲の為に圧縮空気を使えるなら、それ以外の為にも使える筈。そう思って試した結果、短時間であれば飛べるようになったのだ。さながらジェットエンジンの如く空気を吸い込み、凄まじい勢いで噴射する。しかし、所詮は付け焼刃だ。浮いているだけでもかなりの集中力を要する。
「逃がさん!」
そのまま後方へ飛ぼうとした修一に向って、権瑞は飛び掛かる。復活した腕がゴムのように伸びて、修一の足首を掴む。咄嗟にそれを切り裂いた修一だが、バランスを崩して天井に激突した。そのまま突き破って上階の天井に大の字にぶち当たり、天井に沿って泳ぐように左右に振れながらすっ飛んでいく。制御できない。
「と――止まれよ!」
修一の叫びに呼応するように空気が止まり、 広がった脚が元に戻る。しかし勢いは止まらず、そのまま壁を突き破って外に飛び出して、頭から校庭に突っ込んだ。
「ヒットアンドアウェイ、というヤツかね」
頭を振って顔を上げると、権瑞が立っていた。
「色々、試行錯誤をしてきたのだね。その努力は認めよう。――完成には至らなかったようだが」
「……そりゃどうも」
言いながら立ち上がる。頭の中では、次に何をしたらいいのか、何が出来るのかを考えながら。
「私が褒めるなぞ、滅多にないんだ。誇っていい」
「――誰に、です?」
「自分に、さ。その誇りを胸にしていれば、少しは穏やかに死ねるかもしれんよ」
「……生憎、まだ死ぬつもりはないんですがね」
舌で口の端を舐めると、血の味がする。果たしてそれはまだ、赤いのだろうか。
「そうだね。まぁ、私の中で生き続けると言えなくもないかな。心臓を喰らうとは、そういう事だからね」
心臓――心臓。
どこにあるのだろう。上半身の殆どを失っても、復活してきた。頭部もだ。とすると、残る可能性は……普通ならあり得ないが、下半身?
「そんな所には無いよ」
権瑞は修一の探る視線を見透かしたように笑う。
「長い時間をかけて、肉体を改造してきたんだよ。……前に、双子のビーストを見ただろう。あの肉体の変化も、それを流用してやったものだ。苦労はしたがね。二人を一つにする、というのは中々興味深かったよ」
エルと、アル。合体した異形の姿。
「教えてあげよう。私の心臓はね、言わば全身だ。心臓を液状化して、血液と共に全身に巡らせている。体の半分が吹き飛んだところで、どうという事は無い。……私を殺すなら、全身を一度に吹き飛ばすかしないと無理だね。まぁ、少しでも、肉体の欠片が残ってさえいれば復活できるんだが。君に、それができるかね? 無理だろう。――だからもう、終わりにしようか。逃げ回っても、お互い無駄な体力を使うだけだからね」
何かが弾けるような音と同時にふくらはぎが展開し、修一の体が浮き上がる。
「それはもう、見た」
権瑞が腕を振った。
衝撃波を放ったのではない。その掌からばら撒かれたもの――瓦礫の破片。それは凄まじい勢いで修一の方へと向かい、あっ、と思った瞬間修一は地面へと落下していた。
「ジェットエンジンではないな、それは。言うなれば、水鉄砲だ。それだけの勢いで空気を噴射する為には、出口はかなり小さくする必要があるだろう。なら、それを塞いでしまえばいい」
修一は、自分の脚を見る。給気口から吸い込まれた瓦礫の破片が、噴射口の殆どに詰まっていた。
「――さて。手持ちの策は、こんな所かな?」
権瑞がゆっくりと近づいてくる。「……実の所、少々期待をしていたんだけどね。君ならば、私を殺せるのでないかと。さっきも言ったが、私を殺すには、全身を一度に吹き飛ばすか、焼き尽くすしかない。普通のビーストには、そんな事はできまい? しかし君なら――と。残念だが、見込み違いだったようだ」
権瑞は首を振り、
「余程、人間が作った爆弾等の方が可能性がある。しかし――それらは、結界に持ち込めない。よって、結界内で私を殺すのは無理だ、という結論になるわけだ。残念ながらね」
修一が発砲するが、それを腕の体毛を盾のように広げて悠々と防ぐ。2、3発受けた所で、弾が尽きた。
「……そうなると私を殺すのに最も確実性が高いのは、結界の外で、私の全身が吹き飛ぶような量の火薬を使って私を焼き尽くす事になる。……かつて一度だけ、私が生命の危機を感じた瞬間があるんだ。いつだと思うね?」
修一の無言の抵抗を受けて、権瑞は微笑む。
「もう100年近く前か。……戦争だよ。人間同士の争いに興味があってね。一兵士として、戦場に行ったのさ。流石に変身するわけにはいかないが、傷を負ってもすぐ回復する体は便利でね。不死身の神兵だなんだと、随分もてはやされたものだよ。だが――あの日。私の所属する部隊が守る島に、敵が攻めてきたんだ。圧倒的な物量を持ってね。空を覆う飛行機、海を覆う艦艇、地を覆う屍。空からのナパーム弾と艦砲射撃の雨の中で、さすがの私も死を覚悟した。――そして、改めて思い知ったんだよ。この世界を支配するのは人間でなく、ビーストでなければならない、とね」
「……あなたが支配する、の間違いでは?」
「私が? ――まさか」
修一の言葉に権瑞は大げさに手を振り、「そんな面倒な事、私は望まんよ。だが、力は必要だ。邪魔するものを、排除する為にね。……君の心臓を手に入れればそれがより、完全に近いものになる筈だ。ところで――何か、音がしているようだが。今更、逃げるつもりじゃあないだろうね?」
言った瞬間、修一が両腕を地面に向けた。同時に上腕部が広がり、空気が吹き出す。
「無駄だよ。腕から出るのも、分かっていた」
権瑞の腕が再び振られ、瓦礫が撒かれる。
「――そんなのっ!」
想定していた事だ。修一は腕を振って瓦礫を吹き飛ばすと同時に、権瑞から遠ざかる。が、突然背中に走る凄まじい衝撃。熱く、肉が抉られ、毛が燃える臭い。
――爆発?
「背後に、『火』を置いといたんだよ。少し不本意だが、使えるモノは使う主義でね」
前のめりに倒れた修一に、権瑞は近づく。残弾無し、逃走手段も封じた。可能性は全部潰したその筈だ。だが、油断はしない。さっきは、掴み上げた際に不意を突かれた。ならば――。
「せっかく抉れたんだ。その背中から、心臓を頂くとしよう」
爪を伸ばし、修一の背中――心臓の位置に、その先をあてがう。
と、権瑞はふとした気配を感じて、動きを止めた。……何かが、宙を漂うように動いたような。
視界の端で、何かが光った。間違い無い。光だ。蒼い結界内に、白く輝く光。これは――。




