4.褒美
「そうなんですよ! 結構誤解している人が多いんですよね。まぁ、競技にしても狩猟にしてもそれしか使ってない人が殆どですし、何しろ日本語で名前が<散弾>銃ですからね。そりゃあ、『散弾しか撃てない』と勘違いする人が居ても仕方ないです。けどですね、実際には違うんですよ! スラッグ弾といって、拳銃用の親玉みたいなサイズの一発弾があるんです。これも幾つか種類があるんですけど、中には熊の駆除を目的としたモノもありまして、威力はお察しという感じですね。射程も相応に長くなってですね、昔の刑事ドラマで、角刈りのグラサンかけた人がスコープを装備したショットガンをヘリからぶっ放すのがお約束ってのがあって、勿論それもスラッグ弾を使っての設定だったんですけど、それを知らない人がネットの掲示板で馬鹿にしたコメントを書いて、即座に反論コメントの嵐で袋叩きにあったなんて事件がありまして――」
「わかった! 分かったから!」
はぁ、はぁ、ともはや機械的な相槌しかうてなくなっている翠を救うべく、村田は奮闘する。まぁ、安奈のおかげで場が賑やかになったのは確かなのだが。
「えーっと、とにかく、そのスラッグっていう弾丸も普通の散弾と一緒に渡したって事なんだな?」
「はい。私個人的にはサポット弾の方がいいかなって思ってるんですけど、あ、サポット弾というのはですね、ハーフライフルで――」
「何発渡した?」
「えっと……散弾とスラッグを2箱ずつ、それぞれ10発です。弾倉が8発なので、それを満たせるようにって」
村田は腕を組み、息を吐きながら天を仰いだ。
「だ、大丈夫ですよ。弾丸自体は正規に購入したものですから。ほら私、第一種銃猟免許を持っているので」
村田はしばらく天を仰いだまま黙っていたが、しばらくして立ち上がった。
「……ちょっと、タバコ吸わせてくれ」
背中を丸めて外に出ていくその姿には、どこか悲哀を感じざるを得ない。
何か言いたげにそんな村田の姿を目で追っていた安奈だったが、玄関の戸が閉まると同時に一回り小さくなったかと思う位に肩を落とした。
「ああ……またやっちゃった……」
テーブルに額を押し付けんばかりに項垂れる安奈の額の下に、翠は思わず手を差し入れる。
「ごめんなさい……私、ウザかったですよね……」
「えぇ……あ、いえ、色々とお話して頂いて、良かったです。私と村田さんだけじゃ、場が持たなくって」
あまりの凹み具合に慌ててフォローをするが、安奈は顔を上げようとしない。
「……私、いつもこうなんです。昔からなんです。女なのに銃器とか、機械関係が好きだなんて、物好き以外の何者でもないって、分かってるんです。……話が合う友達なんか、ずっといなくて。女も、男も。たまに話を聞いてくれる人がいると、嬉しくて。――つい、一方的に喋り倒してしまうんです。分かってるんです。それは迷惑な事なんだって。でも、止められないんです――」
……まぁ、独白からしてまた長くなっているが。
「室長から連絡を貰って、舞い上がってしまいました……本当に、申し訳ありません」
ようやっと顔を上げた安奈の眼には大粒の涙が浮かび、顔も真っ赤になっている。
「頼って貰えて……嬉しくて……私……」
堪えきれずに嗚咽が始まる。
――本当に、感情の波が激しい人だなぁ。
半ば呆れつつ、もう半分で感心しながら何とかなだめようと相槌をうつ。まぁ実際、村田は安奈の言動に怒っているわけではないだろう。怒っているとしたらアトに、だろうか。よく分からないが色々と勝手な事をしていたようだ。この人がそれに協力していたのも、事実なのだろうけど……。
「あの……どうしてそこまでしたんですか? 銃を手に入れるって、日本じゃ大変なんでしょうに」
「……室長の役に、立てればと思って。アトちゃんと、結構危険な事をしてるみたいなんです。強力な武器が増えれば、少しでも危険が減らせるかなって……」
……ん?
ふと、翠の脳裏に閃くものがあった。女の勘というべきか。
「あの、違ってたらすいませんけど、もしかして、村田さんの事――」
安奈の戻りかけていた顔が再び上気し始めると同時に、スローモーションのようにゆっくりと下を向いていく。
「いや、いえ、あの、いえいえ、違うんです。いや、違くはないといえばないんですけど、これはその、好きというより尊敬というか敬愛というか、そういう類の感情なんだと思うんです。だからその――そういうのではないんじゃないかなぁ、と。はい」
もはや自分でも何を言っているのか分からない。ぽつりぽつりと涙が滲む膝を見ながら、家や職場では常に持ち歩いているお気に入りのモデルガンを持ってくれば良かった、と思う。分解と組み立てを繰り返していると、心が落ち着くのだ。せめて指の動きだけでも――と動かそうとしたその手をいきなり握られて、安奈は仰天して顔を上げた。
「いいじゃないですか!」
いつの間にか正面に移動した翠が、目を輝かせながら言った。「私、応援します!」
自慢にもならないが、翠も男性と付き合った経験はない。恋愛初心者同士、安奈のあまりに不器用な好意の伝え方に、シンパシーを感じたのかもしれない。
「あ――ありがとう、ございます。あの……そういえば、お名前、ちゃんと伺ってましたっけ」
「そういえば……」
二人は顔を見合わせて、吹き出した。
そんな二人の様子を外から窺っていた村田は、首を傾げつつ肩をすくめた。会話の中身まではさすがに聞こえてこない。だがそれなりに打ち解けている様子なのは分かったので、それで十分だ。それにしても――。
「アトの奴……」
最後の一口を吸い込んで、寒空に向けて煙を吐き出す。
修一の能力強化を考えてくれたのは分かる。しかし、その為に安奈に必要以上の危ない橋を渡らせるのは論外だ。アトの存在を知らせ、匿ってもらっている時点で十分危ないのだから。
――何でも言う事を聞くって、約束だったな。
これまでの補填も含め、ご褒美としてそれなりの予算を用意しておく必要がありそうだ。……いずれにしても、全て終わってから、だが。
修一は、無事だろうか。
終わるというのがどういう形になるのか、全く想像できない。今はただ、彼の無事を祈るしかなった。
◇ ◇ ◇
爆散した頭部が蒼い霧状に変わったかと思うと、次の瞬間には元に戻っている。恐らく、本来の心臓の位置が急所ではない。叩ける時に、叩く! 復活した腕に銃口を移して、権瑞の頭部から上半身に向けて修一は弾丸を連射する。取り込んだ瓦礫が尽きるのが先か、圧縮空気が切れるのが先か。
上半身の殆どを失った権瑞が後方に吹き飛ぶと同時に、弾が尽きた。瓦礫を探して一瞬、視線が動く。気づくと、目の前に権瑞の脚があった。
辛うじて腕を差し込んだが、気休めだ。復活したばかりのそれは枯れ木のように簡単に折れ曲がり、自身の顔面にめり込みながら地面に叩きつけられる。
――止まったら、ダメだ!
飛ばされた勢いを利用して、横に逃れる。追撃は――来なかった。見ると、下半身だけで立っている権瑞の上半身に蒼い霧が集まり始めている。……もう、復活か。それでも、ダメージは与えた筈だ。復活されたとしても、その為のエネルギーを消費させた筈だ。そう思うしかない。これを繰り返していけば――いや、繰り返していくしかないのだ。情報を得るために殺せない、のではない。殺せるかどうかすら、わからないのだ。殺すつもりでやってようやく、まともに戦えるかというレベルだろう。
「……少し、楽しくなってきたよ」
蒼い霧が人の形にまとまりつつある。どこから出ているのかわからない声が続ける。「褒美に、見せてあげよう。――私の、変身を」
まとまりつつあった霧が、残っていた下半身をも霧に変えて一気に弾けた。そして再び集まって形を成したその姿を見て、修一は眼を見張った。
同じ――?
同じだ。その白銀に冷たく光る毛並み。腕部が伸び、前屈みになったその姿勢。サキや、サクラと同じ。いや、頭部に人の形状が残っている分、これはむしろ――。
「……似ているかね、君と」
そう言って、権瑞は口の端を歪める。「私にしてみれば、君が私に似ている、という事なのだがね」
「……どういう意味、ですか」
「そのままの意味さ。――もしかして君は、知らないのか。何故人間として生まれた筈の君が、ビーストになったのかを」
想定外の権瑞の言葉に、修一の動きが止まる。ダメだ、耳を貸すな。体を動かせ――。
次の瞬間、飛んできた権瑞の拳が鳩尾にめり込み、修一の体は壁を何枚か破壊してようやく止まった。
「うん? 貫通しなかったか」
そう呟いた権瑞が見ると、拳にいくつもの体毛が刺さっている。「……成程。こいつを硬化して防いだ訳か。無意識にやったのか? 流石、私の――というところかな」
拳から体毛を振り落とし、修一の前に移動する。その速度はほぼ瞬間移動に近い。腕を伸ばそうとして、気付いた。修一の首の付け根部分に、穴が開いている。これは――。反射的に両腕を体の前で固定する。そこに発射された弾丸が、命中する。1,2,3発! しかしそれは分厚い鉄の板にぶち当たったような音を立てて権瑞の体を押し返したものの、ダメージを与えるには至らなかった。腕の体毛を振るわせて、残った瓦礫を落とす。
「モノをぶつけるだけでは、変身した私は倒せんよ」
そう言って、修一を見下ろす。ほぼ同じ見た目の二人だが、権瑞の方が一回り大きいのが分かる。
「……って言った」
修一が呟いた。
「うん? 何だね」
「何て言った? さっき……」
権瑞はわざとらしく耳に当てていた手を鷹揚に広げ、
「ああ、モノをぶつけるだけでは――」
「そうじゃない! その前だ!」
「……何だ、そっちかね」
肩をすくめて、権瑞は言った。
「こう言ったんだよ。流石、私の弟、だとね」