3.準備
これは――コンクリの破片?
どうやったのか分からないが、大量の破片を散弾銃のように腕から発射したのだ。だが、威力が足りない。権瑞の体にめり込んだ破片は1つも貫通せず、心臓にも届いていない。この程度ならば、回復は容易だ。
が、想定外な事が起こった。
修一が再び突進すると同時に、散弾を発射した。それも単発で終わらず、何発も連射したのだ。『火』も『泡』も間に合わず、権瑞は散弾をまともに喰らう。右腕が吹き飛び、体を文字通り蜂の巣にされながら、権瑞は後方に飛ばされる。
弾となる瓦礫が無くなったのを確認して、修一はその場を離れて残骸と化した階段から上階へと移動する。途中で大きめの瓦礫を回収しつつ、物陰に身を隠した。
白い息をつきながら、銃口がある左手を瓦礫に当てた。すると、その掌に吸い込まれるように瓦礫が消えていく。修一にもその理屈はわからないが、これが給弾になるのだ。瓦礫が完全に吸収されたのを確認して、掌を数回握ったり開いたりしてみる。権瑞の気配はしないが、油断はできない。壁にもたれながら、数週間前の事を思い出す。
◇ ◇ ◇
突然、部屋の中に扉が出現して修一は仰天した。とはいえ、今こんな真似ができるのは1人しか居ない。案の定、アトが涼しい顔をして入って来た。
「――お邪魔だった?」
「呼び鈴を鳴らす機能は無いのか? ソレ。結構心臓に悪い」
「誰かが居る所に造るなんて、ここしかないもの」
アトはそう言うと肩をすくめた。「ちょっと、付き合って貰える?」
「……何だよ?」
「少し早いクリスマス・プレゼントを持って来たのよ。けどここじゃちょっと、ね」
その視線は隣の部屋を向いている。翠の能力ならば、聞こうと思えばここで話している事の一部始終を聞き取る事が出来るに違いない。
「片桐さんが今居るかは知らないけど、そんなに気にする程の事なのか?」
何も知らない修一は不思議そうに言いつつ、ジャケットを手にする。
「ええ、そうよ。だってここじゃあ、試し撃ちできないでしょ」
……何か、とてつもなく物騒な単語が出たような気がするが。
嫌な予感は、すぐに当たる事になった。
「ハイ、これ」
扉を抜けた先の、どこだか分からない森の中で、アトがどこからか取り出した金属の塊に、修一は唖然とした。
「……本物?」
氷のように冷えたそれを押し付けられ、銃口の向きに注意しながらしげしげと眺める。
「あったりまえでしょ。手に入れるのに苦労したんだから、感謝しなさいよね」
実際に苦労したのは安藤安奈なのだが、当人は喜んでやっていたのでまぁいいだろう。
一見自動小銃のようだが、よく見ると銃口の大きさが違う。
「これって……ショットガン?」
「らしいわよ。私が思ってたのと、大分違うんだけどね」
それについては非常に同感だ。
「トリガーには触らない方がいいわよ。実弾入ってるから」
「……安全装置は?」
「使い方知らないもの」
アトは肩をすくめる。「聞いてるのはトリガーを引いた分だけ連射出来る、って事くらい」
えらい物騒なシロモノじゃないか。
が、修一はハッと気付く。
「これ、結界内に持っていけるのか?」
「ムリに決まってんでしょ。結界内に持ち込むには、ビーストの技術が必要。それは普通のショットガンだからね」
いや、ショットガンの時点で<普通>ではないと思うけど……。アメリカとかならともかく。
「――だから、結界張らないでわざわざこんな所に来たのよ。じゃ、やってみて」
「……何を?」
突然言われて戸惑う修一にアトはムッとした顔をして近づくと、修一が手に持ったままのショットガンを体にグイグイと押し付けてきた。
「えーっと、何してるんだ?」
「こっちのセリフよ。何してんの? さっさとやんなさいよ。武器の力を吸収できるんでしょう?」
――そういう事か。
大方村田から聞いたのだろう。モノ自体を結界に持ち込めないのなら、その力を吸収して持ち込もうという事か。だが――。
「……どうやってやるのか、分からないんだよな。前の時は、殆ど無意識だったし」
「じゃ、意識失えばできる?」
アトが微笑みながら拳を握るので、修一は慌てて色々試してみる。といっても、銃を押し付ける場所を変えるか、銃の向きを変えるか位しかできないのだが。
「――ダメだな。どうすりゃいいんだ」
「こうなったら、銃口を額に当てて、引き金を引いてみたらどうかしら」
「……普通に、死ぬんじゃないか」
「今のあんたなら、それ位じゃ死なないわよ。もしかしたらそれを切っ掛けに、何か守り神みたいなモノが出てくるかもしれないわよ?」
「どこのゲームだよ、それ……」
本当に、どこから知識を得ているのだ。
「……もしかして、変身しないとダメだとか? だけど、ここで変身するのはなぁ」
やれやれ、とため息をつきつつグリップを握り、銃口を下に向ける。と――銃全体が蒼く発光したかと思うと、掌に吸い込まれるようにその姿を消した。二人は無言で顔を見合わせる。
「……やったじゃない」
「……やったなぁ」
服の上からでは駄目という事だったのだろうか。掌をしげしげと眺めてみたが、何の変化も感じない。
「――さて、問題はここからよ」
アトが腰に手を当てて鼻の穴を膨らます。「あんたがビーストの心臓を食べないのはいいわよ。その分あたしが食べるしね。だけど、それじゃあ戦いの経験は得られても、物理的には強くなれない。ショットガンを持ってきたのは火力不足をカバーする為だけど、ちゃんと使えるかどうか確認しないとね。もし、弾丸がまた血液を使うなんて事になったら、正直厳しいから」
修一は頷く。
「じゃ、結界展開するわよ。そこで色々、試してみましょう」
◇ ◇ ◇
試した結果分かったのは、弾丸には岩やコンクリートの塊を使う事。つまり、それらが無いと撃てないという事。発射には圧縮空気を使う事。その為、弾丸があっても溜めている空気が無くなればしばらく撃てなくなる、という事。そして――。
「やぁ、そこにいたのかね」
思考を止めて顔を上げる。廊下の向こうから、権瑞がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
「……少々、遊びが過ぎたようだ。あの攻撃には、正直少し驚いたよ」
そう言うと、首を左右に振って鳴らし、何事も無かったかのように右腕を回す。「しかし残念だが、変身する程では無いな。確かに広範囲に弾をバラ撒く事はできるが、如何せん威力が足りない。あんなものじゃあ、私は殺せんよ」
修一は飛び出すと、再び発砲する。1、2、3、4、5! 結果を見ずに、その場を離れる。――どうせ、効果は殆ど無いのは分かっている。
何度も試射した結論がそれだ。散弾では、ビーストを殺せない。まして権瑞など。相当の近距離で、圧縮空気が続く限りを打ち込めば効果はあるかもしれないが、その前に心臓を一撃されてしまうだろう。
「――そう言えば、君は私を殺せないんだっけか。そういう意味では、良い武器を手に入れたのだね。だが、私はまだるっこしいのが嫌いなんだ。かくれんぼもね。だから、君に自分から出てきてもらうとしよう」
何を言って――?
パン、と音がした。見ると、壁にヒビが入ったのだ。一箇所だけではない。修一に見える範囲、全ての壁や柱にだ。細かい地響きと共に、ヒビは次第に大きくなる。
まさか――。
何が起こるのかを察知した次の瞬間、それらが内側から爆発したかのように弾け飛んだ。全ての支えを失った天井は、その上の階ごとダルマ落としのように直下に落ちた。上階の重量の方が重いのだろう。轟音と共に2フロア分を完全に押し潰して、ようやく落下は止まる。
予め上階に移動していた権瑞は、薄笑いを浮かべながら周囲を見回す。……先ほどと、同じ展開だ。あの時はコンクリの塊だったが、今度は何でくるかな? グズグズに崩れた床を、ゆっくりと歩く。火は展開しない。元々は、敷島倫子が使っていたものの流用だ。便利だが、趣味ではない。と、権瑞は足を止めた。
――上!
その瞬間、崩れ落ちる瓦礫と共に飛び降りてくる黒い影。響く発砲音。
……ムダだというのに。
狙いの精度が高すぎる。それに連射速度が速いのもアダになっている。散弾といえど、初弾を躱せば全て躱したも同然だ。
権瑞は相手の懐に飛び込むと、腕を掴んで背負い投げの要領で床に叩きつける。反動を利用して、二度、三度! 四度目に振り上げた際、掴んだ腕が肘からもげて、それ以外が離れた所迄飛んでいってしまった。床を削りながら何度かバウンドし、壁に激突して止まる。
「なんだ、意外と脆いんだな」
残った上腕部を見る。体毛が変化したのか、表面は陶器のように滑らかだ。全体が大きく膨らみ、手首の腕にある発射口に向けて流線形の形を描いている。投げ捨てると同時に、それは霧散した。
動かない修一の前に立つ。片腕はまだ再生せず、もう片方も関節が幾つか増えて、あり得ない向きに曲がっている。――だが、死んではいない。そうだろうとも。この程度で死んでもらっては困る。しかし、正直期待外れの感は否めない。何の策も無しに今日を迎えたとは思えないが、それがこの散弾だけであるのなら、さっさと始末を付けた方が良いかもしれない。
うなだれた頭を掴み、持ち上げる。これで動かなければ、そのまま心臓を頂くまでだ。油断はしない――その筈だった。しかし、注意が偏り過ぎていたのだろうか。鈍い音がしたと同時に、権瑞は腹に違和感を感じた。見下ろすと、修一の膝が押し付けられた腹に、ぽっかりと風穴が開いていた。
「……銃口は、別に腕じゃなくてもつくれるんだ。そして――」
修一が呟き、再びの発射音と共に2つ目の穴が開く。この威力は――散弾じゃない?
「そうさ。撃てるのは、散弾だけじゃないってことだ!」
突き上げられた膝から発射された弾丸が、権瑞の頭を吹き飛ばした。