表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女が野獣。  作者: 健人
第8章 11月
50/75

7.贖罪

 そんな村田とアトのやりとりを、翠は見ていた。この2人の間には、自分が知らない絆があるのだ。どちらかに依るでなく、互いに信頼しあっている、強い絆が。


 それに比べて、私は――一方的に、守られるばかり。ビーストになっても変わらない。むしろ、守る側の危険度を上げてしまっている。


 気づかれないよう、そっと修一を見る。

 ……強く、なりたい。

 守られるばかりでは、ダメなんだ。絆は手に入らない。――強くならなければ。


「じゃあ今日は、帰るわ」


 村田の言葉で、我に返った。アトも一緒に立ち上がっている。


「嬢ちゃんは、ごゆっくり」

「あ、いえ、私も帰ります。いつの間にか、こんな時間」


 帰るといっても、隣の部屋に移動するだけなのだが。


「カップは置いといていいよ。後で片付ける」

「それじゃ悪いわよ。部屋を使わせて貰ったのに」


 修一の言葉にせめて、というわけでもないが翠は手早く皆のカップを洗って片付ける。その間に村田とアトは部屋を出ていった。


「――じゃあ、おやすみなさい」


 手を振って、翠も外に出た。途端に、全身が冷たい空気に包み込みこまれて、思わず身震いする。

 ……もう、秋も終わり、かな。


「こんばんは」


 突然横から声をかけられて、跳び上がりそうになった。


「――あなた!」


 アトがいたずらっ子のように、無邪気な笑みを浮かべて立っていた。

 口を開こうとすると、アトは指を自分の口の前にやりそれを制する。さらにその指で差したのは、翠の部屋。


 ……入れて欲しい、という事? まあ――構わないが。


「お邪魔します」


 アトはちゃんと挨拶をして中に入ると、部屋を見回した。「――へぇ、同じ間取りの部屋なのにこんなに違うんだ。面白いね」


「それで……何か、ご用?」


 わざわざ解散してから声をかけてきたのだ。村田にも修一にも、聞かれたく無い話だというのは想像できるが、内容が全く想像できない。


「うん。その前に、ちょっと待ってね」


 と、アトが言った瞬間翠の眼の前が蒼くなった。いや、眼の前だけではない。部屋の中、空間全体が蒼いだけの、色が消えた空間になっているのだ。


 これは――。


「入った事あるでしょ? ビーストの結界」


 ……そうだ。以前権瑞に攫われた時。


「これはね、本来ビースト同士が戦う為の空間なのよ。誰にも邪魔されないように」

 アトはそう言って、ゆっくりとこちらを向いた。「――あなたも、今はビーストなのよね」


 体に走る緊張。

 ちょっと待って。それって――。


 が、アトは強張った翠の顔を見て微笑んだ。


「冗談よ。……ここなら、誰にも話を聞かれる心配がないから」


 体から力が抜けて、座り込みそうになるのを何とか堪えた。が、次の言葉に翠は再び凍りつく。


「で、あなた。どれだけ成長しているの? ビーストとして」

「何を――言ってるのか」


 答える声が、震えていた。


「私、見たのよ。権瑞を狙撃した時、あなたが()()()()()()()()()()()()()()()()()のを」

 アトは正面から、翠を見て続けた。「その後の、爆発の時もそう。誰よりも反応が速かった。人間には、不可能なレベルでね」


 翠は観念して、大きく息をついた。


「……音が、聞こえるようになったの。それこそ、聞こえすぎる位に」


 一通りの話を聞き、アトは頷いた。


「――なるほどね。権瑞が驚いたっていうのも、分かるわ」

「……そうなの?」

「確かにビーストの身体能力は人間とは比較にならない。聴覚もそう。……けど、変身しない状態でここまでというのは、成長という範囲を超えてると思う」


 翠は俯いて、無言で立ち尽くしている。


 変身しない――いや、違うな。変身()()()()状態、と言うのが正しいだろう。


「どうして、彼に相談しないの?」

「……これ以上、負担になりたくないもの」


 それはもう、何度も考えた事だ。何度頭の中で修一との会話を繰り広げたか、わからない。


「今だって、十分負担になってるじゃない」

「わかってる! ……だから、せめて、って……」


 アトは翠を煽るように、その周囲をゆっくりと歩く。


「……あなた、このまま守られるだけ? それでいいの?」

「良くない! 良くないって、そんな事――。けど、私に何ができるっていうの? できる事なんか――」

()()


 暫時の静寂。翠は俯いたまま、ゆっくりと目を開く。その目の前に、アトはいた。


「あるわ。あなたにできる事」

 翠からの疑問の視線を受けて、アトは続けた。「――けど、それには条件がある」


「……何?」

「認める事。自分が、ビーストだって事をね。――そして、信じる事。自分が、力を持っているって事を」


 力――ビーストとしての、力。けど、そんなものが私に……? 


 自信を持てずに佇む翠に向けて、アトは手を差し出した。


「あなたが本気で強くなりたいなら、私、手を貸さなくもないわよ?」


 翠は少しずつ視線を上げて、差し出された小さな手とその向こうにある、少し笑いを含んだ2つの瞳を見つめた。


「……どうして? そんな事をしても、あなたには何も――」

「損とか、得とかじゃあないの。……これは、贖罪なの。私がしなくてはならない事なの」


 アトの真剣な眼差しと言葉に、翠は思わず息をのむ。


「あなたには、生きて貰わないといけない。その為に、()()()()()()()。――私は、そう思ってる。だから、お願い。私に、その手伝いをさせて欲しい」


 翠はゆっくりと手を伸ばし、アトの手を握った。彼女は本心を語っている。そう思った。


「私に――何ができるのか、わからないけど。……強くなりたい。そう思っているのは、本当よ。だから、こちらこそお願い。私が強くなる為に、協力して欲しい」


 その言葉に、アトが無邪気な――としか言いようのない――笑みを浮かべた。


「取引、成立だね!」


 取引、か。……正直、一方的に与えられているだけのような気もするが。そういえば――。


「……ねぇ、一つだけ、教えて欲しい」

「なあに?」


 翠は小さく息をついて、言った。


()()()()()()()()?」


 アトは翠の手を握ったまま、しばらく逡巡するように眼を動かしていたが、やがて口を開いた。


「……分かった。じゃあ、今から見せるね。――彼には、内緒だよ?」


 見せる? 一体どうやって――。

 翠が考える間もなく、アトの手を握ったままの掌が光を発したかと思うと、翠の頭の中に何かが流れ込んできた。


 ――気が付くと、部屋の中に色が戻っていた。


「今のは――」


 アトは笑って、部屋に入る前にやったように、指を口の前にやる。


「彼には、まだ内緒だからね」


 もう一度そう言うと、部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ