6.四人
「12月24日、ね。……随分とロマンチックな約束をしたじゃないの」
村田はそう言って、修一が運んできたインスタントコーヒーのカップを口にした。「薄くないか、コレ」
「書いてあった通りの分量を入れましたよ。普段が濃すぎるんじゃないですか」
そもそも、この部屋に本来インスタントコーヒーなどは無い。村田が「土産だ」と持ってきた巨大な袋の中に入っていた、コンビニの売れ残りと思しき品々の中に紛れていたのである。
修一は自分のカップから紅茶のティーバッグを取り出す。
「……随分、オシャレなモン飲んでるじゃないか」
「片桐さんが居た時に教えてもらって、そのまま癖になっちゃいましてね」
見ると、片桐翠も同じものを飲んでいるようだった。
「お前らもう、付き合っちゃえよ……」
「――何か言いました?」
翠がキョトンとした顔で訊いてくるので、村田はいや何でも、と手を振る。
学祭と、そこで起こった事件から数日が経っていた。当然学祭は中止となり、現場保全が必要との事で、登校自体も期間未定で禁止となってしまった。現状では授業は全てオンライン。期末テストも時期をずらす可能性があるという。
「私達は3年だから正直あまり気にしてないんですけど、下の子達は、かわいそうですよね……」
「だからって、嬢ちゃんが気に病む必要はないんだぜ。悪いのは、権瑞だ」
視線を落とす翠に村田は言う。
「……巻き込まれた人は、居なかったんですよね?」
「先生と生徒については、な。校庭に避難した時に点呼をとって貰ったから、それは確実だ。問題は来場者だよ。入場時に名簿を作ってたのが、幸いだったな。一人ひとり連絡を取ってる最中だ。今のところ行方不明になった人間はいないが、まだ確証は無い」
理科実験室付近は来場者が行くような場所では無いからおそらく大丈夫だと思われるが、それでも確実に確認がとれるまでは、気を抜くわけにはいかないのだろう。
世間的にはあの爆発の原因は『ガス漏れ』という事に落ち着こうとしていた。学祭の食販で、ガス調理器を使っていた。理科実験室という場所なので可燃物が存在するのも事実。理科実験室で調理をしていたのかどうかというのはさておき、これらの事実から想定されるもので原因が形作られた、というのが実際のところだろう。
真実を知る者は、今この場――修一の部屋――にいる、この3人しか居ない。
―――3人?
顔を上げた翠が口を開こうとするのを、村田が視線で制する。
「で? どうする。戦うのか、権瑞と」
「――やるしかないでしょう」
修一は視線を合わせずに言う。「色々な事を解決するには、それしかないですし」
「……訊き方が悪かったな」
村田はコーヒーを飲み干して、カップをテーブルに置く「戦って、勝てるのか。権瑞に」
「それは……分かりませんけど」
いや、分かっている。今のままでは、まだ権瑞に勝てない。例え完全変身したとしてもだ。まだ完全には、アレを使いこなせていない。約束の日までまだ半月以上あるが……倫子もサクラも行方不明で、訓練に使っていた結界も失われてしまった現状、どうすれば良いのだろう。
「話は聞かせてもらったわ!」
その時、派手な音を立てて玄関の戸が開き、3人は仰天してそちらを振り向いた。
「あなた――」
翠が口を開く前に、アトは腰に手を当てて修一を指さした。
「そんなあんたにいい話を持ってきたの。感謝しなさい!」
何となく、気まずい沈黙が広がる。
「えっと……どなたです、か?」
他の二人が知っている雰囲気を察知して、それぞれの顔を見ながら修一は尋ねる。が、村田は下を向いて顔を手で覆い、翠はどうしたものかという風に困った顔で村田を見ている。
「あの……何です? これ。仕込み?」
「あいつがそうしたいって言ったんだよ……。どうせならサプライズで登場したいってな。何かのアニメでそういう場面を見たらしいんだが」
翠の問いに村田が答える。
「私、アトっていうの。宜しくね」
微妙な空気を一切気にすることなくアトは戸を閉めると、そのまま土足で上がり込んだ。
「ちょっと! 靴、靴!」
慌てて叫んだ修一だが、次の瞬間目を見張った。うるさいなぁ、と顔をしかめたアトの足元から、靴がスッと消えたのだ。
「はい、これでいいでしょ」
「君は――」
「そ、私もビースト。他の二人はもう知ってるから」
2人を見ると、
「わ、私は学祭の時に初めて会ったのよ」
翠は慌てて言い、村田も頭をかきなから口を開く。
「……まぁ、黙っていたのは謝る。コイツには前から、色々と協力して貰ってるんだ。こんなナリだが、信頼していい。ちなみに、先日権瑞に銃をぶっ放したのもコイツだ」
「ホントは、頭を狙ったんだけどね?」
村田と翠の間にあぐらをかいて座り込んだアトが、不満げに鼻を鳴らす。
倫子とサクラ以外の、人間に協力するビースト。それも幼女。相変わらずの情報過多だが、今は協力者が増えた、という事実だけを認識すればいい、という事か。しかし――。
「ハイ、これお土産ね」
と、どこからか人数分の『ヴァリヴァリ君』を取り出してテーブルに置くアトを見つつ、修一は内心首を傾げる。制服のような格好をしたその姿。どこかで見た事があるような――?
「食べないと、溶けちゃうわよ」
「あ、ああ。頂きます」
アトの声に、慌てて手を伸ばした。彼女は既に1人だけの2本目をほぼ食べ終えて、満面の笑みを浮かべながら棒をしゃぶっている。その姿を見て、かつての相棒を思い出した。シュークリームを中毒のように、暇さえあれば口にしていた。
「――で? いい話ってのは何なんだ」
親娘の如く、アイス棒をくゆらせながら村田が切り出した。
「ああ、そうね」
アトは修一を指すと、「あなた、私に協力しなさい! そうすれば一石二鳥で一挙両得ってヤツよ」
途端に村田の拳骨が、アトの頭に落とされる。
「人を指すな、って言ってんだろうが」
「――協力というと?」
「……決まってるじゃない。ビースト退治よ」
涙目になりながら頭をおさえるその姿は、どうにも締まらない。
「ビースト退治?」
「……9月以降、権瑞に関係無い事案についちゃ、そちらは手を出さなくなったろ。その間、コイツに協力して貰っていたんだ。あくまで俺が個人的に、な」
つまり、組織に対してはオフレコって事か。
「私と一緒にビースト退治をすれば私はラクができるし、あなたの戦闘訓練にもなる。つまりwin-winって事よ。いい話でしょ?」
いい話――と言って良いのか分からないが、確かに何もしないで当日を迎える、という事は避けたい。
「……けど、そんなに戦う機会があるのか?」
「心配ご無用。考えてもみてよ。今は管理者が不在の状態なのよ。その事は、すぐに他のビースト達に伝わる筈。もしかしたら、権瑞がワザと広めるかもしれない。そうなると――」
「これ幸い、と考えるビーストが動き出す……?」
御明察、というようにアトがゲッツポーズを向ける。どこで憶えるんだ、そういうの……。
「……分かった。その話、のるよ」
やれる事を、やるしかない。後悔しないために。
修一の言葉にアトは頷くと、手を差し出して2人は握手をした。その瞬間、掌の間で何かが弾けて、修一はハッとする。――何だ? 今のは――。
「……じゃあオレは、用済みって事でいいのかな?」
村田が伸びをしながら言う。
「ムラタは、私達が戦っている時にその娘の警護をお願い」
いつの間にか会話の主導権を取っているアトは、真剣な眼で村田を見た。「ビーストが増えるって事は、襲われる可能性も増えるって事だから」
「……了解だ」
村田はアイス棒を確認して軽く舌打ちをするとゴミ箱に放り、「取引は、まだ継続って事だな」
2人を顔を見合わせて、微笑んだ。




