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美女が野獣。  作者: 健人
第8章 11月
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2.目的

「……もっと、驚いてくれるものだと期待していたのだけどね?」


 権瑞――だという――少年は、鼻を鳴らして嘆息する。


「これでも十分に、驚いてますよ?」


 翠を後ろにやりながら、修一は答える。その背中を、冷たい汗が伝う。

 落ち着け。――想定していた事だ。むしろ翠と一緒にいる時に現れたのは。幸運というべきだろう。


「どうしたんです? その恰好。随分と若返ったじゃないですか」

「どうだい? 似合ってるかい? ネットで見かけた、何とかっていうyoutuberだかタレントだかを参考に作ってみたんだ。今日はお祭りだって聞いたし、バカっぽくていいだろ?」


 そう言って少年は笑うと、金髪をかき上げる。


「そこのお嬢さんは、お久しぶり。……そんなに驚かないでくれよ。我々ビーストにとって、人間体の方が仮の姿なんだ。慣れは必要だが、いくらでも変更できる。君もそのうち、できるようになるさ」

「――やめろ!」

 修一は叫ぶ。「よくも……」


 さらに前に出ようとした修一の腕を翠が掴み、その感触で我に返る。


 そうだ――落ち着け。落ち着くんだ。すぐに戦ってはならない。倫子とサクラにも、権瑞の気配は伝わっているはず。二人が来るまで、時間を稼がねば。

 振り返ると、不安げな表情をした翠がこちらを見ている。……大丈夫、と言って、掴まれた手をほどく。


「そっちからは来ないと、思ってましたよ」

「いや私も、そのつもりだったのだけどね? やり残した事があったのを思い出して、来てしまったのさ。……こういう時は、何といえばいいのかな。あざとい感じで『来ちゃった☆』とか言えば、許されるのだっけか」


 セリフの一つ一つが、癇に障る。何故か、体がうずくのだ。――戦いたい、と。今すぐに、権瑞に飛び掛かりたいと。


「やり残した事って――もしかして私に、御用なんですか」


 翠の言葉に、一瞬戦闘衝動を忘れる。


「……さっきから、私を見てますよね」

「確かに、君の成長具合をこの目で見たかったのもある」

 少年は目を細める。「あくまでついでのつもりだったけど……ちょっと、驚いたな。想像以上に成長してるじゃあないか。私の眼はごまかせないよ」


 翠の顔色が変わったのが分かる。――成長。ビーストとしての、成長。


「そんな隠れてないで、もっと見せてくれよ。別に喰いやしない。君は大切な、研究の成果物なんだから」


 少年が一歩踏み出し、二人は後ずさる。と――翠が両耳を押させてしゃがみ込んだ次の瞬間、少年の右肩が爆発した。


 何だ? 銃撃――狙撃? 一体誰が? 


 修一は翠の上に被さるようにしながら、考える。


「……ふむ。これは人間による攻撃かな? まさか白昼堂々銃を使うとは、恐れ入った」


 少年は顔色一つ変えずに、抉られた肩の傷口を一瞥する。――と、飛び散った肉片や血液が一斉に元の場所に戻り、腕を形成した。「ま、無意味だけどね」


 修一は銃弾が飛んできたと思しき方向を見る。屋上(この場所)を狙える位高い場所――建物は周囲にそう多くない。


「もう、あそこにはいないよ」

 少年は再生した腕を一回して、首を鳴らす。「かなり優秀な護衛をつけたとみえる。人間も、やるもんだね」


 ――誰なのか知らないが実銃を使うとは、確かに無茶をするものだ。まさか村田ではないだろうが、発砲した以上、村田にも連絡がいっただろう。倫子がいくら手出し無用だといっても、村田だったら確実に緊急招集をかけるに違いない。


 しかし、権瑞に慌てる様子は無い。本当に、人間などとるに足らない存在だと思っているのだ。ここで暴れさせるのだけは、防がなければならない。――どうする? 結界を張れば、時間稼ぎにはなるだろうか?

 修一が端末に触れようとしたその時、権瑞と二人の丁度中間に、『扉』が現れた。


「――よくもまぁぬけぬけと、顔を出せたものね」


 扉を蹴り開けて現れた倫子は、腕組みをしたまま苦虫を嚙み潰したような顔で言った。その後ろからサクラも飛び出して、身構える。


「そう冷たい事を言わないで欲しいですね。ずっと私を、捜していたんでしょう? こうして来た事を、むしろ感謝して欲しい位なんですが」


 そう言って、権瑞は肩をすくめてかぶりを振る。


「そうね、感謝するわ。――この状況で、あなたに勝ち目があるとでも?」


 そんな倫子の言葉にも権瑞は眉一つ動かさず。口元に笑みを湛え続ける。権瑞、修一と翠、倫子とサクラ。それぞれが丁度頂点となって、正三角形を成しにらみ合っている。


「勝ち目、ね。その言葉、そのままお返ししますよ」

 権瑞は大仰に身振り手振りを加えながら言う。「()()()では、貴女達は戦えないでしょう。 これだけ人間がいるんだ。すぐに気付かれるし、被害も出る。結界を展開するかね? そんなもの、すぐに破ってご覧に入れますよ。例え、貴女の結界でもね」


「……ママ、いいでしょ。結界、展開するよ」


 サクラが言って、端末に触れる。倫子が制止する前に、結界が発動した。――が、広がりかけたそれは、権瑞の周囲を囲おうとした時に弾かれるようにその勢いを弱め、そのまま霧散してしまった。


「何でっ?」

「……言わんこっちゃない」


 サクラが絶句し、倫子はため息をつく。


「今度の子は、あまり賢くないようだね」

 権瑞が口元を歪める。「前の子の方が、素直で賢かったよ。――サキ、とかいったか。ま、とにかくそういう事です。それに、そもそも貴女がたは勘違いをしてる。今日は、戦いをしにきたんじゃあないんですよ」


「……じゃあ、何しに来たのよ? そんな恰好してまで。学祭に参加したかった、なんて言わないでよ? 笑っちゃうから」

「笑ってくれて、構いませんよ」

 権瑞はやれやれとばかりに肩をすくめ、倫子とサクラの方に向きなおす。「ま、来てくれて良かった。――目的は、()()()()()()


 パチン、と権瑞の指が鳴った。全員に緊張が走るが、特に何も起こらない。起こっていない――筈だ。前庭からの音が聞こえてくる。という事は、結界も張られていない。


「……ねぇ、」

 翠が修一の腕を掴んだ。「見て……」


 見ろって――?


 翠の視線の先を追い、修一は顔を上へ向けた。


 ◇ ◇ ◇


 アトは高校へ向かって駆けていた。


 ――まさか、権瑞がやって来るなんて。


 スコープ越しでも分かった、その異様な雰囲気。村田にも連絡済みだ。一発撃った、と言ったら頭を抱えているのが見えるようなうめき声があがったが、とにかく人員を集めて向かうという。

 しかし、権瑞の目的は何なのか。修一か翠を襲うのであれば、結界の外であろうが気にもせずにとうにやっているだろう。彼等が目的でなく、高校に現れた理由。


「――もしかして」


 アトは足を速める。すれ違う人が思わず振り返る程の、人間ではあり得ないスピードになっていたが、構っている余裕はない。


 速く――もっと速く!


 しかし次の瞬間、アトは脚を止めた。


「あれは……?」


 高校の上空に、異様なモノが浮かんでいた。

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