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美女が野獣。  作者: 健人
第1章 4月
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1.帰還

 目が覚めた瞬間、視界に入ったのは見慣れた天井だった。蒼く無いし、蠢いてもいない。眼だけを動かして周囲を見たが、シルエットでも無い。


 今居るのは自分のアパート『河合荘』で、ベッドの中。時間を確認しようと手を伸ばしたが、あるはずのスマホが無い。慌てて上半身を起こすと、床にリュックが置かれているのが見えた。ポケットを探り、スマホがあるのを確認してホッと息をつく。


 ――あれは、夢だったのか?


 店長にもらったミネラルウォーターを一口飲む。しかし、ペットボトルの奥に透けて見える掌を見た瞬間、修一は凍り付いた。

 何か蒼いものが、こびりついている。恐る恐る触れてみると、崩れて粉の様に床に落ちた。よく見ると服は昨日のままで、そこにも蒼い染みがいくつかできている。さらに頬に違和感を感じてこすってみると、そこからも蒼い粉が落ちて来た。


 夢じゃ、ない?


 その時玄関のチャイムが鳴り、修一は飛び上がった。


「ど、どなた?」


 返事は無く、再度チャイムが鳴る。


 ええと――どうする? 出るにしても、この蒼い染みがついた格好でいいのだろうか? そもそも誰だ?


 まごまごしていると、今度はドアがノックされた。2度。そして、3度。

 何故か足音を忍ばせつつ玄関に近付いて、尋ねてみる。


「ど、どちらさまですか?」

「私」


 聞き覚えのある、というか忘れようもない無感情な声がして、修一はその場に立ち尽くす。

 昨日のあの子だ! どうして家を知ってるんだ?


「入ってもいい?」

「ま、待って。今鍵を開けるから――」


 記憶に残っているサキのドアの開け方を思い出し、慌ててドアに駆け寄ると、目前でガチャッとそれが開いた。行き場を失った修一の右手は宙を泳ぎ、外に立っていたサキにそのまま抱きつく事になった。結構な勢いで抱きついた筈なのに、サキは身じろぎ一つせずに修一を受け止める。


「朝から大胆」

「いや! いや違うってこれは!」


 慌てて後方に飛び退いた修一の前を、彼女は顔色一つ変えずに悠々と通過する。


「鍵、開いているの知ってたから」

「――え?」

「憶えてない? 昨日の夜、気を失ったあなたをここへ運んだのは、私。出て行く時に、鍵はかけられなかったから」


 ……OK分かった落ち着こう、俺。


「ええっと、幾つか、訊いてもいいかな」


 サキは頷く。


「何で、俺の家知ってるの?」

「あなたの情報は一通り、頭に入っている」


 自分の頭を人差し指でトン、と突きサキは続ける。


「神室修一、県立幸が丘高校3年、17いや、今日から18歳。身長177cm、体重70kg。成績は、平均よりは少し上。両親は10年前に交通事故で死亡。伯父に引き取られて同居していたが、高校入学を機に独立。学校では帰宅部。放課後はほぼ毎日コンビニでバイトし、生活費に充てている。交友関係は決して多くは無いが、比較的良好。彼女無し。童て――」


「ち、ちょっと待った!」

 落ち着きかけていた脳味噌が再び沸騰しそうになる。「一体どこからそんな……」


「これ位の情報は、その気になればすぐに分かる事。気にしなくて大丈夫」


 いや、気にしない方が無理だろソレ。


「あなたと自転車を抱えながらここまで来るのは、結構重労働だった」


 ぐるっと部屋を見渡しながら、サキは言った。


「そういえば、ドアにシュークリームが入った袋が引っかかってたから、ちゃんと冷蔵庫に入れておいた」

「あ、ああ。ありがとう。バイト先で、貰ったんだ」

「だから、シュークリームは無事」


 サキの視線が冷蔵庫に注がれる。……一瞬、間が空いた。


「ええと……貰い物だけど、食べる?」


 修一の言葉に、サキは頷く。


「賞味期限ギリだけど」

「問題無い」




「……シュークリーム、好きなんだ?」


 一定のテンポでシュークリームを平らげてゆくサキに、修一は尋ねた。サキは視線だけで肯定する。早くも三つ目に取掛かっていた。


 立ちっぱなしで食べさせる訳にもいかず、奥の部屋を慌てて片付けて、テーブルを挟んで向かい合って座っている。


 ショートの黒髪に、大きな瞳。透けるような白い肌。控えめに言っても「美人」の部類にあたるだろう。背の高さは修一より少し、低いくらい。女子としては背が高い方だろうか。昨日と同じ、上が白で下が紺の、セーラー服姿。それが自分の通っている高校のものである、と修一は改めて確認する。その上に、昨日の出来事を思い出させる色のピーコートを羽織っている。


 しかしこんな子、ウチの学校に居ただろうか?


 サキが言った通り、交友関係が広く無い――というかむしろ狭い――修一には自信を持って言う事はできなかったが、目にした事があれば憶えていると思うのだが。

 細く見える体つきからは、素手で獣と戦ったり、鉄の扉を蹴破ったり、修一を抱えて風の様に走ったりするようには見えない。それに、変身したあの姿。本当にこの子が、変わったのだろうか。


「ごちそうさまでした」

 サキは指先のクリームをぺろっと舐めて、両手を合わせた。「それじゃ、行きましょう」


「行くって、どこに?」


 唐突に言われても困る。サキは一瞬戸惑ったようだったが自身の説明不足に気付いたようで、


「今日は、事情を説明しに来た。昨日の事とかを」


 修一は改めて、昨夜の奇妙な出来事を思い出す。


「――だけど、ここでは話せない」

 サキは薄い壁を叩く。「それに、あなたに会いたがっている人がいる。だから、できれば一緒に来て欲しい」


「まぁ、夕方まで特に予定もないけど……」

「ただし、」

 サキは先程より強い眼差しを向ける。「聞くなら、覚悟が必要」


 一瞬の沈黙。

「勝手な事を言って、申し訳ないと思っている。――どうするかは、あなたの自由。来ないなら、私はこのまま帰るだけ」


 相変わらずの淡々とした口調だったが、それだけに真剣さが伝わって来る。


「……行くよ」


 覚悟、というものがどれほど必要なのか、分からない。だが自分の周りで何が起こっているのか、知りたい。知らなければいけない、そんな気がした。


「ただその前に、シャワー浴びてもいいかな。昨日から着替えてないんだろ? 俺」


 サキは頷いて、


「着替えさそうかと思ったけど、やり方が分からなかった」


 やり方がわからないって……男物だからか。そう納得した修一は着替えを用意してキッチンへ移動する。いつもの通りにそこで脱いでから浴室に入ろうと、上着を脱いだところで視線を感じて振り返った。


 ……サキがじっとこちらを凝視している。


「な、何か?」

 何故か反射的に胸を隠してしまう。


「興味があった。不快にさせたなら、ごめんなさい」


 興味? 興味って、何に対する興味だよ。


 修一は床に散らばった着替えを慌てて拾い集めると、浴室に飛び込んだ。


「シュークリーム、まだ冷蔵庫に入ってるから!」


 修一が戻った時には、冷蔵庫の中からシュークリームの存在は消えてしまっていた。

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