3.苦戦
相手を侮っていたつもりは無い。それでも、何故か腕以外変身しようとしない相手に、ここまで苦戦させられるとは思っていなかった。完全変身したサクラでさえ、アルに軽くあしらわれているように見える。
「他人を気にしている場合かなぁ!?」
漫画のようなセリフを叫びながら突進してくるエルの爪を寸前で回避するが、反撃しようとしたその時には既に何メートルも距離が開いてしまっている。結界の隙間を使った移動ではない。単純に、敵の瞬発力が凄まじいのだ。
――権瑞に、直接使われるだけの事はあるって事か。
「お兄ちゃん! こいつらッ! ヤバいよ!」
背中合わせになったサクラの息が荒い。そう。基本一対一で戦っている筈なのだが、ふと気付くと相手が入れ替わっているのだ。つまり、それだけの余裕が相手には有るという事になる。
あまりしたくは無いが……言っている場合ではなさそうだ。修一は唇を噛む。
「サクラ、方針変更だ。一人ずつ、やっていこう」
「分かったよ、お兄ちゃん。どっちからいく?」
「そりゃあ――」
相手の会話を聞いていれば分かる。兄弟なのか何なのか分からないが、アルとエルの間には明確な力関係がある。だとすれば狙うのは――。
「……右腕だ」
「うん! 分かった!」
サクラが駆け出した瞬間、全身に力を込める。変身を左腕から上半身全体へ。以前とは違い、コントロールできている。――できる筈だ!
「そんなこけおどしが――」
飛びかかってきたエルを横合いから弾き飛ばす。驚愕の表情を浮かべながら池に落ちるエルに構っている暇は無い。サクラの方を向くと、2人は木々の間を凄まじい速度で飛び交いながら戦っている。まずは、あの動きを封じなければならない。だったら――。
修一はタイミングを見定めて駆け出すと、一本の樹をその爪で切断する。かなりの太さがある幹が豆腐でも切るかのように簡単に切り裂かれ、倒れていく。
「ちょっ! 何するのお兄ちゃん――」
その樹を足場にして飛び出そうとしていたサクラはバランスを崩す。攻撃するには絶好の機会、それを見逃す相手ではあるまい。修一は伸ばした手でサクラを掴んで引き寄せると同時に、体毛の針を周囲に掃射する。――が、
「そんな見え見えの挑発に、乗るもんかよ!」
森の中から、笑い声と共にアルの声が聞こえてくる。
「……そうかい? 乗ってくれたヤツもいるみたいだけど――なッ!」
言うなり、修一は抱えていたサクラを森と反対側の池へと投げ飛ばした。その先に居たのは、エル。初めから、こちらが狙いだったのだ。2人に向かって飛び掛かろうとしていたエルの左腕を、サクラの爪が切り飛ばした。
――とどめ!
右手の指を変化させ、電撃を帯びた血液の弾丸を発射する。5発同時! ――これなら!
しかし、土埃が晴れた後を確認した修一は眼を見張った。エルの姿が無い。いや、気配そのものが消えている。
……隙間か。
左手が無くても展開可能だとは想定外だった。気付くと、アルの姿も消えている。おそらくエルが回復するまで時間を稼ぐつもりだろう。
……なら!
修一は管理センターへ向かう。あそこに、翠がいる。彼女を助ける。それが本来の目的なのだ。サクラが協力してくれるのなら、彼女に任せて結界の外に連れ出す事もできるだろう。センターの壁を破壊して中に入る。どうせ現実世界への影響は無いのだ。いくつかの部屋を回ると、現実世界で迷子センターだった場所に横たわっている翠を発見した。一旦変身を解除して、駆け寄る。
……生きてる。
暖かい翠の体に触れた瞬間、全身から力が抜けそうになった。
「――お兄ちゃん! その子! 居たの?」
外に出ると捜すまでもなく、変身したままのサクラが駆け寄って来た。
「ああ、無事みたいだ。サクラ、この結界からこの人と一緒に出られるか?」
「たぶん……もしかしたらだけど、入って来る時に壊した隙間に行けば、まだ開いてるんじゃないなぁ。そこからだったら」
奴らは、どうするだろう? あの口ぶりからすると、翠には執着がなさそうだが……連れ出そうとすれば間違いなく、妨害してくるだろう。いずれにしても、例の隙間がいつまでも開いている保証も無い。まずは脱出だ。
「先生、聞こえますか」
修一は端末に向けて話しかける。倫子のフォローがあれば、少しは可能性が高くなる筈だ。しかし端末の画面は灰色のノイズが走るばかりで、応答がない。そう言えば、感度が悪いと言っていたが……何か、妨害がされているのかもしれない。
修一は翠を抱えて駆け出した。サクラは一瞬、何か言いたげに口を開けたが慌ててその後を追う。――そこまで、距離は無かった筈だ。幸い、隙間は開いたままだった。が、
「ざーんねーんでしたぁ〜」
左手を失ったままのエルが隙間の正面に立ち、何とも腹が立つ間抜け顔をしつつ長い舌を出す。「ここに来るだろうって、アルが言ってた通りだぜぇ! 流石だよなぁ、アル」
「言った通りだろ、エル。中途半端野郎の考える事なんざ、この程度よ」
アルが隙間に手をやると、それがスッと消えてしまった。
……倒して出るしかない、という事か。
修一は抱えていた翠を地面に下ろす。連れて来たのが、逆にアダになってしまった。奴らは興味無いと言っていたが、翠の存在がこちらの弱みであるのは確かだ。いざとなれば、何をされるか分からない。
「サクラ、頼めるか。……片桐さんを連れて、一旦逃げてくれ」
「でも――」
「頼むよ。片桐さんは、人間なんだ。奴らに狙われたら、ひとたまりもない」
「でもさ、お兄ちゃん。それっておかしくない?」
サクラは気を失ったままの翠の顔を一瞥し、言った。「――何で、人間が結界の中にいられるの?」
思考が一瞬、止まった。
「それは――権瑞の能力で、」
修一の言葉を、サクラは首を振って遮る。
「今は、権瑞の結界内じゃないよ。そりゃあ権瑞だったらできるかもだけど、こいつらにはそんな事、できないと思うな」
つまり、それは――いや、そんな馬鹿な事が――。
「何をゴチャゴチャ言ってんだよぉッ!」
復活したエルの左腕が修一を襲うが、寸前でサクラに弾かれる。
「うっさいなぁ、もうっ! ――どうする、お兄ちゃん? ちょっと分が悪いよ!」
しかし修一は、翠の顔を見下ろしたまま動こうとしない。
「ったく! 世話がやけるなぁ! しょーがない、奥の手だっ!」
サクラは腕を振り上げ、自らの胸を突いた。
かつてサキが行った強制的に自分を『成長』させる方法を、サクラは引き継いでいた。その眼から蒼い「何か」が溢れ、全身を包む。それが晴れた時、サクラの体は倍近く巨大化していた。
「……マジでコレ、めちゃくちゃ痛いんだからね! だからやりたくなかったのに……許さないんだからっ!」
サクラは怒りの咆哮を上げる。
しかしその姿を見て、アルは嘲笑を浮かべた。
「『成長』ねぇ。そこまでして、その程度なのか。……お前、弱いな」
「……なんですってぇ……」
巨大化した牙がギリギリと音を立てる。
「おい、エル! 俺達も、そろそろ本気出すぞ!」
「えぇ……マジかよ、アル。俺あんまり……」
「やかましい! さっさとしろ! 最初はお前に任せてやるから」
「わ、分かったよぉ、アル」
アルが慌てて移動し、2人は並んで立った。アルが右側、エルが左側。
「どうして、俺達が今まで変身しなかったのか――教えてやる!」
「――やる!」
サクラは眼を見張った。2人の姿がぼやけたかと思うと、ゆっくりと重なってゆく。重なった姿は蒼色となって渦を巻くようにその場で回転し、それが次第に大きくなる。
「見やがれ! これが俺等の、本当の姿だ!」
渦が消えた時、そこには巨大な生物が立っていた。両腕に巨大な爪を生やし、全身が筋肉の塊。一見、完全な人型に見える。しかし頭部にあたる部分は申し訳程度に盛り上がっている単なる肉の塊で、そこに巨大な1つ目が埋め込まれている。元々の頭部は左右の肩に横を向いて鎮座し、それぞれが歪んだ笑みを浮かべつつ、横目でサクラの方を睨んでいた。
「……っていうか、マジキモいんですけど。なんかヘンな臭いがするわよ、あんた。権瑞に何かされたワケ? それじゃもう野獣じゃなくて、化物じゃん」
「フン……言ってろ。お前だって、まともなビーストじゃあないくせに」
エルがその言葉を言い終えた瞬間、眼の前にサクラの脚があった。左肩にその踵がめり込む。サクラは空中で回転し、第二撃を中央の後頭部に叩き込む。
「どれが本当のアタマだって? そっか、全部潰しちゃえばいいのかっ!」
勢いをつけて上空に飛んだサクラは、さらに回転を加えてアルの頭部がある右肩を狙う。が、それは脚が届く直前で止められた。触手のようなものがサクラの体を空中で包み込んだのだ。
一体どこから――と見ると、二本の腕とは別に化け物の背中から生えている。
「こんなのっ!」
力任せに引き千切るが、新たに生えてきた複数の触手が再びサクラを包み込み、上へと持ち上げる。
「ヒャハァッ! 無駄無駄! 幾らでも生やせるんだぜぇ、このまま首を引き千切ってやろうか!」
潰したはずのエルの顔が細かく震えたかと思うと、弾けるように元に戻る。
「……汚いお花ね。二度と、生えてこないようにしないと」
「減らず口を――そんなんで、何ができるってんだ! やれるもんなら、やってみなぁっ!」
「あら、やっていいの? そっちこそ、ここからどうするの? あたしの首、まだ繋がってるよ」
サクラが舌をベロベロと出して挑発する。
「おいエル、落ち着け。まずは一人ずつ確実に――」
「うるせえ、アル! ここは俺にぃッ!」
化物はサクラを抱え上げたまま上空へ飛ぶ。「任せるって言っただろぉ!」




