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美女が野獣。  作者: 健人
第5章 8月

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4.秘密

 警視庁公安部特殊獣人対策室内装備開発分室所属の主任、安藤安奈は喪女である。


 自分でもモテない原因は分かっている。装備開発――つまり、ビースト相手の武器を開発する為の部署で、化粧気の無い顔に肩までの髪をひっつめに纏め、常に薄汚れたツナギを着て、黒縁メガネの上に保護用のゴーグルをかけ、日がなCADや溶接機といった女らしさとは無縁の機器と向き合っていればモテようはずもない。

 部署内の女性は彼女一人ではあるが、全員が安奈と同じような気質の持ち主であり、能力の高さはモテよりも上司への尊敬の念となって返ってくるのが常であった。


 そんな彼女でも、淡い恋心を持つ事はある。むしろ、現在進行形で持っている。相手の名は、村田英雄。同じ特殊獣人対策室所属――というか、その室長である。つまり、トップである。それでいて気さくに開発分室にもよく顔を出し、声をかけてくれて、開発状況を細かく確認していく。その際の手土産も忘れない。

 安奈とさほど歳が違わないにも関わらずトップに上り詰める頭脳と技量、自分などにも気軽に声をかけてくれるコミュニケーション能力の高さ。……憧れでしかない。


 その上司が自分を名指しで訊ねてきたと聞いて、安奈は天にも昇る心地だった。


 そういえば、試作の弾丸を渡していたのだった。あれは自信作だ。もし使う機会があったのなら、きっと良い報告が聞けるに違いない。既に量産化の目途もついている。更なる改良は厳しいが、新型電磁拳銃「参式」の開発も順調だ。こちらからも良い話題には事欠かない。嗚呼、何て素晴らしいタイミング――。


 そして、現在。


 安奈は顔を引きつらせながら、何とか平静を保ちつつ目の前に座った2人の人物を見ていた。……いや、1人と1匹? 何しろ、片方はビーストだというのだから。


「なぁ頼むよ、安奈ちゃん。この通りだから」


 村田が両手を合わせて頭を下げる。そのお道化た様子にほだされそうになる気持ちをぐっと抑えて安奈は保護ゴーグルを押し上げる。


「失礼ですけど本気で言ってます? 室長。ここでその子――ビースト、何ですか? ――を秘密に匿えだなんて」


 正直、村田が連れてきた女の子――アトがビーストでなくとも、不穏な臭いしか感じない頼みである。むしろビーストである方がまだマシ……ん? だとすると、この依頼を受けても大丈夫という事だろうか?


「本気だからこそ、ここに来たんだよ。装備開発分室(ここ)は専門部署だけあって人の出入りも多くないし、管理も厳重じゃんか」


 思考が混乱をはじめた安奈に畳みかけるように、村田が言う。


「……ですが、食事とか、どうするんです? それに夜も――」

「私、食べたばかりだからしばらくは大丈夫だよ?」


 あっけらかんとしてアトが言う。


「……しばらくといったって、夜にはお腹が空くでしょう?」


 何とか笑顔を浮かべて話しかける。


「ううん、そうでもないかな。人間でいう一ヵ月? 位は平気だよ? あ、でもアレは欲しいな。『ヴァリヴァリ君』!」


 ……落ち着け――落ち着け、私。


「な? ヴァリヴァリ君は後で俺が差し入れるし、夜は専用の仮眠室があるだろ? 何とか協力して貰えないか?」

「私に、ずっとここに寝泊まりしろっていうんですか?」

「え? ……結構、そうしてるって聞いてるけど、違ったの?」


 安奈はぐっと言葉に詰まる。研究で時間を忘れ、夜中になる事もしばしば。どうせ帰っても寝るだけならここに泊った方が楽だ、と研究室に生活家電を運び込み、現在では『主任の巣』と呼ばれる状態になっている。なってしまっている。……だから、モテない。


「……念のため、伺っても?」

「勿論! 何でも訊いてくれ」

「この依頼は……その、上司としての命令ではなく、あくまで室長の個人的なもの、なんですね?」

「勿論! こんなことさぁ、上に言えるわけないじゃない。安奈ちゃんだからこそ、頼めないかなぁって事なんだよ」


 ……それはそうだろう。確かに特殊獣人対策室はビーストの保護もするが、それはあくまで登録をし、バンドによってビースト能力を封じた上での事。未登録で、ビースト能力もそのまま使えるビーストを無許可で保護するなんて、規定違反もいいところだ。懲戒免職になってもおかしくない。


 ――つまりそれだけ、室長は私を信頼してくれている――?


「勿論、安奈ちゃんにだけ負荷はかけないよ! メリットもちゃんと用意してる!」

「……メリット? って、何ですか?」


 勿論の大安売りをする村田に対し、安奈のゴーグルが光る。


「落ち着いたら、何でも一つ言う事を聞くよ。――それでどうだ?」


 言った瞬間、安奈は前のめりになりテーブルに両手を叩きつけた。


「な、何でも? 今何でもって言いました? 言いましたよね!」

「あ、ああ」


 <落ち着く>というのがどういう状況を指すのか、それがいつになるのかは全く分からないのだが。――まぁあえて言う必要はあるまい。


「分かりました! 不肖安藤安奈、室長の願いを叶えて差し上げます!」


 安奈は直立不動の体勢で敬礼を決めつつ、宣言した。


 ◇ ◇ ◇


「……はぁ」


 自分の研究室に戻った途端に、安奈は大きなため息をついた。視界には興味深げに周囲を見回すアトの姿。


 ……やっぱり、断るべきだったかなぁ。


 今更後悔しても遅いのだが。


 ……この子、見た目は普通の女の子だけど、ビーストなんだよね……。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 突然声をかけられ、ビクッとする。


「襲うつもりなら、とっくにしてるし。でも襲ったところで、私にメリットなんかないでしょ? だから、心配しないで」


 ……まぁ、理屈である。しかし今の言葉で、目の前の少女がやはり見た目通りの人間ではない、という事実を改めて実感してしまった。


 とりあえず、仕事に戻るか。


 髪を引っ張りながら机に戻ろうとして――「参式」の試作品を持ち上げてあちこち見回しているアトに気付き、仰天した。


「な――何してんの! それに触っちゃダメ!」


 慌てて参式を取り上げ――ようとしたが、びくともしない。アトは両手でグリップを持っているとはいえ、全く力が入っているようには見えないのだが。終いには安奈の手がすっぽ抜けて、床に尻もちをついてしまった。


「……だいじょぶ?」


 心から心配そうに安奈を見下ろしてくるアトに大丈夫と手を振り、慌てて立ち上がる。


「でもコレ、凄いね! 安奈ちゃんが造ったの?」


 安奈()()()? ――安奈ちゃん、か。


 曖昧な笑いを浮かべつつ、頷く。


「ふんふん、グリップにバッテリーが仕込んであるのか。弾の改良は限界があるから、銃本体から電力を供給するって考えなんだね。重量は嵩むけど十分許容範囲内だし、使い方次第ではこの重さが狙いの安定化につながるかもね。今後バッテリーが小型化できれば全体の小型軽量化も可能だろうし、なかなか良いものだよ、これは」


 安奈はあんぐりと口を開けたまま、くるくると器用にそれを回転させるアトを眺めるしかなかった。


 この子、一体何者? ――ビーストだとしても、普通のビーストとは違う。


「けど――足りない」

 アトは回転を止めて、参式をテーブルに戻した。「これじゃまだ、ビーストは殺せない」


 急に部屋の空気が冷たくなったような、そんな気がした。


「……分ってるわよ」

 強張る唇を何とか動かす。「でも仕方ないの。特殊獣人対策室(わたしたち)の活動は隠密が原則だから、派手な発砲音がする火薬は使いたくても使えない。火薬が使えないから弾丸の速度が上がらないし、威力も出ない。電気を使うのは、正直苦肉の策なのよ。……でも、これを造るのにも、かなり苦労したんだから」


 一体自分は子供に向かって何を話しているんだろう、と思いつつも一度動いてしまった口は止まらなかった。


「うん、分かるよ。これも何ていうか、ビーストの知恵が入っているって感じ? そうでないと、結界の中へ持ち込めないもんね」


 結界というのはよくわからないが、ビーストの協力者からの技術供与があったのは事実だ。安奈達技術者もよく理解できておらず、そういうものを現場に回している、という事実には正直忸怩たるものがあった。


「――ね、お願いがあるんだけど、いいかな?」


 アトが安奈の視界の中にぐっと顔を近づけてくる。


「お願い?」

「そう。……武器を、造ってくれない? 私達が、ビーストと戦う為の武器を」

「私…()?」


 アトは頷く。


「私、ムラタと取引したの。一緒にビーストと戦うって。けどね、私もムラタも、他のビーストに比べると弱いの。だから安奈ちゃんが武器と造ってくれると、すっごく助かるんだけどな」


 えーっと、なんかまたよくわからない言葉がでてきたんだけど。取引? ムラタって、室長の事だよね? つまり室長は本来の仕事とは別に、このビーストと一緒に戦うという取引をしたって事? 


 ビーストの保護を考えず戦う事を第一とするなど、特殊獣人対策室本来の目的ではない。……だから、ここに匿う、という事なのか。


 いずれにしても、嫌な予感しかしない。


 ただでさえ危険な仕事なのに、村田はさらに危険な事に足を突っ込もうとしているのではないか。ならば――。


「……それを造れば、室長の役にも立つのね?」


 その言葉に、アトは微笑みを浮かべる。


「勿論! ムラタの身を守る事にもなるよ! 攻撃は最大の防御だからね!」


 ……そうか。


 安奈は頷いた。


「どういうものを造ればいいの?」

「うーんとね、片手で持ち運びできるサイズと重さであれば、特に制約は無いかな。威力は、出来る限り高めで」

「――じゃあ、火薬を使う事も?」

「勿論!」


 アトは片目をつむる。


 安奈は改めて研究室を見渡した。溶接機器から3Dプリンターまで、試作製造の為の器材が一通り揃っている。さずがに火薬は常備していないが、調達の手段はある。


 安奈は無意識に口元に笑みを浮かべていた。


 制限無しでの装備製作! これで燃えない技術者がいるだろうか!


「……分ったわ。協力する。けど、一つだけ約束して」


 改めて、アトの顔を正面から見下ろす。


「室長を、無事に帰す事。あなた達の契約が終わってもね。使い捨てになんかしたら、承知しないわ」

「取引、成立だね」


 アトが差し出した小さな手を安奈は握り、二人は同時に頷いた。

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