2.捜索
迷子センターは、公園の管理センターに併設されている。女の子が素直に付いてきてくれて、助かった。
……預ける前に、ご褒美でもやるか。
村田はこれまた併設されている売店に足を向ける。
「ヴァリヴァリ君、2つ」
「あいよ、120円」
さっきも食べたそれを選んだのは自分が好きなのと、当たりの出る確率を少しでも上げたいというケチ根性からだったが、これくらいは見逃して貰ってもいいだろう。異常に突き出たリーゼント頭に端の尖ったサングラス、腕をまくった長ランにボンタンという古典的ツッパリスタイルのキャラクターが印刷されたパッケージを開けて、ベンチで待たせていた女の子に手渡す。が、女の子は眼を丸くしてそれを見たまま、手を付けようとしない。
「何だ、初めて食べるのか? 安いけど旨いんだぜ、コレ」
村田はスカイブルーのアイスキャンディーにかぶりつく。ミルフィーユのように幾層にも巻かれたアイス生地がキンキンに固められ、その名に違わぬヴァリっとした歯ごたえが心地いい。
女の子は村田とアイスを交互に見ていたが、意を決したようにかぶりつく。
……いいとこのお嬢さん、って感じなのかな?
服装やアイスへの反応からそう思うのだが、だとするとこんな公園で迷子というのも妙な話だ。家出とかでなければいいのだが。
あっという間にアイスを食べつくした女の子は、残った棒をチューチューと吸っている。
「おっ、分かってるじゃんか。沁み込んだのも旨いんだよなぁ」
村田も最後の一かけらを口に入れ、棒に何も書かれていない事を確認すると、落胆と一緒にゴミ箱に放った。
「――ああ、後で捨てりゃいいから」
女の子が問うような視線でこちらを見上げてくるのでそう言うと、彼女を促して建物へと入った。
「すいません。――迷子のようなんですが、放送をお願いできますか」
身分証の効果は絶大だ。瞬間で姿勢を正した担当の女性は慌てて女の子を迎え入れる。
「――お名前は? 言える?」
訊かれた本人は戸惑うように目をしばたかせ、最終的に請うような視線を村田に向ける。……そうされてもなぁ。
とりあえず頷いて見せると、女の子はようやく口を開いた。
「……アト」
「え?」
「……アトって、いうの」
「ああ、アトちゃんっていうの。素敵なお名前ね」
いや素敵っていうかむしろ変わった名前だけど、そう言わざるを得なかったのだろう。漢字だと阿斗、なのか? 昨今はカタカナや平仮名も珍しくないが。女性は続けてお母さんかお父さんのお名前分かるかな? 等と質問をしていたが、女の子はそれきり口を閉じてしまった。
――まぁ、プロでも手こずりそうだな。
内心苦笑いしながら眺めていると、ヘッドセットが鳴った。
「――もしもし」
『室長。サボってる場合じゃないですよ』
「バカ言うな。パトロールだよ、パトロール」
『最近はGPSでどこにいるか、すぐバレるんですからね。ある程度自重してくださいよ』
「……プライバシーって言葉は何処に消えたんだ」
『勤務中の国家公務員に、そんなものはありませんよ。知ってるでしょ?』
村田は大げさにため息をつく。
「で? 何があった? 出たのか」
『そうです。しかも2体。さらに今室長がいる、自然公園の中です』
「……何だって?」
思わず女の子の方を見る。「細かい場所は特定できるか」
『ウチの機械の精度、ご存じでしょ? ……大体公園の中心って事位ですね、分かるのは。しかも今は反応消えちゃってます。機械のせいかは、わかりませんが』
公園の中心……って、あの水場か! まさか、既に被害者が出ている――?
「了解した。調べてみるから、応援を寄越してくれ。あと、あちらにも連絡を」
『大丈夫なんですかね、一人欠けて、もう一人は補習中なんでしょ? さすがに補習を抜け出して来いとは――』
「いざとなりゃあ大御所自ら出陣するって言ってたから、安心しろ。じゃあ、よろしく」
――人間だけで退治ができれば、こんな事気にしないで済むのだが。
「すいません。ちょっと、御呼ばれがきましてね。後、お任せしていいですか」
「あっハイ! どうぞ!」
女性の返事に敬礼のサービスで答えると、一瞬、アトと名乗った女の子を見る。この子は水場の近くにいた。考えたくはないが、親がビーストと出会ってしまっていたら――。
「……じゃあな。親御さん、見つかるといいな」
そう言うと、駆け出したい気持ちを抑えて水場へと向かった。その途中で、迷子案内の放送がかかる。
――女性は、放送を終えてマイクのスイッチを切った。
女の子の名前と、服装の特徴。まぁ名前が分かっているのだから、聞こえていればすぐ迎えにくるだろう。
「じゃあ、もう少し――」
待っててね、と言おうと振り返った女性は唖然とした。
アトの姿が、その場から忽然と消えていたのだ。
◇ ◇ ◇
水場まで戻った村田は、先程と変わらず歓声を上げる子供達を見て胸をなでおろした。吹き出す汗を拭いながらアトを見つけた林の際に移動し、そこから林の中に入っていく。
ビーストは、人間を結界に引き込む事はできない。もしあの子の親が襲われたのだとしたら、その痕跡が残る筈――なのだが。
「……何もねぇな」
まぁ無いなら無いに越したことはない。
戻ろうかとも考えたが、この林は公園の端に広がる森へ繋がっている。早朝などは虫取りをする人がこの時期いるようだが、日中は殆ど人は立ち入らないだろう。一人で調べるには骨が折れる広さだが、応援が来る前にやれるだけの事はやっておくか。
日差しが届かない分涼しいのは助かるが、代わりにヤブ蚊の数が凄い。ハンカチで振り払いながら進んでいく。と――見つけた。足跡だ。
……落ち着け。ビーストのものだとは限らない。
パッと見では、普通の大人サイズの運動靴。少しぬかるんだ場所に残っていた。村田の眼には、それなりに新しいもののように見える。
体に少し緊張を走らせながら、それを辿る。
「……ここまで、か?」
しばらくすると、足跡は急に消えてしまった。最後の場所からその周囲を調べても、痕跡は無い。たまたま残らなかった、という事もあるかもしれないが……。
村田は頭を掻いた。さて、どうすべきか。このまま進むか、戻って応援を待つか。
「……行くか」
もう少しだけ、先へ。何となく、勘がそう言っている。が、
「――そっちじゃない」
突然聞こえた声に、村田は足を止めた。
正面の樹の陰から出てきたのは、アトだった。
「お前――」
どうして、と訊く前にアトがアイス棒を咥えたままの口を開く。
「私、知ってる。あなたが捜してるもの」
村田はアトの眼を見る。先程迄のオドオドした態度とは違う。怯えも迷いも無い、真っ直ぐな視線だ。村田のそれを逸らすことなく、真っ直ぐにこちらを向いている。
「……何か、見たのか」
その言葉に、アトは頷いた。
「そうか。……でもその前に、一つ訊いてもいいかな」
再度、アトは頷く。
「じゃあ――」
村田は拳銃を取り出し、銃口をアトに向けた。「どうやって、俺の正面から来たんだ?」
アトは無言で、咥えたアイス棒を指で弄る。
「――俺はセンターを出てから、真っ直ぐここまで来た。位置的に後から追ってきたなら、前から来れる筈が無い。……が、そういう事ができる奴らを、俺は知ってる」
2体。――ビーストの反応は、2体あった。この足跡の主が1体目だとしたらつまり、
「……お前も、ビーストか」
アトはアイス棒を口から取り出した。反射的にそこを見た村田は、確認した。『当たり』と書かれているのを。
「流石だね」
そう言うと、アトは微笑んだ。「見込んだだけの事はある」
見込む、だと?
「あなたからは、ビーストの匂いがプンプンしてるからね。……けど、血の匂いはしない。だから、話せば分かってくれるんじゃないかって思ったんだ」
「……急に、お喋りになったじゃねぇか」
少なくとも敵意はなさそうだが、銃口を下ろすことはしない。
「仕方ないよ。言葉が分からなかったからね。あなたが話しかけてくれたり、センターで色々見たり聞いたりしたから、もう大丈夫」
……言葉が分からない? それってつまり――。
「……お前まさか、こっちに来たばかりって事か?」
「そうだよ。気が付いたら、林の中にいたんだ。その時、他のビーストの気配を感じて、水場まで逃げてきた。……あなたと会ったのは、その時」
ビーストが、こちらに来た瞬間。その場に遭遇したというのは、非常に貴重な体験だ。今後、この林一帯を調べる必要があるかもしれない。
「で、ここからが本題」
アトの言葉に、我に返る。
「――私と、取引してくれない?」