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美女が野獣。  作者: 健人
第2章 5月
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4.偶然

 最後の客がドアを開け、チャイムが鳴る。


「ありがとうございましたー」


 と声を上げ、修一は再び品出し作業に戻った。時刻は21時半を少し回ったところ。深夜分として到着した商品を、深夜担当の人間が来る迄に、陳列しておかなければならないのだ。


 ビーストの問題があろうが、バイトを休む訳にはいかない。そう言うと倫子は、


「お金なんか幾らだって出すわよ? 奴ら(人間達)が」


 と渋い顔をしていたが、それはそれで後が怖そうなので丁重にお断りした。

 とはいえもし、刺客が来たらどうするか。


「いつもの仕事と同じ。とにかく、結界を展開する事」

 と、サキは念を押した。「そうすれば、後から私が駆けつける」


 左腕の端末にそっと触れる。以前は無意識に発生させた結界も、訓練と端末の補助によってある程度制御ができるようになっている。

 変身ができなくとも、結界を展開することは出来る。戦えなくとも、逃げていればサキが来てくれる。結局サキ頼りである事は否めないが、とりあえずできる事をするしかなかった。


 入口の自動ドアが開き、チャイムが鳴った。


「いらっしゃいませー」


 陳列が終わった商品のカゴを片付けながら、条件反射で声を出す。と、ふと洋菓子の棚を見て、修一は目を見張った。ついさっき並べ終えた筈のシュークリームが全て、キレイさっぱり姿を消している。まさか、と振り返ると買い物かごを手にしたサキが立っていて、修一はため息をついた。


「その、気配を消してくるのって、やめてもらえる?」

「まだまだ、修行が足りない。そういう事」


 サキはそう言うと、かごを差し出す。言う迄も無いが中はシュークリームばかり5つ。


「お客様、お会計はあちらでお願いします」


 案内した先で店長がニッ、と笑った。――あとでまた、面倒な事になりそうだ。


 サキが会計をしている間に、外の物置に商品が入っていたボックスを置きに行く。扉に鍵をかけて振り返ると、またサキが立っていて修一は仰天した。


「――その内俺、君に殺されると思うんだ。心臓マヒとかで」

「そういう事を言っている内は、死なないから大丈夫」


 サキはビニール袋からシュークリームを一つ取り出し、差し出した。


「おごり」

「え? ――ああ、ありがとう」


 サキが早速食べ始めたので、修一も封を開けた。勤務中だが、まぁいいだろう。


「報告がある」

 サキはをあっという間に2個を平らげ、指についたクリームを舐める。「少し離れた所で、未登録の反応が確認された。これから行ってくる」


「ええ? 俺、今バイト中で――」

「私一人で行くから、平気」

 思わず声をあげた修一を遮り、サキは続ける。「ただその間、何かあってもすぐには対処ができない。陽動の可能性もある。念の為、注意をしておいて」


「……分かった」

 サキの真剣な表情に、修一は思わず唾を飲み込む。「でも――大丈夫なのか? 一人で」

「大丈夫、問題無い」


 サキの表情が少し緩んだ――ように、修一には見えた。サキは残ったシュークリームをバッグにしまう。


「潰れるぞ? そんな所に入れたら」

「その前に食べるから、大丈夫。――それじゃ」

「ああ……気を付けて」

「あなたも」


 そう言うとサキは、急ぐでもなく駐車場を横切って歩いて行く。――と、1台の原付のライトがサキを照らし、そのまま駐車場に入ってきた。


 お客さんか。


 いい加減、仕事に戻らねば。念の為、端末を確認する。店長の手前、頻繁にチェックする訳にはいかないが、何か連絡が入った際には見逃す訳にはいかない。

 既に店に入った原付の客を追うように、中に戻る。


「いらっしゃいま――」


 せ、と言おうとして、くるっと振り返った客の顔を見た瞬間、言葉が止まってしまった。


「――神室君?」


 そこに立っていた女性に、見覚えがあった。高校のクラスメイト――名前は確か、片桐翠(かたぎりみどり)


「何してんの? って、その格好、バイトか」

「ああ――、まぁ、そう。バイト中。それでそっちは……」

「私? 私は、買い物」


 翠は手にしたかごを持ち上げて、笑った。


 顔や髪型は、修一の知っている片桐翠そのものだが、今まで制服か、ジャージ姿しか見た事が無かった。なので、目の前のスェットパンツにパーカーというラフな姿に違和感を感じつつ、それは新鮮で、眩しかった。


「ええと……学校で、同じクラスなんです」


 店長の好奇心を抑える為に、先手を打っておく。


「どーぞよろしく! 店長の村田です。今後ともお買い物は是非当店で、ね」

「……どうも」


 店長のわざとらしい語調に、若干引き気味の翠。


 片桐翠。実際特に修一と親しいという訳ではない。単なるクラスメートだ。ただ少し異なるのは、1年の時からずっと同じクラスである、という事。とはいえ、修一の記憶の中で、翠とまともに会話をした事など、用事がある時限定で数える程しかない。それでも顔を見かける度に親近感というか、仲間意識のようなものをどこかに持っていた。それは修一の、本当に一方的な感情でしかなかったのだが。


「しかし今日は何だアレだ。お友達が沢山来てくれて、売上もアップで嬉しいねぇ」

「……沢山?」

「それより! えっと、何を買いに来たんだよ。早くしないと、帰るの遅くなるぞ」


 修一は慌てて、無理矢理話題を変える。


「あ、そうだ。これ、置いてない?」

 翠はスマートフォンを取り出し、画面を差し出した。「お気に入りなんだけど、切らしちゃって。この時間じゃ、いつも買っているお店は閉まってるし。検索したら、この系列のコンビニにならあるかもって出たのよね」


 そこに映っていたドレッシングのパッケージには見覚えがあった。何しろついさっき、棚に並べたばかりなのだから。そこに案内すると、翠は歓声を上げた。


「ありがとう! 別に珍しい銘柄ってわけじゃないんだけど、何故かあまり置いてないのよね」


 奥の方から商品を取り出す翠を見て、結構しっかりしているんだな、と感心する。


「でもビックリしたわ。こんな所で、神室君に会うなんてね」

「それはまぁ……お互い様だ」

 修一は外の原付に目をやり、「免許、持ってるんだ」


「ウチ、丘の上にあるのよ。見晴らしはいいけど、駅からは遠くてね。無いと厳しいんだ」


 ふーん、と頷いていると、店のドアが開いて客が入って来た。


「いらっしゃいませー!」


 突然声を上げた修一に、翠は目を丸くする。


「条件反射なんだ。気にしないでくれ」

「ああ、そうか。勤務中だったよね。それじゃあそろそろ私――」


 翠は言葉を止めた。修一の視線が自分を越えて、後ろを見ている。それを追って、振り返ってみた。先程入店したのだろう客が一人、こちらを向いて立っている。顔は分からない。俯き加減のそれは、パーカーのフードに隠されている。両手はパーカーのポケットに入っていて、下はジーンズ。体つきで、若い女性だろうと思った。


「ねえ――」


 と再び修一の方を向こうとした時、女が笑うように呟いた。


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