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美女が野獣。  作者: 健人
第2章 5月
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2.会敵

「そういや、ビーストって普段何を食べてるんだ?」


 この日は土曜日で、昼を過ぎた学食の人影はまばらだ。制服姿のサキが居ても、違和感はない。修一はカツカレーの皿をテーブルに置いて訊ねた。姿勢正しく椅子に腰かけてシュークリームを頬張っていたサキは最後の一かけらを口に入れると、


「基本的には、雑食。人間と同じよ。人間のように一日三食も食べる必要は無いけど」


 朝昼晩腹が減るという事はまだ、人間の部分もあるという事なのだろうか。そう思うと少し、安心する。分厚い衣をまとった薄い肉のカツにたっぷりルーをまぶして口に放り込む。いかにも学食、といった安っぽい味だが修一はこれが嫌いではない。


「……それにしても、君はそればっかり食べてる気がするな」


 二つ目のシュークリームを平らげたサキは三つ目に手を伸ばす。


「食べなくても問題は無いけど、好きだから」


 そういう所は、人間と同じなんだな。……少し、極端な気もするが。

 袋の中にまだまだ入っていそうなシュークリームを横目に見る。


「そんなに、変身したくない?」


 突然の質問に手が止まった。


「したくない、というか……するのが怖い、という感じかな」

「怖い?」

「今まで出せなかった、人間じゃ出せないような力が出せるようになっているのは分かってる。変身するっていうのは、それを更に超えるっていう事なんだろ?」


 サキは視線で肯定する。


「一部分とはいえ、変身した経験があるんだから。分かってるでしょう」


 修一は自分の左手を見る。あの時の感覚は、忘れようもない。それまであった痛みは消えて、自分の意志に反して開放感というか爽快感のようなものまで感じられた、異様な感覚。それが――怖い。


「自分で納得するまでは無理強いしないようにと思っていたけど、そういう訳にもいかないかもしれない」

「それは――具体的にどうする、という事?」


 サキがぽつりと発した言葉に、慌てて訊ねる。


「以前、変身した時の事を思い出して欲しい。あの時あなたは、命の危機に見舞われていた。同じ状況に陥れば、変身できるかもしれない」

「それはつまり――」

「手加減無しで訓練する、という事」


 それって『訓練する』の前に『殺す気で』という形容詞が付くやつだよな?


「ちょ――」


 っと待って、と言いかけたその瞬間、


「ちょっと待って」

 サキが鋭い口調でそれを遮った。「静か過ぎる。これは――」


 修一も違和感に気付いた。周囲に、誰もいない。生徒だけではない。調理場にいた人もだ。まるで結界の中に入ったような――。


「こんにちは」


 突然声をかけられ修一は仰天した。同時にサキが弾けるように飛び上がり、蹴りがその人物を捉える。が、手応えを得る事無く振り上げた脚は地面に降りた。


 誰も居なかった筈のテーブルの端。椅子も無い筈のそこに座る、一人の男。黒い三つ揃いのスーツに、中折れ帽。ステッキを手にしている。顔は良く見えないが、雰囲気で相応の歳であると思えた。


「攻撃は無駄だよ」


 男はサキへ向けステッキを軽く振る。「私の本体は今、ここにはいないからね」


 サキは唇の端を噛む。


「お気づきの通り、私の結界を張らせてもらった。ああ、勘違いしないで欲しいのだが、別に君たちと戦おうというのじゃあない。あくまで話し合いの為の結界だ」

「戦う? この場に居ないのならば、そもそも戦えないのでは?」


 サキが言った瞬間、パン、とカツカレーのプラスチック皿が弾け飛んだ。


「と、まぁこれ位の芸当はできるさ」


 修一はひっくり返った皿を見て恐怖を感じると同時に、妙な事に気が付いた。


 ――結界の中なのに、何故皿がある? 周囲もそうだ。蒼くなっていない。


 改めて男の方を見ると、帽子の奥から感じる視線がニヤリと笑った。


「別に大した事じゃあないさ。君らだって、何人も入れて、物も存在する結界に、いつもいるんだろう?」


 倫子の結界! だがあれば倫子でなければ展開できない位の特殊なものだと。つまり――。


「このビーストは、あの人と同レベル」


 サキの言葉に背筋が寒くなる。


「……知ってるのかい」

「名前だけは。確か――権瑞ごんずい


 男は帽子の前をつまみ、仰々しく頭を下げた。


「私達の、敵よ」


「敵って――どういう事だよ?」

「敵は敵。それだけ」


 二人のやり取りを見て、男は肩をすくめた。


「呆れたな。まだ何も、説明していないのかね?」

「むしろこれで、説明の手間が省ける」


 その言葉に、男は吹き出した。


「確かに! 君も、あの母親らしくなってきたじゃあないか」


 あの母親?

 これは……また自分には理解不能な怒涛の説明の予感か?


 戸惑う修一に、男が声をかけた。


「まぁまず理解して欲しいのは、私は今は戦うつもりはない、という事だ。君達も座ってくれたまえ。――で、改めて自己紹介させて頂こう。私の名前は権瑞。君らのライバル……いや、敵、と認識されているものだ」


 サキの視線を感じたのか権瑞は苦笑して言葉を変える。


「敵って……どういう意味ですか」

「そのままの意味だよ」

 つまらない事を訊くものだ、というように権瑞は首を振る。「異なる、相対する思想を持つ存在ってことさ」

「……彼らは、人間社会に組み込まれる事を是としない」

「誰がすすんで人間に管理される事を望む? ビーストはビーストとして、独立して存在すべきだ」


 ……成程、そういう事か。


 人間側に立つ――厳密に言えばそうでもないが、人間社会に溶け込むという意味ではそうだろう――ビーストと、人間の管理を外れて存在しようとするビースト。その対立。


 というか、そんな対立があるなんて聞いてないぞ!


 サキの方を見るが彼女はそれどころの様子ではなく、権瑞を睨みつけている。


「……で? その敵が、どうして今ここに?」

「挨拶だよ。特別な遺伝子を持つ君に、ね」

 ステッキの先端が修一を捉える。「端的に言うと、私は君が欲しいのさ」


「遺伝子が、でしょう」


 サキの言葉に、ニヤリと笑う。


「その通り。だがまだ、その時ではないようだ」


 権端は匂いを嗅ぐように顔を修一に近づけ、修一は反射的に身を引く。


「――鍛えてくれているのだろう?」

「あなた達の為じゃない。あなた達と、戦う為よ」


 サキの言葉に権端は喉を鳴らした。


「そうだろう、そうだろうとも! だが少なくとも彼をビーストとして成長させようという目的において、我々は一致している訳だ」

「それは……」

「私にもぜひ、協力させて頂きたい。いや、断られても協力させてもらうよ。――すでに、情報は拡散させて貰った」

「……どういう意味?」


 情報? 拡散? 修一は困惑するばかりだ。


「これまでは偶然、あなたの存在に気付いたビーストが襲ってきていた」


 サキは権端から視線を外さずに答える。


「襲われた事は無いけど……」

「私が片付けていたから」


 ――聞いていない事だらけだ。


 修一はため息をつく。


「だけどこれからは、最初からあなたの存在を知っているビーストが襲ってくるという事」


 それは……明確に、ターゲッティングされたって事じゃないか。


「あのぅ……情報の拡散って、どれくらいに……」

「我々の組織は、君達のそれとは比べ物にならんよ」

 修一の問いに権端はカン、とステッキの先で床を叩く。「末端まで含めると、数百はいるかな」


 すう……ひゃく? 


 ていうか、世の中にそんなにビーストがいるのか!? それも未登録の。


「心配無い。結界内で戦えるのは、基本一人」


 サキの言葉に、権瑞の口の端が歪む。


「結界内、ならね?」


 そうだ。結界の外ならば……制限は無い。


「ウチの奴らは、血の気が多くてね。ビーストとしてのプライド? そんな事を気にする奴の方が珍しい位だ。この世界だろうが構わず変身する。そういう奴らに、今回は早い者勝ちだと発破をかけてある。――ま、せいぜい、頑張って生き残ってくれたまえ」

 そう言うと、権端は立ち上がった。「私に、喰われる為にね」


 サキが、今にも飛び掛かりそうな雰囲気を全身から発している。


「――ふん、自分の意志で変身もできないような、首輪を付けられた奴に何ができる?」

 権瑞の姿がかすれ始めた。「失礼、腕輪だったか。――それでは」

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