ニンゲン(仮)
空はどこまでも高く、青く、たなびく薄雲の向こうに竜が飛んでいるのが見えた。
「やぁ、向こうの大陸に渡る竜だ。すっかり秋だなぁ」
街道をテクテク歩いていたボクは、思わずそんなことを口にした。
脚を止めて、竜が消えるまでとっくりと眺める。
暇というか同じような景色に飽いていたのだから、そうするのは人として当然だ。何かしらの変化があればそれを観察するぐらいの楽しみしかなかった。
だったら考え事でもしながら歩いたらいいじゃん? と思うかもしれないけれど、そうもいかない。というのも、注意を払っていないとガタガタ道につまずいてスッ転んでしまうのだ。
「よっこいせ」
竜を見送ったボクは、背嚢を背負い直すと、改めて歩みを進めた。
ここらはもう帝国領の辺境だった。もちろん街道は石畳で舗装なんてされてない。それどころか人の往来が少ないせいで、踏み固められているはずの道には草が伸び盛り、かろうじて轍のくぼみで街道なのだと判別できるという有り様だった。
どれほど歩いたろう。
ガタゴトと来し方の道から荷馬車が遣って来るのが見えた。
「おー、ボウズ。こんなトコで何してんだ?」
道を退いて待っていたボクに、馬車を止めた御者が声をかけてくれた。
「旅芸人なんですけど、ワラッカの街に行きたいんです。どうか、道行きまででいいので、乗せていただけませんか?」
そう言うと、御者の男は目をまん丸にしたあとで「あはははははは」と大笑いした。
「道を間違えてるぞ、ボウズ。この道はテムの村に向かうだけのツンボ道だ」
「マジですか…」
徒労感に、つい言葉遣いが普段に戻ってしまったボクに
「マジだ、マジ」
男が笑いを含んだ声で返す。
その澄んだ笑い声で分かったのだけど、男は案外に若いようだった。あまり似合ってない口周りの髭を剃ったのなら、10やそこらは若く見えるのではないだろうか? 10代ということはないだろうけど、20代前半なのは確かだ。
「だいたい、こんな草がぼうぼうの道がワラッカみたいな街に続いてるわけあんめぇ」
「そこはボクもおかしいとは思ってたんですけど」
「ま、とりあえず乗ってけ。テムの村まで連れてってやる」
「御厚意はありがたいのですが、道を戻ろかと」
「バカ言っちゃいけねぇよ。そんなことしたら野宿だろうが。ボウズは知らねぇだろうけど、ここん場所はオオカミが出よる。野宿なんて、エサになるようなもんだ」
ボクは男の親切にあずかることにした。
背嚢を荷車に放ると、ボク自身は男の隣りに尻を落ち着けた。
「んじゃ、出発するぞ」
手綱を引いて、男が馬を進める。
心地いい日差しの中で、ポクポクと馬のひづめの音がどうしようもなく長閑だ。
ボクは荷車を振り向いた。
「ずいぶんと大荷物ですね」
「村全体の頼まれ物だからな」
聞けば、男は3ヵ月にいっぺん、村のお使いで近くの町まで買い出しに出るのだという。
男衆からは酒を。
女衆からは甘味を。
子供には玩具を。
老人には薬を。
主に頼まれて、買って帰るのだとか。
「けど、1人なんですよね? それって、物騒じゃありません?」
質問すると、男はニッカリと笑った。
ポンとガンベルトに提げられたホルスターを叩く。
「腕に自信はある。なまなかな奴には負けないさ。むしろ物騒なのはボウズだろうよ? 見たとこ…10歳くらいか?」
「12歳です!」
幾らなんでも10歳はない!
たしかに小柄だけども!
憤然としてみせて訂正すると、男は「わるい、わるい」と、ちっとも悪びれてない口調で謝ってから
「そんな齢で、ひとりで旅芸人なんて、危ないだろう?」
「まぁ、危ないちゃあ、危ないですけど。けど、逃げ足には自信がありますから」
ニッカリと男を真似て笑えば、男は苦笑して肩を竦めた。
それで終わりだ。追及するようなことはしない。
薄情だからじゃない。
ボクみたいな子供は国中に溢れているからだった。
戦争があったのだ。男は国に採られて大勢が死んだ。なかにはもちろん夫だった人もいて、大黒柱を失った寡婦は手に職を持っていれば別として、たいていは路頭に迷った。日々を生きるパンにすら事欠いたのだ。自らが生きるために、子供を捨てる女だって相応にいた。
そんなだから、男が冷たいわけじゃない。それどころか馬車に乗せてくれているだけ親切だった。ボクはまだ遭遇したことはないけど、子供だけの盗賊団なんてのもあるらしいのだから。道端に幼児を立たせて、立ち止まった馬車を襲うのだ。そんなわけで、子供だからといっても油断はできない世の中なのだ。
名前を訊かないのも同じ。情が移ってしまうのを嫌がってなのだろう。
ボクだって相手が名乗るまで名前を訊いたりはしない。おにいさん、でいいのだ。
「まぁ、逃げ足に自信があるのは分かった。だったら、芸のほうはどうなんだ?」
「もちろん自信ありますよ!」
ボクは荷車に移ると、背嚢からソレを取り出して、再び男の隣りに尻を落ち着けた。
「お、人形か?」
成人男性の二の腕ほどの大きさの操り人形だ。
それが二体。ドレスを着た少女の人形と、甲冑姿の騎士の人形だ。それぞれ操るための糸が5本ずつ伸びて、終点で指輪に繋がっている。
ボクは左右10本の指に、少女と騎士の操り糸の指輪を装着した。
左手で少女を、右手で騎士を操る。
「これから披露しますは、とある令嬢と騎士との悲しき恋の物語であります」
その館には、魔法使いと娘が住んでおりました。
魔法使いは、それはそれは娘を可愛がっておりました。
娘がまだ幼児だった頃のことです。
初めて口にした言葉は「ママ」でした。
魔法使いは、自らの妻であり、かつ娘の母親を残虐に殺しました。
また、ある日のことです。
娘が懐いていたメイドに「大好きよ」と抱き着きました。
魔法使いはそのメイドを殺しました。
メイドの夫も、双方の両親も、弟も、無残に殺したのです。
魔法使いの娘は賢い子でした。
だから自分の行いが、どのような結果となってしまうのかを幼いながらに知ってしまいました。
以来。
娘は人形のようになりました。
ビクビクと怯える使用人たちに囲まれながら、笑いもせず泣きもせず、ただ其処に在るだけになったのです。
やがて魔法使いは、娘を塔の一室に閉じ込めるようになりました。
「どうして、そんな無体をするのだい?」
友人からの問いかけに、魔法使いは心底から首を傾げて答えました。
「無体だって? わたしは娘を守っているだけだよ。だって、外の世界は危険がいっぱいじゃないか。もしも庭を歩いていて娘が転んで、それで怪我でもしたらと思うと」
ああああああああああああああああ
「それだけで気が狂いそうになる」
ホントウなら、さ。
と魔法使いは朗らかに続けたのです。
「あの子の四肢を切り落として、常にわたしの目の届く範囲に置いておきたいのだけど。さすがに、そんなことをしたら嫌われてしまうだろ? だから今のところは我慢してるんだよ」
やがて魔法使いの娘は13歳となりました。
そんな時です。
騎士と会ったのは。
騎士は、魔法使いの友人の護衛でした。
最初は騎士が待ち時間の暇にあかせて、塔を見上げていたのです。
次に、窓辺に寄った娘が騎士を見つけ。
ゆっくりと。
言葉を交わすことなく。
長い時間をかけて愛をはぐくんだのです。
そうして魔法使いの娘が15歳となった日。
成人の儀で、娘が塔を出たその時。
騎士と娘は手に手を取って、館を逃げたのです。
カチャリ、と音がした。
男が腰のリボルバーに手をかけた音だった。
「俺がココを通るのも、ボウズを拾うのも。すべて予定どうりってことか」
「いえいえ、まさか拾ってくださるとは思いませんでしたよ」
答えると、男の腕が上がり、真っ黒な銃口がボクを向いた。
ドン! と火が吹いた。
同時に。
ギャイン! とボクの背後で断末魔の声が上がる。
オオカミだ。
オオカミの群れが音もなく荷馬車と並走をしていた。
「手綱を!」
ボクが言えば、男は迷ったみたいだけど、銃を撃つのに邪魔だと判断したんだろう、手綱を渡してくれた。
馬のスピードを上げる。
ガタゴトと振動がケツをかちあげる。
ドン! と発砲音がした。
振り向けば、オオカミが横ざまに倒れるところだった。
続けざまに男が銃を撃つ。
その度にオオカミは脱落した。
激しい振動をものともせずに、見事に命中させている。
それも長物でない、短銃で。
腕に自信があるというのは眉唾な話ではなかったようだ。
オオカミどもは退いた。
被害に恐れをなしたのだろう。
「止めろ」
男が今度こそ銃口をボクに向けて命令する。
ボクは素直に従った。
手綱を引いて、息の荒い馬を休ませる。
「降りろ」
やっぱりボクは言う通りにした。
馬車を降りて、男を見上げる。
「殺さないんですか?」
ボクの疑問に男はちょっとだけ眉尻を下げた。
「殺さない」
「なぜ?」
「意味がないからだ。どうせもうテムの村のことはバレてるんだろ? だったら、ボウズを殺したところで変わりゃしない」
その言い分に、ボクはクスクスと笑うことを選択した。
なんて人の善い。
要するにこの男は、ボクを見逃すと言っているのだ。
「子供、だからですか?」
そんなボクの問いかけに、男は応えることなく
「俺たちは逃げる。ボウズ、追って来るなよ。来れば、今度こそ殺す」
「あなたは本当に善人だね」
男が苦虫を噛み潰したみたいな表情で、手綱を引こうとする。
「疑問に思わなかった?」
ボクは男に言った。
男が物問いたげにボクを見返す。
「追手が、ボクみたいなガキ1人なのを」
両手を広げて
「護身の得物すら持ってないのを」
ハッと男が目を見開いた。
「アサ」
シン。とまでは続かなかった。
何故なら、ボクの人形がナイフで男の喉首を掻き切っていたから。
血を吹き上げながら男の体が傾いで、御者台から転がり落ちる。
驚いた馬が走りだそうとする。
ボクは遠隔操作の魔術で人形を動かして手綱を持たせると、馬を落ち着かせた。
「はい、終わりッと」
その少年…いいや、子供は広場の隅でマリオネットの劇を披露していた。
旅芸人なのだろう。
散歩に連れ歩いていた5歳の孫が興味をもったようで、グイグイと繋いでいた手を引っ張る。
「仕方あんめぇ」
渋々ワシは孫に従った。
旅芸人とはいえ子供。たいした芸は期待できない。
それでも拝見したからには、おひねりを放らねばならない。
ところが。
その子供の芸は達者だった。
左右の指で操る人形は生きているかのように動き、お話もまた興味深かった。
子供よりも、むしろ大人のほうが耳を傾けていたぐらいだ。
「そうして騎士と娘は手に手を取って、館を後にしたのです」
どんぴこからりん、すっからりん。
子供が奇妙な呪文めいた言葉で物語を閉める。
パチパチと拍手が飛んで、子供が手にした帽子におひねりの小銭が落とされた。
なかには大きいのを落とす紳士もいる。ま、そういったのは婦人を伴っていたが。
あらかた客がはけたところで、ワシは子供に話しかけた。
「夜は何処に泊まるんだい?」
「野宿しようかと。この街はちょっと宿がお高いので…」
「宿場町だからなぁ」
どうしたって宿泊費は高くなる。
安いところもあるにはあるが、そういった所は、ただ屋根があって雨露をしのげるだけといった簡易的なつくりになっている。もちろん雑魚寝で、ともすると寝入ったところで荷物を盗まれることもある。
「とはいえ、野宿はやめとけ。有象無象が集まる街だからな、素性の悪い連中だって当然いる」
野宿している子供をレイプするようなのもいるのだ。当然といってはなんだが、被害者の子供は泣き寝入りだ。衛兵に訴えたところで、しょせんは宿にも泊まれない根無し草の、それも子供のこと、捜査なんてするはずもない。殺されでもしない限り騒ぎにはならないというのが現実だった。
「でも…」
眉をへちょんと下げて、子供がおひねりの入った帽子を見下ろす。
ぼちぼち稼げたようだが、あれでは安宿に泊まれるギリギリだろう。
飯代を稼ごうと思えば、もうひと仕事しなけりゃならない。
とはいえ。
顔を上げた子供が周囲を見遣った。
夕暮れが迫っていた。
広場に人は疎らで、通りの人々も足早に帰宅を急いでいる。
どうしたって人は集まらないだろう。
「よければ、だが」とワシは子供に提案した。
「我が家に泊まらないか?」
これだけの芸を仕込まれているのだ。芸を隠れ蓑に、訪う町々で犯罪をしているということはないだろう。
手癖はどうか分からないものの、そもそも我が家に盗まれて困るような物はない。
「その代わり、人形劇を家でも披露してもらいたいんだ」
「そんなことでいいんですか?」
「いや、それがなぁ」
ワシは帰りたいとグズりだした孫を抱き上げて、白状した。
「今日は婆さんの誕生日なんだが、その、な。すっかり忘れちまっててな。プレゼントを用意しとらんかったのよ」
ついでに言えば、プレゼントを買う金もなかった。
悪友たちとのカードゲームで有り金をスっちまったのだ
果たして子供はニカリと笑った。
「よろしくお願いします!」
という経緯で家に連れ帰った子供は、最初こそ家族に警戒されたものの、旅芸人の子供にしては丁寧な物腰のおかげでスルリと懐に入り込んで、夕飯時にはすっかり家族に溶け込んで談笑をしていた。
そうして子供は、騎士と魔法使いの娘の話を披露したのだが。
「実は、このお話には続きがあるんです」
孫が寝入っているのを確認すると、そんなことを言った。
1年。騎士と令嬢の逃避行は、1年しか続きませんでした。
魔法使いに見つかってしまったのです。
「もう楽にしてください!」
拷問の末、瀕死となった騎士にすがって娘は訴えました。
「死にたいということか?」
ジッと魔法使いは娘を見詰めます。
そして矢庭に
ック、カカカカカぅうううぃカカカカカカカっ!
魔法使いは笑いました。
狂ったように笑いました。
笑いながら、おもちゃを取り上げられた子供のように泣きました。
大泣きしたのです。
「そうか、そうかい、そういうカラクリか!」
お前。と魔法使いは、娘を泣き笑いの表情で睨みつけました。
「黄泉の神と契約したな」
ビクリと娘の肩が震えます。
「どうせ我に捕らえられると思い切って、なんと健気なことじゃないか、なぁ?」
同意を求めた先には、ガラスケースに納められている親友の首がありました。
「…してくれ」
それは生きていました。
いいえ。
「もぉ…」
生かされていたのです。
「こぉ、ひてくれ」
魔法使いは鼻を鳴らすと、娘に向き直りました。
「おそらく、契約の内容はこうだ。2人が死したのち、黄泉の国で永遠に共に働く」
言い当てられた娘の顔が青くなります。
その様子を見て、魔法使いの顔から表情が消えました。
「もういい、興味がなくなった。だが。我を裏切ったケジメはつけてもらう」
そう言って、魔法使いは娘の額に人差し指の先で触れます。
「神との契約は絶対だ。我であっても、その契約を破ることは出来ない」
だがな。
「変えることは出来る。重要な言葉こそ無理だが、前後を上書きすることぐらいなら可能なのだよ。そうだな…永遠、おまえは永遠に生き続けるようにしてやろう」
やめて! 娘の声は、けれど自らの悲鳴に掻き消えました。
魔法使いが契約を書き換えた衝撃です。
娘は気を失う寸前に見ました。
愛した騎士が殺されるのを。
娘は気を失う寸前に聞きました。
魔法使いの声を。
「おまえは永遠を生きる。だが神との契約は絶対だ。あの男は死したのちも魂の輪廻の輪から外れ、おまえと共に在るために、現生に転生することだろう。その間隔は100年。しかし、契約には齟齬が生じている。あの男は必ず今日の死んだ年齢、23歳で死ななければならない。いいや、縁を保つために、おまえが自身の手で殺さなければならない。そうしなければ。あの男は二度とおまえの前に現れなくなるだろう」
こうして。
娘は永遠を生きるようになり、100年にいっぺん、騎士と再開し、愛する男を自らの手で殺すようになったのです。
夕暮れが落ち始める。
ガサリ、と草を掻き分ける音がした。
見れば、森の暗がりに煌々と輝く2対の光点が幾つもあった。
ガサリ、ガサリ。音が近づく。
オオカミではない。
ガサリ、ガサリ、ガサリ。
だってその光点は鮮血のように真っ赤なのだから。
森から若い娘を先頭に、幾人もの老若男女があらわれた。
「はやくしないと、死んじゃうよ」
ボクが急かすと、若い女が憎々し気に睨んで、擦れ違いざまにボクの腹にナイフを突き立てた。
ゲホ。血反吐をこぼして、ボクはその場でくず折れる。
痛みに悶えてみせながら、ボクは見ていた。
若い娘が、馬車から落ちた男のそばで膝をつき、その赤く染まった頬を愛おし気に撫でるのを。
「ま、ぼろしか。さいごで。き、みに、あえるだなんて」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
若い娘は言いながら、男にキスをして、その首を今度こそポキリとひねって折った。
見届けたボクは「やれやれ」と起き上がった。
「さすがに手慣れたもんだね。もう23回目…違うか、これで24回目だったっけ?」
「黙りなさい、人間を真似た人形の分際で」
ボクは腹に刺さったナイフを抜き取った。
血は流れない。今は流れないようにスイッチを切っているから。
「ひっどいこと言うなぁ。ボクが人形なら、君は化け物じゃないか」
シャーーーーーーーー!
蛇のように口を開けて、女が赤く染まった眼でボクを睨みつけた。
「お~~~こわこわ。君が思いきれるように瀕死にしてくれっていうから、こなしただけなのに。八つ当たりでナイフを刺されるだなんて割に合わないなぁ」
ボクはプラプラと摘まんでいたナイフを背後に投げつけた。
ドサリ、と何か…いいや、襲おうとした眷属が倒れた音がする。
「向かってくるなら容赦はしないよ。言っとくけど、ボクは強いからね。君と違って不死じゃない村の人たちは全滅しちゃうかもだよ?」
女がボクを睨んだまま、手を振った。
眷属たちが森へと帰って行く音がして、同時に殺気が退いてゆく。
陽が落ちた。
闇になった。
シクシクと女のすすり泣く声だけがする。
風もなく。
虫すらも息をひそめている。
「思うんだけどさ。そんなに悲しいのなら、もうその男を殺すのやめたらいいんじゃないの?」
ピタリと、泣き声がやんだ。
耳に痛いほどの静寂がおりる。
「オマエニ、なにガワカル」
「そう言われると何もわからないと答えるしかないんだよね、しょせんは人形だから。でもさ、ロジックとしては間違ってないと思うんだけど?」
「この人を輪廻の輪に返してしまえば、わたしは一人ぼっちになってしまう」
シクシクと女が泣く。
どれほど経っただろう。
ふと
「ズルイ」
声がした。
憎々し気な。
恨みに満ちた。
ついこぼしてしまった。
そんな声だった。
シクシクと声がする。
やがて朝日が昇る前に、女は遺体を抱えて森へと帰って行った。
見送ったボクも町に引き返すことにした。
馬車に乗って、馬に水筒の水を飲ませてから手綱をとる。
「いい日和だ」
そんなことを口にしてみる。
きっと人間なら、そう言うはずだから。