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6話 脱獄囚、追いかけます

 あのとき、騎士に追われて逃げているときに出会った少女がそこにいた。


「ひっ」


 少女の表情が一瞬で引き攣り、フードをガッとつかんで引き下ろす。そして広場出口、大通りのほうへ駆け出した。


「あっ、ちょっと!」


 ほとんど反射で、少女を追いかけた。するすると人の間を縫って、少女は逃げていく。対して俺は体が幾分大きいから、気を付けないとぶつかってしまう。


 ドンっ


「いてえな!なんだてめぇ!」

「すみませんっ!」


 言わんこっちゃない。コワモテの男性と肩がぶつかって、お叱りの言葉をもらう。俺は謝りつつも、少女を見失うまいとして振り返らずに走り続ける。

 礼儀もクソもあったもんじゃない。そんなことはわかっている。反省ならいくらでもする。今追わないと、後悔する気がする。

 チラッと少女が振り返り、俺が追ってきていることを確認して絶望したような表情になる。ちょっと面白い顔だ。「ゲッ」って声が今にも出そうな。いや、俺には聞こえないだけで実際言っているのかもしれない。


「なんで追ってくるんですかっ!」


 目の前を走る少女が叫んだ。


「なんでって!」


 なんでって、そりゃあ……!


「なんとなくだ!」

「なっ!」


 最悪だ。理由になってない。「一目ぼれしました」のほうがまだ説得力がある。「なんとなく」で少女を追いかける男……うん、逮捕!

 でもやめられない、止まれない。ってその方が犯罪くさい!


「いったん止まってくれ!君に危害を加えたいわけじゃない!」


 やばい、そろそろ体力的に限界だ。苦しい。突然走り出したもんだからすでに脇腹が痛い。喉から血の味がする。つい数時間前まで牢屋にいたせいでろくなもの食べてないんだよ。そんな状態でまた全力疾走ってそりゃないぜ。

 

「……嘘です!恨んでるんでしょう、この前のこと!」


 少し間があって、返答があった。声を聞くに、そんなに疲れてないなこの子。どんな体力だ。

 対して俺は限界だ。もう今すぐ走るのをやめちゃいたい。しかし、力を振り絞って声に込める。


「恨んでない!ことはないけど、気にしてない!こともないけど待ってくれ!」


 ああ、だめだ。もう結構距離がある。この体力で追いつくなんて無理がある。必死でひねり出した声が届いているかも怪しい。いや、届いてないだろうなこれは。

 膝に手をついて、うなだれる。息は整いそうにない。


 はぁっはぁっはぁっはぁっ


 あーしんどい。顔をあげると、すでに少女の姿はなかった。

 ……くっそ。走って何になった。


 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……


 わかったことは、少女のほうもこちらを認識していた、ということか。

 

 はぁ……はぁ……ふぅー……。


 大きく息を吐きだして、無理やり呼吸を整える。

 呼吸はある程度楽になった。ただ、まだ左のわき腹が痛い。

 あーしんどい。


「大丈夫?」


 もう一度膝に手をついて休んでいると、女性の声が聞こえた。俺が声をかけられたのだと気づけず、反応が遅れた。

 見上げると、長い空色の髪を後ろでまとめた優しげな顔の女性が俺の顔を覗き込んでいた。年齢は、俺とそこまで変わらないように見える。格好は……、これはローブって奴だろうか。RPGなんかで見る魔法使い然とした服装。

 覗き込んで俺の黒髪を見たはずだが、彼女がそれを気にしている様子はなかった。「黒髪=犯罪者」と考えている人がすべてではないらしい。


「え、ええ。ありがとうございます。大丈夫です。」

「敬語なんていいよ、たぶん同い年くらいでしょ?」


 フレンドリーな人だな。話し方もどこか親しみやすさを感じる。


「ああ、わかった。」

「それより、誰かを追いかけているようだったけど……、もしかしてフラれちゃった?」


 にやにやしながら聞くことかそれは。性悪って言われても反論できないぞ。


「そんなんじゃないよ。ただの……。」


 ただの、なんだ。顔見知り?いや、そのレベルですらないだろう。初めて会ったとき一緒に兵士から逃げて、そのあと偶然再会した人。これって俺にとってどんな人だ?わからん。


「……なんでもないよ。」


 頼むから掘り下げないでくれ。冤罪とはいえ、脱獄してきた身としては話せることは多くない。都合のいい嘘も思いつけそうにない。


「ふーん……、まあいっか。」


 助かった。


「ま、何でもいいけどね。他人の恋路に首突っ込むとか、僕そんなに性格悪くないし。」

「それは助かる。」


 失恋男って思われてるならその方がいいか。傷心中なんだ関わらないでくれ、ってな。


「んー……んー……?」


 と、もう一度フードの中の顔を覗き込まれた。そして首をかしげている。


「な、なに。」

「んーん、なにも。」


 覗き込むためにかがんでいる姿勢から、今度はすくっと立ち上がって言った。


「困ったことがあったらここに来な。僕に言われて来たって言えば入れてもらえるはずだよ。じゃぁね!」


 彼女はベルトポーチから一枚のカードのようなものを取り出して、こちらへ投げてよこした。そこに描かれているのは……地図……か?


「これは……あれ?」


 顔をあげ、彼女の空色の髪を探すが、見当たらない。一瞬だったはずだ、地図に目を落としたのは。でも、視界のどこにも彼女の姿はなかった。

 しかたなく、もう一度地図を見る。右上に描かれている円の一部のような地形はさっきまでいた広場だろうか。そこから左下に向かって道なりに行った先に、赤い印。ただ、そこに文字はない。カードの裏も確認するけど、なにもない。地図が文字だらけだと困ってしまうが(読めないし)、この地図には文字が全くない。変な地図だ。目的地に何があるのか、わかったもんじゃない。

 それに加えて、カードの上側に青い点がある。明らかに地図の枠の外に、だ。なんだ、ミスプリントか。わからないな。

 とりあえず、名前も知らない彼女は何て言ってたっけ。「困ったらここに行け」だったか。それなら本当に困ったときに……。

 ちょっと待って。もしかして、あの人が牢屋から俺を助け出してくれたんじゃないか?だから俺の黒髪を見ても特に反応がなかったんじゃないか。納得がいく。だとしたら、俺が今すぐするべきは……彼女を探すことだ。

 俺は屈伸をして、体が動くかどうかを確かめる。

 うん、大丈夫そうだ。

 広場とは反対、つまり金髪少女が駆けて行った方へ歩き出した。

 

 ――――――――――――――――――――


 まあ、そう簡単に見つからないよねー。知ってた知ってた。

 水色の髪の女性って結構多いのな、この街。

 1回例の彼女だと思って話しかけたら別人だった。今思えば例の彼女の髪色はもう少し薄い水色だった。しかし遠目に見ると同じ色の髪で、髪型もほぼ同じだった。走り寄って話しかけて、振り返った顔は明らかに違う人。あの時の恥ずかしさときたら……。


 はぁ……。


 結局いろいろ歩き回って、何の成果もなくこの広場まで戻ってきたのである。途中、兵士詰所のような建物を見た時はゾっとしたけど、よく見ると俺が捕まっていたところとは別の建物だった。

 広場の中心部のステージもとい処刑台の設営は、前に来た時からあまり進んでいないように見える。ペースはそこまで早くないようだし、処刑自体はまだ少し先なのだろうか。

 ただ……本当に処刑台なんだな、あれは。それだとまるで、俺が牢屋で見た景色は未来の景色のようではないか。今後起こる未来の出来事。

 いやいや、偶然かもしれない。偶然、牢屋で見た夢の景色が、この広場と酷似していて、状況も似ていた。それだけかもしれない。


 ……本当に偶然か?


 あー、もう!わからん!

 頭の後ろをガリガリとかきむしる。


 ”フォン”


 景色が、変わった。

次話投稿は9月8日21時頃を予定しています。

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