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5話 脱獄囚、通ります

8月22日に更新すると言ったな、あれは嘘だ!

違いますごめんなさい。旅行行ったらそのあとすぐ月末で、なかなか集中して書く時間がなかったんです。

時間は作るものだよって?そのとおりです(´;ω;`)


今回で考察がかなり進みます。この回だけ読めばよくねってくらい、やっとメインテーマに近づきます。

そのため文字多め回ですが、主人公と一緒に現状の考察をしながらお楽しみください_(._.)_

 桃色の髪が風にたなびいている。その髪の持ち主は、俺が近づこうすると背を向けて遠のいていってしまう。


「待ってくれ。」


 そう呼び掛けても、彼女はその歩を止めようとはしない。俺は走っていて、彼女は歩いている。おかしいな、全然距離が縮まらない。むしろ、どんどん引き離されてしまう。


「たのむ、ちょっとでいいから。」


 そう頼んでも、彼女は振り向こうとすらしない。どんどん遠くへ離れていく。最初は手が届くくらいの距離だったのが、まるで嘘みたいに。

 胸が苦しい。息切れじゃない。もっと重く、ねっとりとした苦しさ。

 今すぐにでも、水面に顔を出して、息を吸いたい。でも上がってしまったらもう、彼女には追い付けない。追いつきたいのなら、苦しさに耐えて進むべきだ。

 ああ、しんどい。

 でも、走るんだ。もう後悔したくない。やっともう一度伝えるチャンスを得たんだ。許してもらえるだろうか、謝ったら。追いついて、謝って、許しを得たい。

 

 あの時、俺は何もできなかった。


 ごめん、本当にごめん。許してほしいなんて、ずうずうしいと笑うかい。

 それでも、俺は彼女に――。


 でも、その願いは届かない。もうすぐ、彼女の背中はかすんで見えなくなってしまう。

 いやだ。

 まだ見失いたくない。

 待ってくれ。

 頼むから置いていかないでくれ。

 君の横に居たかった。

 君を笑わせたかった。

 君の笑顔が好きだった。

 君の顔が好きだった。

 君のころころ変わる表情が好きだった。

 小学生のころから言えなかった、たくさんの『好き』を今伝えたいんだ。

 ああ、苦しい。

 でも伝えたい。

 頼む。

 止まってくれ。

 

 願いも空しく、彼女は俺の世界から消えた。


「……熊谷さん……。」


 うなだれて、彼女の名前を呼ぶ。

 そうか、俺は一度も彼女の名前を呼んでいなかった。かすみって、そう名前で呼べばよかった。同級生は皆、かすみって名前で呼んでいたのに。俺は一度も呼んだことなかったな。


「……かすみ。」

「なに?」


 その声にハッとして顔をあげると、そこには熊谷さんがいた。あれほど追いかけた彼女が今、目の前にいる。風が彼女の美しい黒髪を揺らす。ああ、結局一度もかわいいって言えなかった。毎日会って話していたのに、「似合っているよ」の一言も言えなかった懐かしい髪型だ。


「っ……」


 「かわいいよ」そう口に出そうとしたのに、声が出ない。なんだよ、これ。言わせろよ。


「っ……ぅっ……くぅぁ……」


 声にならない。言葉にならない。チャンスなのに。ここを逃したら、もう――。

 手が、俺の肩にかかる。誰の手だ。いや、今はそんなのどうでもいい。今は何としても彼女に、俺の言葉を。

 手が増える。肩だけじゃない。腕に。腰に。足に。頭に。首に。口に。

 口に絡みつく手を引きはがそうとして右手でつかむと、手にねっとりとした何かが付着した。


 血だ。


 黒い。いや、赤い。あの日見た熊谷さんの血だ。

 一瞬、体のすべての力が抜ける。何メートルか、無数の腕たちに引きずられてしまった。

 でも、またふんばってその場に留まる。

 口にまとわりつく手を、左手で引きはがす。

 ここで負けてたまるか。今こそ。あの日伝えていないことを後悔した、今も後悔している言葉を彼女に。今そこにいる、彼女に。


 今度は目に腕がまとわりつく。

 邪魔だ。

 前が見えないだろう。

 両手で引きはがして、目的の彼女の姿を探す。

 しかし、すぐそこにいたはずの彼女の姿はなかった。代わりに、小柄な男の姿。


「……しんのすけ。」


 頭から、血を流している。

 前髪に隠れて表情をうかがうことができない。

 しんのすけは怒っているか。悲しんでいるか。悔やんでいるか。恨んでいるか。

 見えない。

 知りたい。

 教えてくれ。


「ヨウにその権利はないよ。」


 しんのすけの声が響いて、腕たちが俺を引っ張る力が増した。

 俺にはもう、踏ん張る気力も、意味もない。

 俺は腕たちに身を任せ、流されるまま流され――



 ――目を覚ました。

 ああ、本当に寝覚めが悪い。最悪な夢だった。この夢をどこぞの神様が見せたのなら、その神様は性格どブスだ。間違いない。

 どうやら考えているうちに眠ってしまっていたらしい。何を考えていたんだったか。


 えーと……そうか。よくわからない謎の景色について考えていたんだった。景色を見た当時は、それが現実の景色だという確信があったのだけど、今はない。なんでそんなこと確信してたんだろう。

 夢のようなものだろう。それか、このクソみたいな牢屋生活でストレスが溜まって幻覚を見たか。

 幻覚か。ああ、そうに違いない。なんなら、この状況含めて全部幻覚であれ。


 もうやだ……帰りてぇ。


「ん?」


 ふと、視界の端に妙なものが映った気がした。

 よく見てみると、いつも食事が配給される鉄格子の隙間に、パンでも水でもない何かが置かれている。近寄って、拾い上げる。

 二つ折りにされた1枚の紙と、じゃらじゃらした何かが入っている革袋だ。

 先に革袋の中身を確認すると、中には知らない硬貨のようなものが十数枚程度入っていた。一枚取り出してみると、片面には何やら文字列が刻印され、もう片面には誰かの似顔絵があった。相変わらず文字は読めないが、これがこの地域の通貨なのだろうか。

 硬貨を袋に戻して、紙のほうを手に取る。日本で触りなれた、薄くて滑らかな紙とは明らかに違う。表面が結構ザラザラしてるな……これが羊皮紙ってやつなのか。

 

「んなっ!」


 開いてみて、その紙に書かれている内容を見て言葉を失った。


『ようくん広場へ向かって』


 日本語だ。ひらがなと漢字で書かれた、日本語だ。

 ちらっと頭に浮かんだけど、あり得ないと一蹴した可能性が今、復活した。いや、もはや可能性じゃない。確証だ。

 この世界に、この街に、俺と同じ日本から来た人物がいる。しかも、俺を知っている人物だ。この街に来てから、一度も俺は名乗っていない。つまり、元から俺を知っていない限り、俺の名前を知りえない。

 

 チャリンっ

 

 と、紙から何かがこぼれ落ちた。

 予想外の日本語に気を取られて、存在に気づかなかったらしい。拾い上げてみると、何かのカギのようだった。


「カギ?いったい何の……っ!」


 俺は鉄格子に走り寄り、右手にカギを持って隙間から外に出す。そして、扉にある穴に差し込み、ひねる。


 ガチャン


 大きな音を立てて解錠された。

 さび付いた音を立てながら、鉄格子の扉が開く。


「……やった。自由だ。」


 何をしようか、そんなのは後で考えればいい。今はいち早く、太陽の光を浴びたい。

 俺は牢屋を出て左手にある螺旋階段を駆け上がった。


 ――――――――――――――――――――――


 外に出た。

 

 それは良いがどうしようか。言われたとおりに広場へ向かうか。しかし、言われたとおりにする義理は……あるか。助けてもらったんだし。

 ただ、助けてもらった手前疑うのはどうかとも思うが、信用してもいいのだろうか。そう考えるのには理由がある。それは、俺が今出てきた兵士詰所の状態が、どう考えてもまともじゃなかったからだ。

 俺がとらわれていた牢屋は兵士詰所の地下にあったようで、螺旋階段を登った先は交番の事務室のような作りになっていた。脱獄しようとしても、本来なら逃げた先で複数の兵士が待ち受けている。”本来なら”な。

 俺が脱獄するとき、兵士は悉く眠っていた。例外なく、全員。眠ったのか、眠らされたのか。おそらく後者だろう。

 後者だとして、常識的に考えてどう成しえるだろうか。

 薬物?だとしたら何かしら痕跡があっていいだろう。しかし、今回はそれがない。匂いも、床も、壁も不自然なところが見当たらない。

 そもそも詰所内の兵士が全員眠っているとなれば、騒ぎになりそうなものだ。はたから見れば全員気を失っているのだし、俺が「眠っている」と判断したのだって数人がいびきをかいていたからだ。兵士たちの体に目立った外傷はなく、全員が生きていることは確認した。本当なら無視して逃げたいところだったんだが……みなさんそれはもう気持ちよさそうな寝顔でしたとも、ええ。

 ともかく、騒ぎになっていなかったことから察するに、眠らされてからそう時間はたっていない。運よく騒ぎになるより先に脱獄できた、と考えるのは都合がよすぎるか。薬物でも、物理でもなく人間を眠らせる方法……催眠術か、もしくは……魔法。

 ああ、そういえば俺が捕まった時もよくわからんうちに眠ってしまっていたな。あれもなぜあのタイミングで強烈な眠気が襲ってきたのか……。やはり気になるのは、あの時騎士が持っていた謎の紙。眠気が襲ってくる直前、あの紙が輝いたように見えた。魔法で眠らされたとするなら、あの謎の紙が魔法を発動させるトリガーなのだろう。

 しかし……あれを何度も使うのか?

 俺が捕まった時、騎士は詰所から直接走って追いかけてきた。いったん詰所の中に戻っている様子は確認していない。途中で謎の紙を持っている別の騎士に入れ替わった可能性は否定できないし、だとすると話は別なのだが、入れ替わっていないとしたら謎の紙は騎士が常時携帯しているものである可能性が高い。

 そう考えると、連発できないほど希少なものとは考えづらいけど……なんだろう、納得はできない。あの謎の紙以外にも、魔法のトリガーになるものがあると考えたほうがいいだろう。

 というか兵士たちを眠らせた方法が薬物でも、魔法でも現状俺はそれに対抗する手立てを持ち合わせていない。というか魔法だったらどう対抗しろと。無理だろ。

 そして、助けてくれた人物は間違いなく十数人の兵士を”一瞬で”眠らせる手段を持っている。

 そうだ。兵士なんだよ、一般人じゃない。一般人ならまだわかるが、異常事態に対応する術を与えられているはずの兵士が、抵抗した痕跡もなくその場で眠らされていた。そして、前に俺が訪れた時には入り口に甲冑の騎士が立っていたが、今日俺が出てくるときにその姿はなかった。

 そもそも俺を助けてくれた人物は本当に兵士詰所を訪れたのか?硬貨と紙、そしてカギを遠隔的に届けた可能性だってあるじゃないか。

 ……いや、それはないか。それだと兵士たちを眠らせる意味がない。その人物はまず間違いなくあの場所を訪れたのだろう。そして俺が寝ている間に出ていった、と。そうなるのかな。

 どちらにせよ、助けてくれた人物が必ずしも味方とは限らない以上、手放しで信用するのは少々危険だと考えられる。

 魔法があるなら、本人が名乗らなくても他人が名前を知る手段とかいくらでもありそうだし。

 そうすると、助けてくれた人物が全く知らん人物である可能性だってあるんだよな。喜ぶには少し早いな。

 ただまあ、一応指示には従っておこうということで、その「広場」とやらに向かうことにする。ちなみに俺が武器商のオヤジからもらったフードは、事務室の机の上にあるのを見かけたので返してもらった。

 幸い、詰所を出てすぐのところに周辺の地図が描かれた掲示板を見つけた。文字は相変わらず読めなかったが、現在地と「広場」らしき場所の位置を知ることができた。建物とかの縮尺から考えるとそこまで遠くはなさそうだった。

 

 少し歩いた。歩いていて気付いたが、地図があった詰所前に比べて若干人通りが多い。広場に近づいている証拠だろうか。

 お、緩いカーブを描いていた道の先が少し開けているように見える。

 ついに「広場」とやらに到着か。

 ヘビが出るか、ジャが出るか……。


 道を抜けるて見えた景色は、なるほどたしかにこれは「広場」だな。

 街並みがきれいな円を描くように調整されてる。中央付近は芝生が生えていて、逆に円周あたりは花壇が多い。人通りはそこまで多くはないが、老夫婦やカップル、ランニングをしている人や駆け回る子供たちといった様々な人たちの憩いの場となっていることがわかる。


 ……あれ。


 この景色を知ってるぞ、俺。

 またデジャヴか?……違うな、今回は出来事じゃない。なんだ、どこで見たんだこの景色を。

 あたりを見回して、思い出すきっかけになりそうなものを探す。広場をかこうように整えられた円形の街並み。赤、黄、ピンクなど色とりどりの花が咲く花壇。遠くからでも映える芝生。さらに中心部には噴水があって、その前ではイベントの設営だろうか、何やら組み立てている大勢の人々。……イベントの設営……。


 あっ


 思い出した!牢屋の中で見た景色の中で、自分のいたのがまさにこの広場だった。そうだ、間違いない。

 おそらくあの人たちが組み立ているのは景色で見たステージだ。……いやちょっと待てよ。なんで組み立ててるんだ。

 俺があの景色を見たのは昨晩(夜だったかどうかはわからないが)のことだ。それなら今行われるべきはステージの解体のはず……。

 あ、でもまずあの景色が現実の出来事かもわからないのにおかしいもクソもないか。

 とりあえず、あの人々は何をしているのか、確かめたいな。近寄ってみるか。うーむ……。とりあえず、誰かに聞いてみよう。この街の人なら何か知ってるはずだよね。


「すみません」


 俺はちょうど横を通りかかった人に声をかけた。俺と同じくフードをかぶっている。

 俺は誰に話しかける人を選ばなかったことを後悔した。顔は確認できないが、背格好は明らかに子ども。子どもだと街の事情を知らないこともあるだろう。それに、はたから見ればフードをかぶった怪しい男が子どもに声をかけている構図なわけで、通報されてもおかしくない。そうなればまたあの時と同じように追いかけまわされて……。

 とはいえここで引き下がった方が不自然だ。行くしかない。

 

「あそこで何かを作っている人は何を作っているのでしょうか?」


 広場の中心にいる人たちを指さして問う。彼は俺が指さした方を見て言った。


「……あれは処刑台を作っているんじゃないでしょうか。」


 声を聞いて分かった。この子は「彼」じゃなくて「彼女」だ。

 そして、俺はこの声に聞き覚えがある。だから、彼女の返答が俺の予想通りだったことよりも、彼女が俺の知っている人物かどうかが気になって仕方がない。


「……そうですか。ちょっと失礼。」


 本来、というか普通にやってはいけないことをしようとしている自覚はある。フードで隠す、ということは、彼女には頭部を隠したい理由がある。俺だってそうだ。もし俺が通りがかった人に同じことをされたらキレる。どこの非常識ヤロウだ!ってな。

 しかし俺は自制を振り切って彼女のフードをめくって顔を覗き込む。


「やっぱり。」


 金髪に、赤い瞳。あのとき、騎士に追われて逃げているとき、出会った少女がそこにいた。


次話投稿は9/6、21:00を予定しています。

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