1話 クソみたいな称号
後悔先に立たず。意味を説明するまでもない、だれもが知っていることわざだろう。同時に、だれもが一度は後悔をしたことがあるはずだ。もしこうなることがわかっていたなら、あの時あんなことはしなかったのに。そんなことを考えたことが、あるはずだ。
そんなとき人は、後悔しても仕方がない、と気持ちを切り替えて前に進む。二度と同じ過ちは起こすまい、そう心に誓って歩みを進めることができる。
俺はそれが、できない。
あの日。俺の日常が崩れ去った日。俺は「奇跡の生還者」という称号を得た。
欲しくもない。こんなクソみたいな称号。
このクソみたいな称号は、俺が仲間を見殺しにした証明だ。
クラスメイトも、先生も、親友も、好きな人もみんな殺された。なのに俺はこうして、のうのうと生きている。いっそのこと、自分も一緒に殺してくれればよかったのに。
2か月経ったいまも、仲間を蹴落としてまで手に入れた命を手放せない。
毎晩、仲間の亡霊が夢で俺にささやく。
「なんでまだ生きてんの?」
「死のうとするのやめちゃったの?」
「お前のせいだって気づいてる?」
「生きててえらい!」
「やりたいことあったのにな……」
「責任とか感じないわけ?」
「生きていたいって気持ち、わかるよ」
「なんなら殺してやろうか」
「一生恨んでるから……あぁ、もう死んでたわ!」
「奇跡の生還者サマかっくいー!」
「私の気持ちわかる?」
「……」
「せいぜい苦しんでから死ね」
「結局自分で命を絶つ勇気もないんだよね」
「痛かった、痛かった、痛いよ、今も痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「ようくんはそんな人じゃないって……信じてたのに。」
「ねえ、僕は親友だと思ってたんだよ」
時間が解決してくれる?そんなの嘘っぱちさ。
2か月経った今もこうして、毎日苦しめられている。
苦しめられている……か。やっぱり自分は被害者だと思いたいんだな。
それに気づいて、吐き気がする。
オボェっ!……ゥブっゥグぇっ!
……というか吐いたわ普通に。
吐しゃ物が落下していく様子を眺める。
幸い通行人はいなかったようで、ビシャッという音がかすかに聞こえた。
あれは1年生だろうか。校庭で体育の授業をしている。
サッカーかな。楽しそうだ。俺も1年のころやったなあ。
しんのすけが顔面セーブして鼻血出してたっけな。
……もういないけど。
今更ながら、新しい才能を発見してしまった。こうしてフェンスの上に立っていても全くふらふらしない。一歩踏み出せば4階建ての屋上から真っ逆さまなのに、怖くもない。スカイツリーの透明な床に立った時はちゃんと足がすくんだ記憶あるんだけどな。
まあどうでもいいよね。
そうだ、今の俺は違う。
体を動かせなかった俺とは違う。
こうして、一歩を踏み出せる。
景色が90度変わった。
浮遊感。
地面はまだ遠いな。
ふと、思った。
ミスった。ちょっと横にずれてから飛ぶべきだった。このまま落ちたら吐しゃ物の上だ。……まあいいか。
よくないわ。いやだなあ。
あ、今教室の女子と目が合った。知らない子だ。たまたま外を眺めていたんだろう。
もしくは好きな子が校庭で体育をやっているのだろう。
もうすぐだ。もうすぐ、俺はあれだけ望まれた死を……。
ざぶん
予期した衝撃は、訪れなかった。
代わりに落下中とはまた違う浮遊感が身を包んだ。
おい、なんだ、これ。
まるで水の中にいるような、不思議な感覚。声は出ない。というか息できてんのかこれ?
上を見ると、今落ちてきた地面が水面のように揺らめいている。そしてすぐに青に塗りつぶされて、見えなくなった。
暗くはない。むしろ明るい真っ青な世界。
他には何もない……と思っていたら、白い光の粒が自分の周りを漂っていることに気づく。
1、2、3、4、5、6、7……ああもう動いてるせいでわかんない!
少なくとも30はいるな。
暖かい。まるで海を漂っているかのような。いや、漂った経験なんてないんだけど。本当に、漂ってみたらこんな感覚なのだろう。
ただ、違うことがあるとすればそれは息苦しさがない、ということ。
息をしなくてもいい世界?
それはまさしくあの世じゃないか。
とか思っていると、周りを漂う光たちが自分を中心に回転を始める。回転はどんどん加速し、もうすでに目では追えない速さになった。軌跡の始まりと終わりがつながって、円環をなしたとき、俺の脳内に景色が飛び込んできた。
それは紙芝居のように数秒でほかの景色へと変わる。
ああ、そうか。これがいわゆる走馬灯というやつか。
聞いていたよりも余裕をもって見せてくれんだな。
……あ、熊谷さんだ。……次はしんのすけか!……いやこの子は誰だ。金髪に赤い瞳の幼女?覚えてないな。あっ変わった。……これは路地裏?……これは協会か?……
どれだけの時間そうしていただろう。どれだけの場面を見せられたのだろう。
ただ驚いたことに、見せられた景色の大半に見覚えがない。どうやら神様は俺じゃない誰かさんの走馬灯を見せてしまったらしい。
気づくと、回転してた光たちは姿を消していた。あたりを見回しても、どこにも見当たらない。ちょっとうっとおしいなと思っていたとはいえ、いなくなれば少し寂しいものだ。
寂しい、か。生物でもない単なる光に心を寄せていたなんて、ちょっと笑えて来てしまうな。
フワッ
「ぉわっ!」
水中のような妙な安定感が消え、ついさっき感じた落下感覚が戻ってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やばい!怖い怖い怖い怖い怖い!
下を見ても全く地面が見えない。落下するのは迫る地面が見えるから怖い?そんなの嘘だ!
いつの間にか、景色が見渡す限りの雲海に変わっていた。
ああ、きれいだ。
景色の美しさに心を奪われて、さっきまでの恐怖が……なくならない!怖い!
雲を突き抜け、さらに落ちる、落ちる、落ちる。
スピードはどんどん加速する。それにつれ、顔に当たる風もどんどん強くなる。
耐えられなくて、目を閉じた。
次の瞬間。
バシャンっ!
顔をあげるとそこには、見知らぬ街並みが広がっていた。
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