0話 麿屋 陽
しょっぱなから残酷な描写あります。
苦手な人は頑張ってください。
男なら。
誰でも一度は想像したことがあるのではないか。
『もしこの教室にテロリストが入ってきたらどう撃退してやろうか』
答えを教えてやろう。動けないんだよ、誰一人として。
男らしく。
その表現は不適切なんじゃないか、そう叫ばれる世の中だ。
男らしく、あの子を守って。
男らしく、奴らを撃退して。
男らしい、とみんなから称えられるんだ。
そんなものは幻想に過ぎないよ、とみんなは笑う。それを男は理解してる。幻想だって理解してるから。笑われる自分は男らしくないから。その妄想を口に出したりしない。
いや、口に出すことがおかしいって話をしているわけではないよ。むしろ、逆風に逆らうことができるなら、逆らって口に出せる勇気があったなら、どんなに良かっただろうって。
……そう、後悔してるんだ。
最初に殺されたのは校長先生だった。俺が所属する1年A組の教室まで案内をさせられ、到着した瞬間その役割を失ったのだろう。
パン
乾いた音が響き、ドサッと倒れこむ音を聞いても、俺の脳は状況に追い付いていなかった。
古文の授業中だった。突然教室の前の扉が開いて、校長先生と5人組の黒ずくめの男たちが入ってきた。次の瞬間、これだ。
嗅ぎなれない、運動会のピストルとはまた違う妙なにおいをかぎ取って初めて、脳みそが追いついた。
悲鳴が上がった。
先生が何かを怒鳴っていたと思う。
先生を含め教室にいた全員を混乱に陥れたのは一発の銃声であり、全員を現実に引き戻したのもまた、一発の銃声だった。
パン
眉間を撃ち抜かれた先生が、前に倒れる。
真っ先に悲鳴をあげたのは、隣の席の熊谷さんだった。
そしてまた銃声が響き、熊谷さんは顔面から机に突っ伏した。
彼女の頭から流れ出ているのは、黒い液体だと思った。しかし、光に当たったそれは赤く、血であることに気づいた。
目の前でクラスメイトが撃たれた?
今こそ、妄想の成果を発揮するべき出番だろうに。
俺の中で守りたい女の子は、彼女だったのに。
男らしい、とだれよりも称えてほしかったのは、彼女だったのに。
「次は自分が撃たれるかもしれない」そうおびえていた。
あれだけ妄想したヒーローはどこだ。
扉が開いて、奴らが見えた瞬間に動き出せなかったのか。
もしかしてドッキリだと思ってた?
そうだ、ドッキリだったら自分は場違いもいいところだ。俺の”選択”は間違っていなかった。
……”選択”?
いいや、動けなかっただけだ。
何をかっこつけている。
選択する余裕なんてなかったくせに。
自分の身を守ることしか、できなかったくせに。
親友も、見殺しにしたくせに。
好きだなんて、言える覚悟もなかったくせに。
動けなかったくせに。
動こうともしなかったくせに。
こうやって言い訳ばっかしてるくせに。
言い訳をして、許される道を探してるくせに。
許されることなんてあり得るわけないのに。
許してくれる人も、みんなもういないのに。
後悔してもしかたないのに。
もうチャンスが訪れることなんてないのに。
みんなからチャンスを奪ったのに。
みんなは後悔する間もなく殺されたのに。
俺はこうして、
後悔して、
かっこつけて、
悔やんで、
正当化して、
逃げて、
恨んで、
被害者面して、
言い訳して、
逃げ道を探して、
祈って、
許しを請うて、
夢に見て、
恨まれて、
死を願われて、
信じられなくて、
夢だと信じて、
目をそらして、
思い出して、
後悔して、生きているんだ。