第91話
◆岸元美晴 視点◆
引き払ったアパートの不要な荷物は実家に送っていたのだけど、うっかり大学で使うものも紛れさせてしまっていたことに気付いた。
それが春華ちゃんと夏菜ちゃんとビデオチャットでやり取りした日の翌日の夜で、明けた水曜の昼に実家へ戻ってきた・・・リビングの方から話し声が聞こえてきたので覗いてみると・・・
「ええ、そうですね。岸元さんが言ってくれた通り、同じ高卒認定という目標を持っている岸元さんと一緒で効率よくやれていると思います」
「そうでしたか、おふたりは同じ問題を抱えていたりもするので協力し合えているのなら担任としてほっとしますね」
二之宮さんと、薄っすらと見覚えがあるだけだけど美波の担任ということは塚田先生ってことよね?
何を話しているのかしら?
「そう言えば、先生って、夏休みに入る直前くらいに高梨先生を尾行していたことがありましたよね?」
は?この娘は何を言っているの?
そんな面と向かって『ストーカーしていましたよね?』と尋ねるなんて、考えなしも過ぎるわよ。
話を逸らすことを目的に踏み入ることにした。
「ただいま、美波。二之宮さんと、えーと美波の担任の塚田先生ですよね?」
「お邪魔しています、美晴さん」
「美波さんのお姉さんですね。
秀優出身とは聞いていましたが、在学中は接点がありませんでしたよね。
ご存知かとは思いますが、美波さんが困らないようにフォローをさせていただきますのでよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ妹のことよろしくお願いいたします」
「お姉ちゃんは何しに来たの?」
「アパートを引き払った時に使わないものをこっちへ送ったけど、間違って大学で使うものもこっちへ送ってしまっていたことに気付いたから取りに来たのよ。
こっちへ顔を出したついでに美波とも話をしていこうかと思ってたけど、先生がお見えならまたの機会にするわね」
「いいよ。先生は様子を見に来てくれただけだって話しだから大丈夫だよ。
むしろ、先生も冬樹のこと聞きたいだろうし、せっかくだから先生にも教えあげてよ。
ね?先生もその方が良いよね?」
「そうですね。神坂君のお話を聞かせてもらえるならありがたいですね」
とりあえず、妹のやらかしを誤魔化すことができたようでほっとした。
◆塚田智 視点◆
岸元さんから、高梨先生を尾行していたのかと尋ねられ焦った。僕はそんな事をしていないものの、誤解されても仕方がない振る舞いもあったように思うからだ。
僕は純粋に高梨先生の事が心配だったから陰ながら護衛していたに他ならず、護衛を行なっただけなのだから尾行など行っていない。
しかし、それらの区別がつかない人間がいるのも事実で変に状況証拠を揃えられてしまうとそれだけで犯罪者扱いされてしまう。
何とか誤魔化せねばと思っていたところに岸元さんのお姉さんがちょうど帰宅されて話を誤魔化せる流れになった。
しかも、神坂君の今の状況も知っているということで少し話を聞かせてもらえた。
転居先で充実した生活を送っていて、不信感から不和となっていた自身の姉妹への負の感情も緩和していてビデオチャットでの交流を行い始めたとのことで、近日中に岸元さんともビデオチャットでやり取りする予定だという。
ただの息抜きのつもりでの訪問だったけど思った以上に収穫があり良かったと思う。
ただ、岸元さんが尾行と誤解していた具体的な内容については藪蛇が怖くて聞けなかったのが不安ではあるが・・・
◆二之宮凪沙 視点◆
計算外の美晴さんの帰宅だったものの、美波さんの空気を読まない塚田先生への質問を有耶無耶にしたのは良いタイミングだったと思う。
あのまま塚田先生が逆ギレでもして暴れ出しでもしたらと思うと、美晴さんには感謝せざるを得ないです。
幸い塚田先生も聞かなかったことにしたのかその件に触れることなく冬樹の話まで含めて一通り終わったら帰っていった。
その後、美晴さんも予定より長い時間滞在してしまっていたからと、すぐに必要な荷物を持って出ていくとの事だったので、塚田先生と話をして疲れたという理由で美晴さんと同じタイミングで岸元家を出て、駅で別れた・・・と言う体で美晴さんを尾行した。
とある駅に着くと美晴さんは下車したので、私も続いて下車し尾行を続けたら駅からさほど離れていないマンションに入っていった。
他に誰もいないエレベータへ乗って上がっていったので降りた階を確認し、エントランスの集合ポストを確認すると美晴さんが降りた階の一室に【神坂・岸元】と書かれたポストがあることを確認できた。




