第89話
◆岸元美波 視点◆
病院へ行った翌日も朝から二之宮さんが岸元家まで来てふたりで勉強をしている。
春華ちゃんが学校へ行ってふたりきりになったこともあり、わたしも二之宮さんの家へ行くと言ったのだけど、二之宮さんは今ご家族と気不味い状況なので来て欲しくないとのこと。むしろ、岸元家へ来ることで家に居ないで済むので迷惑でないなら今後も通わせて欲しいとのことだ。
わたしとしても一緒に勉強してもらえるのは歓迎なので当面は岸元家で一緒に勉強する様になると思う。
既に定着しつつあるお昼ごはんの雑談のやり取り。
「岸元さん、何か機嫌が良さそうに見えますけど、良いことでもあったのですか?」
「あっ、うん・・・そうだけど・・・」
さすがに二之宮さんに近日中に冬樹とビデオチャットする予定ができたと言うのは気が引けるので言葉を悩んでいたら・・・
「もしかして冬樹君に関係することですか?」
図星を指されてしまったのでさすがに誤魔化せないと思い正直に言うことにした。
「近いうちに、冬樹とビデオチャットをできることになったんだ・・・」
「良かったじゃないですか!」
「え?あ、ありがとう」
まさか満面の笑みで良かったと言ってもらえるとは思わなかったので返答に窮し吃ってしまった。
しかし、二之宮さんは気にした風もなく続ける。
「ビデオチャットということは春華さん達も一緒で、向こう側には美晴さんもいらっしゃる感じでしょうか?」
「多分そうなると思う」
「ならチャンスですね!」
「チャンス?なんの?」
「役者が揃っているのだから岸元さんの正当な権利を主張するんですよ」
「正当な権利?」
「冬樹君を返してってお姉さんに言うんですよ!
そもそも何もなかったら岸元さんが冬樹君とお付き合いをしていたんですよね?」
「それはそうなったと思うけど、二之宮さんはそれで良いの?」
「私はどうせ付き合える可能性なんかない浅い付き合いしかないんですから、仲良くなった岸元さんとお付き合いをしてくれた方がまだいいかなって思えるんですよ」
二之宮さんの話を聞いて『なるほど』と思った。
わたしが冬樹と付き合って、一部を二之宮さんに還元すればWin-Winになる。
彼氏になった冬樹も彼女のわたしの友達を無碍にはしないだろうし、これはみんなにとって良い話なのでは?
お姉ちゃんだって、元々わたしのために身を引くつもりで居たんだし、ちょっと前までに戻ると思えば悪くないと思う!
「そうだよね。お姉ちゃんも一緒だろうし、冬樹を返してって言ってみるよ。可愛い妹のお願いなんだからきっとお姉ちゃんも聞いてくれるよね」
「そうだと思いますよ。美晴さんとは何回かお会いしたことがありますけど、家族想いの優しい方だという印象ですよ」
「きっとうまくいくよね!
そうしたら、二之宮さんもちゃんと冬樹に紹介するね」
◆二之宮凪沙 視点◆
確証はないけど、冬樹と美晴さんは付き合っていると思って行動するべきだと思っていたところに思わぬチャンスが転がってきた。
岸元さんが冬樹とビデオチャットでやり取りするのだという。
理由はわからないけど、春華さん達とやり取りをしても問題が起きていないからステップをひとつ進んだ程度の判断かも知れないのであまり気にせず、とにかく岸元さんに引っ掻き回してもらうこと様に誘導するのが肝要だ。
案の定、私がする話から自分に都合の良い部分だけ摘み食いをしてシナリオを作り、それが現実味のあるものだと思い込んでいるようだ。
どう考えても、今の段階で冬樹が岸元さんに振り向くとは思えないし、美晴さんと付き合っているかそのすぐ手前くらいまで関係が進んでいると考える方が自然だ。そこへ岸元さんが『冬樹を返せ』と言えば、間違いなく荒れるはずだし、どんなに悪い結末になってもせいぜい岸元さんが美晴さんや神坂姉弟妹に見限られるくらいで私のデメリットはない。
岸元さんを軸に関係が悪化すれば美晴さんとの関係も連動して悪化させ易いだろうし、更に言えば美晴さんや神坂姉弟妹に見限られて孤立したら岸元さんは私へ依存をしてくるだろう。そうなったなら手駒にすれば良い。今後の対岸元美晴を考えた時にその妹が手駒にあるというのは便利だ・・・知能はともかく。




