第86話
◆二之宮凪沙 視点◆
「なんでそんな事を言われないといけないの!
二之宮さんなんか自分が冬樹と付き合いたいからって、鷺ノ宮くんを騙して言う事を聞かせるようにしたんでしょ!」
「あら?どうしてそんな事を思ったんですか?」
岸元さんと一緒に勉強を行うことにして2日目の今日は、冬樹の双子の妹である春華さんが学校へ行くということで岸元さんとふたりきりだった。
昼食まではこれと言ったやり取りもなく、時折わからないところを質問し合って・・・と言っても、岸元さんから質問をされるばかりで私からはしていないけど・・・昼食を摂りながら行った会話で冬樹との関係性でマウントを取られている感じが不快だったので思わず言ってしまってからの流れで核心に触れてこられて冷静さを取り戻せた。
しかし、岸元さんは思慮が足りない印象ではあったけどなかなか鋭いのかも知れない。とりあえず、今は慎重にならないといけないわね。
「さ、鷺ノ宮くんがそんな事を言っていた」
「そう、隆史が言ってたの・・・
それで、隆史が言っていることが事実だという確証はあるのかしら?」
「それはないけど・・・」
やっぱり思慮が足りない人みたいね。証拠もなしにここで言ったところで何にもならないというのに。
むしろ、そういう話を岸元さんが知っているということを私は織り込んで考えることができる。
岸元さんから神坂姉妹に伝わるだろうし、更には姉の美晴さんやその先にいる冬樹にだって伝わるかも知れないと想定して私は考えることができる。いや、逆に夏菜さんが疑っていて、その話を聞いた受け売りかもしれないですね。
「なら、軽々しくそういう事を言わないでもらいたいですね」
「それは・・・ごめん・・・」
「わかってもらえたならそれ以上は言いませんよ。
私としては岸元さんと仲良くしたいと思っているんですから」
このタイミングで岸元さんのスマホが電話の着信をした。
「どうぞ、私のことは気になさらず出てください」
「ありがとう。じゃあ、出させてもらうね。
もしもし、岸元です・・・
すみません。金曜日は寝ちゃってました。
え・・・そんな・・・
検査結果を連絡ですね・・・」
この様子だと、隆史達の誰かが梅毒だった件についてだろう。
電話で話をしている岸元さんの表情は冴えない感じだ。
「わかりました、よろしくお願いします。
はい、それでは失礼します・・・
二之宮さん、おまたせ」
「大丈夫ですよ、待たされたなんて思っていませんから」
「ところで、今の電話はわたしを集団で襲ってきてたサッカー部の何人かが梅毒だったという話なのだけど、二之宮さんには連絡が来てる?」
「ええ、金曜日にありましたよ」
「検査しに行ったの?」
「いいえ、まだですね。匿名かつ無料で検査してくれる都の施設が新宿にあるので予約しようと思ったのですけど、予約枠がいっぱいでかなり先になるみたいなのでどうしようか悩んでいます」
「そうなんだ。電話でその施設について教えてもらったけど、検査してもらうのに時間がかかるのなら病院とかで検査した方が良さそうだね」
岸元さんは本当にちょろいですね。心理的に不安になったからなのか、電話の前に言い合っていたことをもう忘れている。その方が私にとっては都合が良いわけですけど、うちの高校に入れるくらい勉強ができるのに頭はあまり良くない様ですね。神坂姉弟妹のおかげなのかも知れないと思わされます。
「ええ、その方が良いかと思っています。
本当に罹ってしまっているのなら早く治療しないといけませんし・・・」
「そうだよね・・・でも、病院へ行くの怖くない?
検査する内容が内容だから気不味いし・・・」
「なら一緒に行きますか?
私ならまったく同じ条件ですし、注目されるにしてもふたりに分かれますよ」
「たしかに・・・二之宮さんが良いなら、一緒に行きたいかな・・・」
「ええ、ぜひそうしましょう」
本当にこの娘、大丈夫かしら?
まぁ、その方が私は助かるわけですけど・・・
岸元さんと相談し、明日の午後にふたりで病院へ行くことになった。
夕方戻ってきた神坂姉妹にその話をしたところ、春華さんは岸元さんへ対して露骨にどうして『二之宮との関係が深まっているのか?』と言いたげな表情を浮かべていたし、夏菜さんも表情があまり動かないながらも内心では春華さんに近い事を言いたげな表情を岸元さんへ向けていたので、私へ対しての考察が固まっているのか或いは情報を掴んでいるのかも知れない。
特に夏菜さんは色々と見通している様なところがあるので怖くもなる。
そして、春華さんは問題なさそうだから明日からも学校へ行くという事なので、しばらくは岸元さんとふたりで行動することが増えそうね。




