第71話
◆岸元美晴 視点◆
高梨先生のご友人の赤堀さんが職場を追われ、連動してご両親ともすれ違ってしまったために冬樹くんと住むこのマンションに身を寄せてきた。
人との距離の詰め方など強引に感じるところはあるものの雰囲気を察して引くべきところは引くので嫌な感じはしないし、冬樹くんじゃないけど知らない仲ではないので助け合いというのもわかる。
それにご両親にすらカミングアウトしてなかったくらいにはデリケートなことなのに打ち明けてもらったのだから、その信頼に応えたいという気持ちも湧いてくる。
前はお酒が入っていたから暴走気味ではあったけど今日はそんなこともなく、テンションが高めなもののそれは元々がそんな感じなのだろうなという雰囲気で、特にからかわれたりすることもなく何気ない雑談を冬樹くんと3人で少し交わしたくらいで就寝する時間になった。
横になり目を瞑ってみたものの寝付けずしばらくそのままでいたら、部屋の外から物音がしたので耳を澄ませていたら扉の開閉音が聞こえてきた。
内容は聞き取れないものの赤堀さんの声がして、その内反応を示す冬樹くんの声もしてきた。様子からすると赤堀さんが冬樹くんの部屋へ行き声を掛けて起こしたのだと察せられる。
ふたりのやり取りが気になってしまい、物音を立てないように冬樹くんの部屋の前へ行き中を窺った。
「自棄になっているだけですよ。みゆきさん、俺のこと好きでもないでしょう?」
「そんなことないわよ。冬樹なら良いと思ったから、こうやってお願いにきたのよ」
「それにしたって・・・抱いてなんて軽々しく言うものじゃないですよ。
俺たち、まだ会って2度目ですよ?」
「あら、一目惚れって言葉もあるし、世の中には会ってその日にセックスする例なんていくらでもあるわよ」
「それはあるかもしれないですけど、俺はそんな軽々しくそういう事をしたくないんですよ」
赤堀さんが冬樹くんに迫っているようで止めに入ろうかと思ったら・・・赤堀さんが泣きはじめたので様子を見続けることにした。
「あのね、私は百合恵だけがずっと好きだったの。
キスもしたいし、抱きしめたいって思ったのも百合恵だけなの。
でも、迷惑をかけたくなかったから想いをずっと秘めてたの。
他の女になんか興味も何もないのに、私が誰にでもそういう目で見ていると決め付けて」
「そうですよね。俺も好きな人以外はそういう目で見ていないですね。
ちょっと前までの話ですけど、美波以外は目にも入っていなかったです」
「やっぱりさ、冬樹に抱いて欲しいな。
同情でも性欲をぶつけるのでも何でもいいからさ」
「そんな事を言われても・・・」
「お願い。心に空いた大きな穴を埋めて欲しいの」
それから冬樹くんと赤堀さんがポツポツと言葉を行き来させたら、冬樹くんが折れて互いに慰め合うようなコミュニケーションを取り交わし始めた・・・
その間に何度部屋に押し込んで止めようと思い、留まったのか数え切れないくらい繰り返している間に頭が真っ白になってしまった・・・気が付けば部屋の中から物音がしなくなったので、頭が考えることを拒否したまま本能のままに自室へ戻り横になった。
気が付いたら顔が涙でグシャグシャになっていて目頭が熱くなっていた。
◆赤堀みゆき 視点◆
冬樹とシてしまった。
ドラマや映画なんかで精神が不安定な時にそういう事をしてしまうという描写は見たことがあったし、少ないながらも学生時代の友人や職場の同僚からもそんな話を聞いたりして知識としてはあったけど、自分もそういう風になるとは思っていなかった。
今までずっと百合恵が好きだと思っていたし今だって百合恵のことが一番好きだと言えるけど、冬樹は別の意味で好きだと言える。
今になって考えると強引に迫ったから抱いてくれたけど、私の気持ちを押し付けてしまったのは申し訳なくも思う。けれど、私は救われた気持ちだしこの冬樹への好意の奥にあるもの感情が何なのかもわからないものの久しぶりに安心できた。
それにしても、ゴムの用意はしているのかと思ったらそんなこともなく、それどころか私が冬樹の初体験の相手になったとは・・・今更ながら美晴ちゃんには悪いことをしてしまったわね・・・




