第269話
◆鷺ノ宮隆史 視点◆
「だからね!本当の気持ちを教えてほしいんだ!」
美波から突き付けられた言葉に動揺していた。
確かに凪沙が気になっているのは間違いない・・・むしろ、今の美波の問いかけではっきりとわかったけど俺は凪沙に惹かれている。
しかし、それとこれとは話が違うと思う。
俺は俺のしでかしたことで美波や梨子や芳川さんへの贖罪を続けなければならない立場で、恋愛にうつつを抜かすなど許されることではないはずだ。
とは言え、今の美波は正直に思っていることを言えというのだから素直に答えるしかないように思う。
「美波が言うように凪沙に対して好意的に思う気持ちはあるし、恋愛感情かと言われればそうかも知れない・・・けど」
「やっぱり凪沙さんにことが好きなんだね」
「いや、だから・・・俺は・・・美波を幸せに・・・」
「たしかにね。隆史君の・・・鷺ノ宮君のせいでサッカー部にひどいことをされたし、他に言えば冬樹と恋人関係になれそうだったのを壊されたとも言える。
それでひどく傷付いたのは事実だし、鷺ノ宮君を許せないと思ったこともあった」
「だからっ、俺はっ!」
美波が何を言いたいのか理解できてないけど、何かを言わなければと言う先走った気持ちから咄嗟に声が出てしまった。
「それでもね。鷺ノ宮君だって幸せになる権利はあると思ってる。鷺ノ宮君だってサッカー部の先輩たちに無理やり状況を作らされたわけだし、ただ悪意を持っていたわけではないってわかっているし。罪を償おうという気持ちを持ってくれている事もわかってる。だから・・・」
美波にはあの時の俺の状況を言ったことはなかったけど、見抜かれていたようだ。
「友達として鷺ノ宮君にも幸せになってもらいたいと思ってる」
そう言い切った美波の表情は嘘や誤魔化しなど感じさせないもので、本心からそう思っていると感じさせる。
1年前の彼女を恋愛感情で好きだった時に見せられていたら、美波を好きな気持ちは揺らぐことはなかったと思う・・・『人の心はままならない』というありきたりな言葉を実感した。
美波が梨子と芳川さんに説明をして納得してもらうとして、週末に話し合いの場を設けることになった。
芳川さんが男性恐怖症になってしまっているとのことで、他の男が居なくて芳川さんのお兄さんが車で送迎しやすい場所ということで神坂の家に集まる事となった。
俺は芳川さんへの心理負担を考え少し早い時間に入り、リビングの隣の部屋で様子を見守ることに。
神坂は自分は話を聞かない方が良いだろうと話し合いが終わるまで実家へ行っているそうで、この家には美波と美波のお姉さんと梨子と芳川さんがリビングに、俺がその隣の部屋にひとりで居る状態だ。
最初は美波が凪沙の名前を出さず、俺が他の人に恋愛感情を持ったことを説明しそれを認めて欲しいと訴えた。
芳川さんは俺の名前を聞いた瞬間に恐怖心を表情に出したものの、美波の言うことには異を唱えず納得をしてくれた。
問題は梨子で、
「隆史が他の女を好きになったから私に諦めろっていうの!?」
「結論としてはそうなるけど、鷺ノ宮君の事を考えたらわたし達が縛るようなことはするべきじゃないと思うんです」
美波はあの時から俺のことを名前から名字へ呼び方を変えていて、この場においてもそれは続いている。
自分の気持ちが原因だと言うのに美波のその距離が離れてしまったような変化はさみしく感じる・・・それが贅沢な思いだと言うのに。
「でもっ!隆史のために我慢して!我慢して!我慢を重ねていた私はどうすればいいの!
岸元さんが諦めるなら私に隆史をちょうだいよ!
なんで別の女に譲らないといけないの!
岸元さんだって私より我慢した時間は少ないって不満があるのに、それこそどこの誰だか知らないけどそんな経験をしてない女に盗られたくなんかない!」
それからも梨子は感情をぶつけるかのように自分の主張を繰り返したが、言葉を尽くしたからか落ち着いてきた。
その梨子が落ち着いたタイミングで芳川さんは俺にはもう関わりたくないから今後はこういうことでは呼ばないで欲しいと言い残して帰っていった。
彼女からすればあって然るべき気持ちではあるけど、すごく慕ってくれていた彼女にそんな拒絶される事をしてしまったことを再認識して気持ちが沈んだ。




