第261話
◆藤堂詩音 視点◆
幼馴染みの幸博を追いかける形で地元の長野を離れ東京の秀優高校へ進学し、その生活の拠点として都内に一人暮らしをしている叔母の家に居候させてもらい始めた。
叔母さんもとい佳さん・・・佳さんから名前で呼ぶ様に言われている・・・はアニメ声優として人気がある人みたいなのだけど、長野の実家には全然帰ってこなかったので接点もなく、薄っすらと独身のお父さんの妹がいるくらいしか知らなかった。
今回の居候させてもらう話をするまで私に父方の叔母がいることを忘れていたし、家族も佳さんのことについては何も言わないのでそれが当たり前だった。
だから、東京へ進学するなら東京に住んでいる叔母さんの家に居候するようにといきなり言われた時は本当にびっくりした。
お父さんからしたら妹かもしれないけど、私からしたら全然知らない大人だから東京へ進学するための条件としてしょうがないにしても『どんな人なのか?』とか『うまくやっていけるのか?』すごく心配だった
お正月に挨拶で上京して顔を合わせた時に優しそうな人となりを感じられ、ある程度は心配する気持ちがなくなっていたけど、それでもほとんど知らない大人なので一緒に生活を開始するまでは拭いきれない不安が残っていた。
中学を卒業して3月の終わりに佳さんと同居を開始すると、私が想像していたよりも何十倍も歓迎してくれて何百倍も可愛がってくれて嬉しいを超えて困惑しっぱなしだった。
佳さんは第一印象から朗らかな優しさを感じさせる人だったけれど、それだけでなく面倒見もよくて過剰なくらいに身の回りの世話をしてくれている。
自分のわがままで同居させてもらうのだから家事は全部私がするつもりでいたけど、佳さんは『学生のうちは目一杯遊んで目一杯勉強すればいいの』と家事はしないで良いと言ってくれている・・・とは言え、本当に何もしないのは気が引けてしまうので、少しはやらせてもらっていて『それで詩音ちゃんの気が済むなら良いけど、遠慮はしないでね』の言葉に甘えさせてもらってもいる。
家でのやり取りだけでなく佳さんがパーソナリティを務めているラジオ番組の中で『今年の春から同居を始めた姪』の話を毎回していて、佳さんのファンの間で今一番の話題になっている。インターネットで佳さんの話題を検索すると、佳さんがラジオで話したりSNSで投稿した私に関する話があちこちで書かれていて気恥ずかしい気持ちにもなる。
そんな佳さんが私の制服姿を初めて見た時に『その制服、唄ちゃんと同じ高校だね。前に聞いてたのに見るまで忘れてた』と言った。要は現役高校生声優の愛島唄さんが秀優高校の先輩にいるということで、ちょっと気になっていたりするけど、元々アニメ声優に詳しいわけではないのでご縁があったら佳さんの話をしようと思っているくらいでまだお会いしたことがない。
その高校生活は幸博と同じクラスなのを筆頭にうまく回っていると思う。長野の田舎から進学しているのは私と幸博くらいで、他は都内の近場からの進学で人間関係が出来上がっているのかと思っていたけど、東京は人口が多いからかすぐ近くの中学に通っていた同士でも接点がなくて、それでいて色々な中学から生徒が集まっているからそれぞれは進学前からの知り合いはあまり多くなくて、友達作りは大きなハンデがない状況だった上に、生徒会長で校内でも人気がある春華さんが幸博と一緒に私のことも気にかけてくれていたので、むしろ話しかけてもらえることが多くてクラスでも一番大きなグループの仲間に入れてもらえている。
春華さんは恋のライバルではあるものの気遣ってくれる良い先輩なので、幸博が好きなのが理解できるし複雑な気持ちになる。
幸博が春華さんを目当てに生徒会執行部に参加するのに合わせて私も参加し、幸博だけでなく私も春華さんと近くなっていて、知れば知るほど春華さんの魅力を発見して恋のライバルの強さの前に早くも心が折れそうになってしまっている。
どうにか幸博にアピールしたいと佳さんに相談をしたら、学校ではできないお化粧をして見せて今までにない一面を見せれば良いとアドバイスをしてくれた上に、佳さんが懇意にしているプロのメイクさんに手ほどきをしてもらえる機会まで作ってくれた。
ゴールデンウィークの初日の早い時間から佳さんがイベントの仕事でその懇意にしているプロのメイクさんにメイクをしてもらうついでに私のこともお願いしてくれて、実際にメイクを教えてもらいながらお化粧をしてもらった。
間違いなく15年付き合ってきた自分の顔なのだけど、本当に自分の顔なのかと驚くくらいに見違えててメイクの凄さに気持ちが震えた。
メイクの方法を教わりはしたけれども、プロに直接お化粧してもらった今日のこの姿を幸博に見せたいと思って幸博が住む春華さんのマンションの近所まで行き幸博に電話した。
「もしもし、幸博?
今日会えないかな?
・・・ごめん用事があった?
・・・考えなしに家の近所まで来ちゃった・・・ごめん、帰るね・・・」
メイクに浮かれていたのと長野に居た時の感覚もあって幸博の都合を考えずに家まで押しかけてしまったことに気付いて、急に気持ちがしぼんでしまった。
『詩音!・・・詩音?・・・聞こえてるか?』
「ごめん、聞こえてる。
幸博の都合も考えずに来ちゃってごめんね。
私、このまま帰るから気にしないで」
『そんな事気にするなよ。せっかく来たんだから。
それに用事と言っても春華と美波さんの家族でバーベキューやってるだけだし、場所も冬兄の家だからすぐ側だし詩音も寄ってけって』
「いいの?」
『おう、皆さん良いって言ってくれてる。今から迎えに行くけど、今どこにいる?』




