第257話
◆岸元美波 視点◆
隆史君が東京へ戻ってきてから春休みの間はできるだけ予定を合わせて会うようにして、新学期が始まる前日の今日も一緒に勉強するために待ち合わせて図書館へ来ていた。
「隆史君は相変わらず優秀だね」
「そうかな・・・働いていた時は残業がなくて、夜や休みはほとんど勉強していたからそれで学力は維持できていたんだと思う」
「そっか、ずっと頑張ってたんだね」
「それ以外にやることがなかったから・・・」
「こ、これからは一緒に他のこともやって・・・勉強も続けていれば現役で良い大学へ行けるし、一緒に頑張ろう?」
「そうだね。何をするにも今やれることをやるしかないね」
何を話しても落ち着いていてそれはそれで格好良いのだけど、重く反省している様が息苦しさを感じているようにしか思えなくて、どうすれば少しでも隆史君の気持ちを軽くしてあげられるのかわからない。
甘いのかもしれないけど、ずっと反省しているのだしいつまでも罪悪感を持ち続けて潰れるような事にはなって欲しくない。
特筆する様な何かがないまま春休み最後の日もふたりの勉強会が終わってしまった。
「あのさ、明日からわたしは学校が始まるし、このあと一緒にごはんでも食べていかない?」
「ごめん。今日は姉貴が凪沙のところへ置いたままにしていた資料を取りに行って、姉貴の家まで届けないといけないから時間がないんだ」
「ならさ、そのお使いに付き合ったら駄目かな?
とにかくお話したいから。
それで、那奈さんへのお使いが終わって時間があるようならちょっとでも良いからご飯も食べたいかな?」
「・・・わかった。美波がそう言ってくれるなら・・・」
「ありがとう。わたしも凪沙さんに会えるし、よかったよ」
隆史君はダメなことはダメと言うけど基本的にわたしの事を優先してくれて、その気を使ってくれる事が嬉しい。
今日もこの後の移動時間だけでも2時間位は一緒にいられるし、学校が始まって会いづらくなる前に一緒の時間を取れて良かったと思う。
寄り道もせずに凪沙さんの住むマンションに着いた。
少し前までは那奈さんと一緒に暮らしていたけど、那奈さんが婚約者さんの家に移り住むことになって、ちょうど住むところを探していた高梨先生とそのご友人の赤堀さんが凪沙さんの保護者も兼ねて同居する様になっている。
このマンションは冬樹が所有していてお姉ちゃんと住んでいたけど、お姉ちゃんが妊娠して実家の近くへ転居するからと空室となるところを那奈さんへ貸していたものなので柔軟に入れ替わりができている。
そんなマンションと戸建ての家を保有できる冬樹はすごいと思う。
エントランスのインターフォンで呼び出しをすると凪沙さんが応答して『今すぐ降りていきます』とだけ言ってすぐに切られてしまったので、凪沙さんを待つことに。
「お待たせしました!」
凪沙さんはすぐに対応できるように準備していたのではないかと思うくらいに早くエントランスホールに姿を現せた。
「降りてこないでも部屋まで上がったのに」
隆史君は何事もないように返答したけど、凪沙さんの姿を見た瞬間隆史君の雰囲気が少し変わったのがわかった。
空港に迎えに行った時もそうだったけど、隠しているつもりでも隆史君の気持ちが凪沙さんへ向いていて抑えていても漏れでてしまっている。
「こんばんは、凪沙さん」
「美波さんもご一緒だったのですね」
「そうなの。明日から学校が始まるから今日は少しでも長く隆史君と一緒に居たくてお使いに付き添わせてもらっているの」
「その気持ち、わかりますよ」
他愛のないやり取りを3分くらいしたあと那奈さんを待たせてはいけないと凪沙さんと別れて移動を開始した。
隆史君のまとう雰囲気の影がまた強くなった・・・どう考えても凪沙さんしか要因はない。
その後は那奈さんの家まで行き家の前で資料を届け挨拶だけして帰った。
那奈さんとの付き合いは短いけど、結婚の話が元に戻って出会った時より明るい雰囲気になっていた・・・大変だった時の事は知っているけどそれでも羨ましく思えた。




