第233話
◆神坂冬樹 視点◆
冬休みが明けてからしばらく経った。
身近な人の出来事では高梨先生とみゆきさんが住んでいるマンションで火事が起きてしまい、一時的に那奈さん達が住むマンションへ住むことになったと言うことで、最初に連絡をもらった時は心配だったけど、その後の先生の話を聞くとうまくやれているようで次の住まいが見付かるまでしばらくお世話になることになっているそうだ。
クラスでは昨年末に上映会へ行った新谷君や江藤君も愛島唄のファンになったそうで元々ファンだったハルやローラン君が嬉しそうに見た方が良い作品などをお勧めしていて、それに触発されたのか他のクラスメイト達も気になった様でクラスで愛島唄がブームになっている。
元から愛島唄のファンだった梅田さんはハル達みたいに積極的には語らないけど、ハルやローラン君が知らないことも知っていてすごく好きなんだなと思って見ている。実際、僕が何気なく『僕はあまりアニメとか見ないのだけど、愛島さんは同い年だしこれからもみんなと一緒に注目しようと思う』と話したら、すごく嬉しそうに満面の笑みを浮かべて『ぜひそうしてください!』と言われたし、梅田さんは控えめな性格なだけである意味ハルやローラン君よりも熱心に応援しているようにすら思える。
幸博君は推薦でうちの高校に合格して、正式に後輩になる事が決まった。幸博君は一般受験で試験を受けても余程の事がない限りはまず合格できるだろうというくらいにはしっかり勉強ができていたのでその努力が報われて良かったと思う。
松本さんが最近よくうちへ来て美晴さんに相談をしている姿を見掛ける。松本さんだけの時もあれば津島さんも一緒の時もあるけど、最近の傾向では津島さんだけで来ることはないように思う。
松本さんはお付き合いを始めた先輩さんとの関係を大事に思っていて失敗をしたくないという気持ちが強いようで事細かな内容で相談を受けていると美晴さんは言っているので、出会った時は悪ふざけで大胆な事をする人だと思っていたけど恋愛に対しては慎重だったり臆病だったりするのかもしれない。
また津島さんが一緒の時だと美晴さんと松本さんが惚気けて津島さんがそれに対して怒るという場面がよくあって、気恥ずかしくもあるけど僕との関係を自慢できると思って居てくれていることは嬉しく思うし、そういうじゃれ合いができる友人がよく遊びに来てくれるという状況なのは安心できる。
1月も終わりに近付き、恥ずかしながら学校の友人達が僕とハルの誕生日会をするから予定を空けるようにと言ってくれている事が一番のトピックとなっている日のこと・・・ハルと美波と3人で帰宅していて最寄り駅の改札を出たところで津島さんと松本さんに遭遇した。
「こんばんは、美晴さんとの約束ですか?」
「あっ、冬樹君!こんばんは。
そうなの、みはるんと約束があってね」
「そうだったんですね。僕らはこのまままっすぐ帰るのですけど、良かったらご一緒しませんか?」
「そうだね。アキラくんも寄るとこないよね?」
「うん、真っ直ぐ向かうつもりだったから・・・でも、お連れの方は大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ。そう言えば、松本さんには紹介したことがなかったですよね。
こっちが僕の双子の妹で春華、そしてこっちが美晴さんの妹の美波です」
「はじめまして、神坂春華です」
「岸元美波です」
ハルと美波が松本さんに名乗って会釈をし、
「ぼくは美晴さんの友人の松本明良です」
「間男事件の松本さん!?」
「あはは・・・それを言われるとツラいけど、その松本です」
ハルが松本さんと出会った時のエピソードを思い出して口にすると松本さんはバツが悪そうに頬を掻きながら肯定した。
「たしかに背が高いけど、モデルさんみたいな整った美人さんじゃない?
フユはどうして間違えたの?」
「それはね・・・『こんな声で話したからなんだ』」
「あー、なるほど。作って男の人っぽい声を出してたんですね。声優っぽくて良いですね」
松本さんが僕が初めて聞いた時と同じテノールボイスみたいな声を作ってハルに説明すると納得したように自分の趣味で言葉にした。
「すごいですね。松本さん、声優になれるんじゃないですか?」
「いやいや美波ちゃん。松本さんの声色の変え方はすごいと思うけど、プロならこれくらいできるよ」
「そうなの?」
「うん、例えば愛島唄ちゃんもスマホゲームで音程の低い男のキャラを演じてるよ」
「あの可憐な感じの声の唄さんも男の声ができるの?」
「そうだよ。それがプロなんだよ・・・って、すみません勝手に盛り上がっちゃって」
「いやいや、いいよ。どうせ急いでないし目的地は一緒なんだから。
それよりも春華さん、アニメとか詳しいなら今度教えてくれないかな?」
「いいですよ。でもどうしてですか?」
「それはねー、アキラくんのカレシがアニメ好きな人だから少しでも知りたいって乙女心なんだよー」
「あはは、松本さん健気ですね。
あたしは男の人向けのアニメもよく見てるので教えてあげられることはあると思います」
「ホント!助かるよ。ぼくの周りにはアニメが好きな人がいなくて、ネットで調べてもピントがズレてたりして難しかったんだよ」
気が付いたらハルと松本さんが話しながら連絡先を交換し終えてた。
それから5人でまっすぐ家へ向かって数分歩いて家に着き、鍵を開けてドアを開けた。
「おかえりなさい、冬樹くん」
高校の制服を着て猫耳を付けた美晴さんが出迎えてくれた。
「あははははは」
数秒時間が止まった感覚になったけど、津島さんがお腹を抱えて笑い出したので脳が動き出した。
「え?なんで!?」
津島さんの笑い声がBGMになっている中、美晴さんは信じられないものを見たという反応から羞恥に塗れたものへ表情を変化させると美晴さんの自室の方へ走っていった。
津島さん達をリビングへ通し、僕と美晴さんの分まで含めて6人分のお茶を用意して並べたところで、着替えて猫耳を取り外した美晴さんが戻ってきた。
「あの、玲香さん達も美波達もどうして?」
「あのさぁ、アタシとは今日約束してたじゃん。
みはるん忘れちゃってた?」
「え?」
美晴さんは津島さんに言われて慌ててスマホを確認すると『あぁー』と小さく呻き声を上げた。
「ごめんなさい。明日と勘違いしてました・・・」
「いいよいいよ。みはるんは家に居たんだし、それに面白いものを見せてもらったから」
「さっき見たことは忘れてください・・・」
美晴さんは恥ずかしそうにそれでいて懇願の表情でつぶやいた。
「わたしはこれを渡しに・・・お姉ちゃんのものは全部こっちの家へ持ってきてて、これだけ持ってき忘れてたから持ってきたあげたの」
「あたしは付き添いです」
「そう・・・美波も春華ちゃんもありがとね・・・」
美晴さんは僕と二人きりの時は『お姉ちゃん』の看板を下ろして甘えたりじゃれ合ったりするし、きっと制服も荷物を整理していたら出てきたから驚かせようと着て、そのついでに少し前に猫耳メイドコスプレで使った猫耳カチューシャを付けてインパクトを増させようとしたのだと思うけど、友人の津島さん達や妹の美波達には見せたくなかったのだろうと思う・・・僕も気恥ずかしい。
「ところでさ、美晴さん。その尻尾かわいいね。どうやって付けてるの?
ぼくも雷斗さんに見せてみたいけど、付けられるかな?」
「うん、お姉ちゃんのその尻尾かわいいよ。わたしも気になるな」
この流れはマズい・・・その尻尾の取り付け方法は特殊で、先端を人体に埋め込むことで尻尾の部分がお尻から生えている様に見える構造になっている・・・他の人に見られる想定をしてなかったのだとしてもアグレッシブすぎる。しかも、慌てていて制服と猫耳だけ外して尻尾はそのままだったので松本さん達の注目を集めてしまっている。
津島さんも不思議そうな表情をしているけど、ハルだけは正解がわかったようでニヤニヤしながら僕の方を見てくる。本当に恥ずかしい・・・
「ねえ、お姉ちゃん尻尾の部分がどうなってるのか見せてよ」
「えっ、あっ」
姉妹の気安さから、何気なく美晴さんのスカートを捲る美波。僕はもう目を逸らすしかできなかった。
「なに!?お姉ちゃん、これ?え?え?え?」
「妹ちゃんどうしたの!?
あっ、みはるん・・・これは?ええぇ?」
「美晴さん・・・それは」
答えを知らなかった美波と津島さんと松本さんは答えを知って驚いていた。
そして正解を察していたハルは僕の傍に寄ってきてニヤニヤした表情のまま小声で一言。
「フユにそんなアブノーマルな趣味があるなんて知らなかったよ」




