第191話
◆梅田香織 視点◆
SHRが終わって放課後になったらすぐに収録現場への移動を開始しました。
事務所から学校へ芸能活動をしている事を話してもらっていて、早退しても他の生徒に知られないように融通してもらえる様になっているとのことなのですが、転校したばかりであり極力早退や欠席をしないで済むように調整していただいていますし、今みたいに学校終わりに急いで移動することも多くなっています。
余談ですが、学校へはわたくしが愛島唄として声優活動をしている事は伝えていないとのことで、おそらく地下アイドルをやっていると思われているらしいとはマネージャーの赤羽さんの談。わたくしは声優を専門としている芸能事務所の所属で、それもネットで検索すればすぐにわかることなのですけれど、本当に興味がないようで今までこの件でお話をされた学校の教職員の方々からは何も言われておらず、良くも悪くもわたくしへの興味が薄いのはありがたかったりしています。
急いだ甲斐があり、収録現場へは開始時間の前に入ることができました。赤羽さんが事情を説明してくださっていて、仮に遅れてもわたくしの関わるところを後回しにしていただける事にはなっていますが、それでも他の方への迷惑を最小限に収めることができるのは良いことだと思います。
「あれ?唄ちゃん、遅れてくるんじゃなかったの?」
ブースへ入ると同時に声を掛けてくださったのは15年のキャリアを持つ先輩の金沢朱乃さん。わたくしが初めてメインキャラとして出演した作品で二人いるヒロインをわたくしと朱乃さんが担当し、作品の番宣webラジオ番組でもパーソナリティを一緒に担当したり、関連イベントもご一緒させていただくことが多かったのでデビュー時からお世話になっておりましたし、それ以降も一番ご縁が有る声優で、更にご自身が現役の高校生の時にデビューされていて、現在高校生で声優活動をしているわたくしを経験者として気遣ってくださることもあって、もっとも話しやすい同業者です。
「はい、学校が終わってからの移動で遅れるかもしれなかったので事務所から音響監督にお願いをしていただいていたのですが、急いだら何とか間に合いました」
「なるほどね。私にとったら遠い昔だけど、今でも学校と現場を並行して行き来してた時の大変さはわかるわ」
「へえ、アケさんも愛島ちゃんみたいに学生服で現場に来てたんですか?」
会話に入ってこられたのは芸歴が8年の藤堂佳さん。デビューしたのが大学を卒業した年で世代的には朱乃さんに近く、同世代なのもあって話が合うそうで仲が良いとのことです。わたくしも時々ご一緒するので過度の緊張をする事なくお話ができる先輩のひとりです。
「うん、制服着て行ったこともあったよ。当時は今ほど現役高校生の声優は多くなかったから珍しがられちゃってね、『パンダかよっ!』って感じで関係ない部署の人とかが見に来たのよ」
「そんな時代もあったねー。今はベテランって感じでドッシリしてるけど、当時の朱乃ちゃんは肩身狭そうにしてたよね」
続いて会話に入ってこられたのは音響監督の沖山さん。元々は声優で活動されていて徐々に音響の仕事へシフトされ、今では指名で依頼がある場合か、ご自身が音響で携わっていて人手が足りない時だけしか声優の仕事をされなくなっているそうです。
「そうなんですか?わたしがデビューした時には、もうアケさんしっかりした良いお姉さんって感じだったのでピンとこないですね」
「なに言ってるんですか沖山さん!誂うのは止めてくださいよ!」
「そうだね。じゃあ真面目な話で、せっかく唄ちゃんが間に合ったし、予定を変更して普通に録音ろうか」
「「「はい!」」」
一通り録り終えて沖山さんの確認待ちになり、わたくし達キャストは休憩になりました。
「唄ちゃんさ、噂には聞いてたけど見た目がギャルっぽくなったね」
「はい、ちょっと問題があったので已むを得ず・・・」
「聞いた聞いた、ファンが学校に忍び込んで捕まったんだって?」
「ええ、その方はあくまで私の学校での様子を見たかったという事で、危険なものは持っていなかったそうですし、今まで問題行動の前歴がなかったのもあって今後は近付かないという念書を書いてもらい警察から注意してもらって終わらせたのですが・・・」
「なにそれ!?そんなストーカー事件があったの!?」
「ちょっと、佳!
今は唄ちゃんが話しているんだから、話の腰を折らないの!」
「あっ、そうよね、ごめんなさい。愛島ちゃん続けて・・・」
「えっと、はい。それで、学校から転校して欲しいとお願いをされてしまいまして、事務所や転校先の学校と相談した上で転校し、愛島唄と知られないように髪を切って化粧も変えてこの姿で通っています。
愛島唄として活動する時は写真撮影もない収録でもウィッグをかぶって以前の様な化粧をすることにして、今回みたいに時間に余裕がない時以外は基本的に以前からの愛島唄の姿でするようにしています。
とは言っても、先週転校した初日にクラスの女子にバレてしまいましたけどね」
「へぇ、この姿の唄ちゃんを見てわかる娘なんかいたんだぁ」
「すごいよね。わたしは聞かされてなかったらわからなかったよ」
「ええ、私も大丈夫だろうと思っていて見破られない自信があったのですけど、ファンだったらしくて・・・」
「いやいや、ファンでもわからないでしょ?」
「もしかしてと疑ってから声を聞いたらそう思ったらしくて、最後は言葉のやり取りで引っ掛けられてしまって確定されてしまいました」
「それはすごいね、その娘見てみたいわ」
「もしかすると見ることができるかもしれませんよ。この作品の先行上映会に行くと言っていましたから、舞台上から見られるかもしれません」
「そうなんだ。それなら前の方に来てくれると良いわね」
「先行上映会って、愛島ちゃんとアケさんのふたりで登壇するやつ?」
「はい、そうです」
「ええぇ、いいなぁ、わたしも見たいなぁ・・・ねぇ、沖山さん、先行上映会に関係者席入りたかったらどなたに相談したら良いですか?」
藤堂さんはちょうど確認が終わったところらしい沖山さんに質問を投げかけられた。
「俺はわからないなぁ。広報関係の誰かに聞けばわかると思うけど、まさか本当に見に行く気なの?」
「だって、愛島ちゃんを見破ったJK見たいんだもん」
「『だもん』って・・・いっそ登壇できるか相談してみたら?
たぶん、ギャラとスケジュールが大丈夫なら追加で登壇できると思うよ」




