第103話
◆鷺ノ宮那奈 視点◆
初めて神坂さんにお会いした。
そもそも私が連絡して良い立場ではないのだけど、慰謝料の支払いが終わっていたため弁護士さんとの契約を終えられていて、神坂さんに繋がる連絡先は御本人のものしかなく不躾を承知で電話したと言うのに、丁寧に応じてくれて、予定もこちらの状況を配慮した上で決めてくれた。
最初ご自宅まで直接伺わせてもらうと申し出たのに断られて、加害者の身内なんかに踏み入らせたくないのではないか?という事かと思ったけど、単純に二之宮さんを警戒してのことで良くも悪くも隆史に対しての気持ちではなかったのでほっとした。
いざ待ち合わせ場所でお会いしたら、その瞬間にお詫びをしなければならないと言う気持ちが強く出すぎてしまい、人の往来が多い場所だったのにもかかわらずその場で平身低頭の謝罪を押し付けかけてしまった。
相手の立場になって考えればそんな事をされても迷惑なだけなのはわかるはずなのに、そんな余裕もなく本当に申し訳ないことをしてしまい大人として恥ずかしくも感じる。
その後の対応まで含めても、神坂さんはとても紳士的かつ理知的な対応で高校生としては大人びていると言われている隆史が年相応のこどもに見えるくらいにはしっかりしていて驚かされた。
しかも、隆史の件が原因で精神的に不安定になってしまっていて病院にかかっているというのだから、それ以前はどれほど成熟した人なのかと考えると比べるのも失礼なくらいの次元の差を感じる。本来なら何度謝っても許されることではないのに、既に私達のことは赦している雰囲気すらあり、ただただ懐の大きさに感謝するしかない。
それにしても、二之宮さんが元凶という認識を神坂さんや岸元さんのお姉さんも持っていて、隆史の身内としては正直ありがたいところだった。本人がどれほど悪事を行ったとしてもやっぱり弟は見捨てられないし、できることなら罪を償った後にはちゃんと社会復帰してもらいたい。身内の欲目だけれど・・・
◆神坂夏菜 視点◆
先方からの要望があったとは言え、冬樹が私の同席を求めてくれたのは嬉しかった。
しかも、わだかまりが薄くなって以前に近い感じで自然に言葉のやり取りが行えていたのは本当に良かった。完全には戻れないとしてもこの先わだかまりがもっと減って自然にやり取りができる様になる希望はある。
しかし、今日お会いした冬樹や美波への加害者である鷺ノ宮の姉の那奈さんは憔悴しきっていて精神的にも不安定になってしまっているように感じた。本来なら親権者である両親が負うべき弟のあれこれを一身に背負い、苦労が積み重なってしまっているだろうに恨み言の一つも言わず謝罪を繰り返す。その一方で弟の失地回復の可能性があるならばと不興を買うことも恐れず被害者にも会いに来るのは、被害者側としては感心できない点もあるが、何かがあって身内のためにできることは何でもしたいという気持ちを否定する気にはなれない。
そういう意味では、私も冬樹や春華のためにそこまでできるだろうか?と疑問に思ったし、特に那奈さんの場合は両親の分まで背負って性風俗で働くようになったということだ。具体的に性風俗がどの様な事をするところなのかは知らないが、女が身体を張って男性客と性交を行うらしいことは知っている・・・それこそ二之宮凪沙のパパ活の様に自分から好きでやる分には良いと思うが、自分自身が望んでなく家族のためにその選択肢を選ばないといけないと言う状況で働くのはどんなものなのだろうか。
たしかに冬樹や春華は見捨てられない気持ちは持っているが、自業自得の犯罪を行った相手を家族だからと身を挺して献身できるだろうか・・・いや、できなかったから今があるんだったな。しかも、過失ゼロの冤罪だった・・・ある意味では迷いなく弟のために行動できる那奈さんが羨ましく思える。




