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【改題】トゥラーン大陸年代記 ~自由の歌~  作者: 東条崇央
第一部 第一章 エルフに育てられた少年
7/21

第五話 テライオンへ

挿絵(By みてみん)

第一章の舞台地図(3D)


ーーー


 スヴァイトロから神樹の里テライオンまでは凡そ四一ヒルファロス(約二百七十キロメートル)あり、馬車で六日の距離にある。

 スヴァイトロを発った一行はのどかな春の日差しの中ゆるゆると北上していった。

 この先の道のりは山を一つ越える為ずっと上り坂になる。

 三日目には峠に差し掛かったが、季節がひと月ばかり逆戻りしたように冷たい風が肌をさす。雪もまだ残っておりこのあたりの春はまだまだ遠いようだ。


 峠に差し掛かる前に馬車が止まる。

 森から出てきた豚人族(オーク)三体と鉢合わせになったからだ。

 護衛隊の面々は班長と伍長二人が司令塔となり、残りの八名のうち六名が二人一組で一体のオークにあたり二名が援護にという形で迎撃体勢を組む。

 実に危なげのない戦いが展開され間もなく豚人族が倒される。

 普段の訓練が遺憾なく発揮された結果である。

 馬車の中ではカレンが腰を浮かせかけた。が、必要なさそうだったので震えるリンを抱きしめて戦いが終わるのを待っていた。

 それ以外に問題らしい問題もなく旅程は順調だ。


挿絵(By みてみん)


 四日目、峠を越えて下りに差し掛かったところで野営していた一行であるが、この日は寒気が強く雪が降っていて出発を見送る。雪で視界を塞がれ道を見失う危険を避けるためだ。昼間だというのに外は暗く底冷えのする天気である。


 リンと二人のテントの中でカレンはそっと詠唱すると火の中位精霊を呼び出す。ほどなくしてテントの中に暖気が満ちてきた。そうカレンはエルフには珍しく火の中位精霊と契約しているのだ。

 (こんなところで役に立つとはな)

 冬の猟では非常に重宝していたが春先にテライオンへ向かう途中で使うことになるとは思っていなかったようだ。ニテアスはエルウェラウタの中では南方に位置するシマレーン地方であり、山岳地帯になるフリベンリン地方からエルネ地方の事情にはそう明るいわけでもなかったのだから当然と言えば当然である。

 「リン、寒くはないか?」

 「あったかいよ。おねえちゃんありがとう」

 くるまっていた毛布から顔を出してリンがそう応える。

 「そうか。外は寒いからな。風邪をひくといけない。テントの中で大人しくしているのだぞ」

 そう声をかけながらリンの頭をひとなでしてから合成弓コンポジットボウの弦を外し手入れをしていく。


 綺麗に汚れを落としてからしっかりと獣脂を塗り込んでいく。弦に折れ目や傷がないかを丹念に見ていく。それが終わると今度は矢の手入れだ。一本ずつ丁寧に磨き鏃が緩んでいないか点検していく。鏃を軽く研いだら矢筒に納めたら一段落だ。

 傍らで毛布にくるまったリンが飽きもせずにその作業を見つめている。

 ゆらゆらと揺れて浮いている炎の精霊が二人の影を同じように揺らしていた。


 翌朝、空気は冷たいが空は晴れ渡り一面の銀世界が輝いている。

 一行は荷物を手早く取りまとめるとテライオンへ向けて山道を下っていった。

 このあたりは山間の盆地のようになっており神樹の影響の強い一帯にはいっているためか精霊の気が強く漂う。まだ小妖精も多く飛び回り時折馬車を覗いて行く者がいる。

 それを見ていたリンが手を楽しそうに手を伸ばす。

 お調子者が馬車の中に飛び込んできて慌てて出ていく。馬のたてがみにぶら下がって遊んでいる者がいる。


 一行が停止し食事の用意がすすめられていく。

 (こっちへおいでよ)

 そんな中をリンが一人で森の中へと入っていくのを見てカレンが焦る。

 (ほらほら。こっち。こっち)

 ぼぅっとした様子で歩いて行くリンを見て訝しげに思うもカレンも付いていく。

 暫く歩いて行くと立っているリンのまわりに一頭の大きな鹿と灰色の狐、それに真っ白で虎柄の猫がすわっていた。

 (呼びかけに応える者が現れるとはな。お主、名前は?)

 「リン。リンランディア」

 (リンランディア。『歌う巡礼者』か。悪くはないな)

 「あの…。あなたは…」

 (わしはオベローン。妖精の王じゃ。そしてそこにいるのが妻のティターニアに娘のエフイルじゃな)

 「妖精の王…。どうしてぼくが呼ばれたのですか?」

 (それは今にわかる。暫くは娘のエフイルを預ける故、共に往くが良い)

 (あなた、そんなの威圧しては子供が怖がってしまいますことよ)

 (リン。エフイルをお願いね)

 「エフイル…」

 そう名前をつぶやくと猫の方に視線を向ける。


 (そこの者、危害は加えない故、安心するがよい)

 「え?」

 あわてて周囲を見回すと数歩後ろの木陰からカレンがこちらを注視していた。

 「あ!おねえちゃん!」

 「あのね、妖精の王様が娘さんをしばらく預けるって…。どうしよう?」

 「この猫が妖精王の娘か。猫らしくしててくれるならいいんじゃないのか?リンも動物は好きだろう?お父さんには私からも頼んでやろう」

 「いいの?おねえちゃん、ありがとう!エフイル、よろしくね」


挿絵(By みてみん)


 (にゃあ)

 今まで黙っていたエフイルが初めて鳴き声をあげるとリンに飛びついてきた。

 リンが抱きとめると満足げに頭をすりよせてくる。

 「精霊王様、それではエフイルを預かるとしていつまでなのですか?」

 カレンが尋ねる。 

(それは時期がくればわかるであろう)

 「そうですか。わかりました。リン、皆が心配するといけないから戻ろう」

 「オベローン様、ティターニア様失礼します」

 そう言ってリンがペコリと頭をさげると、カレンも頭をさげ皆の元へと戻っていった。


 (さて、あの者が今後どう生きるのか見せてもらうとしよう)

 二人と一匹を見送りながらそうつぶやきを漏らし、オベローンとティターニアは森の奥へと去っていった。


◆◆◆◆◆


 馬車へ戻ってきたリンをカレン、エフイル。

 「勝手に森に入られては困りますな」

 捜索に人を出そうとしていた護衛隊のアーロン班長はほっとするも苦言を呈する。

 「ごめんなさい。あの…。気をつけます」

 リンが要領を得ない謝罪と同時に頭をさげる。

 (にゃあ、にゃあ)

 苦しかったのかエフイルが抗議の声をあげている。

 そんな様子を見ていて場の緊張感も薄れ皆に笑顔が戻っていった。

 

 「あの猫はエフイルと言う。リンが見つけた子なのだが連れて行っても構わないだろうか?」

 食事が終わり人心地ついたところでカレンがアーロン班長に声をかける。

 「まぁ、子猫の一匹くらいかまわんと思いますよ」

 アーロン班長は軽く応ずる。

 「子猫を見つけて、リンくんが追っていってしまったのですかな?今回は無事に済みましたが森は危険です。保護者としても十分に気をつけてあげてください」

 「はい。申し訳ありませんでした」

 「それにしても、野生猫とは思えない人懐こさと綺麗さですね」

 アーロン班長が語調を変えて話しかけてくる。

 「こんなところで生きていたのだから飼い猫とも思えませんが」

 「ですがトラブルになることもなさそうだ」

 リンの隣で寝そべっているエフイルを眺めやるとアーロン班長がそんな感想を言う。

 「そうですね。ありがとうございます」

 カレンが再び頭を下げてリンのところへと戻っていく。

 

 戻ってきたカレンがエフイルを撫でているリンの傍らにしゃがみ込む。

 「おねえちゃん、ごめんね。怒られた?」

 「んーん。大丈夫よ。野生だったにしては綺麗な子猫だなって」

 「ほんとに大丈夫?」

 「ほんとよ。心配してくれてありがとうね」

 そう言いながらリン、エフイルと順に撫でていく。

 「ほーら。大丈夫だから心配しないの」


 そこへエリーがやってきておずおずと声をかける。

 「リンくん、あのね。わたしもその子なでさせてもらっていい?」

 「うん。いいよ」

 「ありがとう」

 そう言ってエリーは顔を輝かせる。

 二人で撫でているとエフイルがぐっと伸びをしてぶるるっと身体を揺するとひと鳴きしてまた寝そべった。

 リンとエリーは顔を見合わせると二人で微笑み合う。

 離れたところに座っているエリーの母親のアネルがニコニコと頷いているのを見て

 (あの母親の差し金か)

 カレンは嫉妬心を煽られてしまい

 「二人とも仲がいいわねぇ」

 と言わずもがなの事を口走る。

 それに対して、リンが否定も肯定もできなくなって固まってしまう。

 (リンを愛でてもいいのは私だけなんだから、ちょっとくらいいいわよね)

 そんな小さな満足感を得てカレンも満足したのか顔つきが和らいだ。


 「さ、そろそろ野営の準備を始めないとあたりが暗くなってしまうわよ」

 カレンがそう言って解散を促す。

 「うん。リンくん、またエフイルと遊ばせてね」

 「またね」

 ちょっと物足りなさそうにしながらもエリーが母親の方へ戻っていった。

 

 野営のテントの中でリンは飽きもせずにエフイルと遊んでいる。

 カレンは弓の手入れをしながらも少し寂しそうだ。

 (リンがエフイルに取られた気分だわ)

 一段落つけるとそんな気分を振り払うように頭を振り、カレンはリンとエフイルを構い出す。カレンにとってもエフイルは可愛いのだ。だがそれはそれ。今日であったばかりの子猫にリンが夢中になってしまっているのが面白くないのである。

 そして消灯時間。カレンは自分でも整理がつかないそんな感情をもてあましつつもリンを抱いて眠るのであった。

 

 翌朝。今日はテライオンに到着予定の日だ。途中の峠の厳しさが嘘のようにテライオンの周辺地域は生命の息吹が溢れている。南方のニテアスよりも季節が先に進んでいるようでとても暖かい。街道脇には花が咲き乱れ蝶や小妖精が戯れている。

 前方には巨大な木ーー神樹の姿が見えていた。


挿絵(By みてみん)


 二日前とは一転した気候の中をリン達を乗せた馬車の一行が進んでいくと、前方騎馬の一団が進んできた。

 「今年の祝福を享ける方々とお見受けします。わたしは案内役を仰せつかったイミリエンと言う者です。代表の方はどなたになられますか?」

 先頭にいた色が薄く銀に近い金髪の女性がそう声をかけてきた。

 停止した一行の中からアーロン班長が進み出る。

 「わたしが護衛隊の隊長を拝命しているアーロンです。護衛隊十一名と祝福を享ける者とその家族、併せて六名を連れて参りました」

 「到着が遅れていたので心配していたのですが、無事お見えになられたようで安心いたしました」

 「はっ。途中、天候に恵まれず一日、進行を見合わせた日がございまして予定日に遅れてしまいました。申し訳ありません」

 「長旅ご苦労さまでした。ここからはわたくしがご案内いたします」

 そう告げると馬を返しゆっくりと進みはじめた。

 彼女ーーイミリエンは非常に物腰が柔らかく落ち着いた感じの人物だ。

 半月以上に及ぶ長旅をしてきた一行はそんな彼女に迎え入れられてほっとした気持ちになっていた。彼女を迎えに出してくれた女王の気遣いに感謝しつつテライオンへの最後の道のりを進んでいくのであった。

大過なくテライオンへ到着です

主要登場人物?のエフイルとも無事であえました。

今回はエルウェラウタ周辺の地図を3Dにしてみました。

けっこう山がちな半島ですね。


次回、第六話 神樹の祝福 ①

2/4 15:00 更新予定

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