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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
8/34

大谷の底に置いて来た愛


「体力おばけかよ!」

「まさかあそこでシュート決められるとは思わなかったよなあ~」

「んっはは! お前たちとは根本的な体の作りが違うんだよ」

「秘密の特訓でもしてんの?」


 結局、死ノ國のザルザンに文句でも言ってやろうと妹について来ていた三人の兄もまた、所詮は子供。死ノ國のザルザンから反撃を喰らうことになるとは想像もせず、用事など直ぐに済ませたあと遊ぶ気だったのだろう。チミィの三人の兄は呑気にボールを持参していた。

 そのボールに気が付き「遊ぼう」と言ったのは、意外なことに死ノ國のザルザンだった。とはいえ、ボールを奪い取って走り出した死ノ國のザルザンをチミィの三人の兄が追いかけ始め、その後ろをコウハタが追いかけたことからボール遊びが始まった。


 暫く楽しそうに遊んでいた死ノ國のザルザンたちであったが、死者を送る水面の遥か遠くで陽が暮れゆこうとするのを見て、駆けていた死ノ國のザルザンの足はピタリと止まる。


「なに?」

「どうしたの」


 チミィの三人の兄は息を切らしながら死ノ國のザルザンに駆け寄ると、怪訝そうな顔をした。

 死ノ國のザルザンは各々の反応に鼻を鳴らすと、パンパンと手で衣類の砂を叩き落とす。


 秘密の特訓って子供か。死ノ國のザルザンはチミィの三人の兄に対して、心の中で呆れたが、口には出さなかった。


「城の兵士が鍛錬を積むのは、どうしてか分かるか?」

「え、そりゃあ女王さまを守る為でしょ」

「弱かったら、何かあった時に困るじゃん」

「それと同じだよ。私も何かあってはいけないから体力をつけて、鍛錬をしているだけだ。お前たちも若さに甘えて何もしなかったら、あっと言う間に体力がなくなるぞ」


 未だ息を切らしているチミィの三人の兄の姿を眺めながら、死ノ國のザルザンが愉快そうに笑った。

 すると、チミィの三人の兄たちはムッと口を尖らせ、不満を露わにした。


「コウハタも何かしてんの?」

「ばっか、チミィと一緒でこの位の子供は体力が無限なんだよ」


 チミィの三人の兄とは違い、コウハタはあまり息が切れていなかった。

 コウハタは指摘されるまで、自分が疲れていないことに気が付いていないようであった。


「それもあるが、チビスケもザルザンだ。お前たちとは作りが違う」

「え~、なんだよそれー」

「んはは! でも、ま。都合が良いことなんてないもんだ。努力はしないといけない」


 ぶつくさ言っているのは、チミィの三番目の兄、『シャグ』。

 シャグは口を尖らせながら死ノ國のザルザンを見る。その目は、ズルいとでも言っているようであった。

 死ノ國のザルザンは、シャグの水色の瞳がキラキラと光っているのを見て、澄んだ水面のようだと目を細める。

 

「……ねえ、ザルザン。結局、ザルザンってなんなんだよ」


 スヤキと貝殻を拾っていたチミィが、すっかりボール遊びを止めて談笑している兄たちの姿を見つけて駆け寄ってきた。

 少女が抱き着いたのは二番目の兄、『ミラロ』。ミラロは訝しげな顔して、死ノ國のザルザンに問い掛けた。


「巡る命って、そんなに大事? さっきの話を聞いても、なんというか、良く分かんないよ」


 ミラロに続くように、シャグは伏せ目がちに呟く。

 シャグたちの子供らしい素直な問いかけを死ノ國のザルザンは好ましく思った。


「私にとっちゃな」

「死んだ人が戻って来ても、何も覚えていないなら意味ないんじゃないの?」

「それとも決まった日にしか人間は産まれないから、だから困るとか? ほら、人の数は減っちゃうわけだし。國益ってのが損なわれるよね」


 シャグの質問に便乗したのは一番上の兄、『ダフ』。流石、一番上の兄とでもいうべきか。着眼点が鋭かった。

 死ノ國のザルザンは顎を擦りながら、(くう)を見上げる。

 一瞬だけ眉を潜めた死ノ國のザルザンだったが、溜息と共に視線を子供たちに戻す。


「まあ、座って話そう。まずは私の話だ」


 頭をボリボリと搔いたあと、死ノ國のザルザンはドカっと砂浜に座って水平線を見つめる。

 ダフたちは顔を見合わせたあと、ザルザンに(なら)うようにして横に並んで座った。


「私にも兄弟がいるんだよ。大谷の底に、家族や友達がいるんだ」

「へえ、ザルザンは何人兄弟の何番目なの?」

「私は一番上。ダフと一緒だな」

「……おぉ」


 突然、自分の名前を呼ばれたダフは戸惑い、何故か照れた。

 しかし、真っ直ぐと前を見つめる死ノ國のザルザンの表情を見て、ダフは眉を潜める。

 大谷の底の話を懐かしんでいる訳でも、寂しそうにも見えない死ノ國のザルザン。

 ダフは視線を死ノ國のザルザンから逸らし、水平線の向こうに視線を向けた。


「名前も、顔も、何人兄弟だったかは覚えちゃいないんだがな」

「え?」

「はは! ま、驚くよな……薄情だと思ったか?」


 驚いたような声を上げたシャグの頭を、ダフが軽く叩く。大して痛くもないだろうに、シャグは「いた!」と叫んだ。

 その様子を、死ノ國のザルザンは抱えた膝の上に頬を寄せて笑って眺める。


 死ノ國のザルザンの真っ黒な髪と瞳に夕焼けの朱色が縁取り、火を灯していた。死ノ國のザルザンが動く度に光も動く。シャグは動く陽を見て、夜に近い夕暮れに、小窓からたまたま見えた火球を思い出した。


「ザルザンってのはな、この地のザルザンが死んだその瞬間に、大谷の底で一番愛情深かった奴が選ばれるんだ。……私の場合、一番下の弟が生まれて直ぐ……弟を抱っこさせて貰った時に選ばれてしまった」

「ザルザンの弟が生まれたばかりの時に、この國のザルザンが死んだの?」

「そうらしいな」

「そんな他人事みたいに……」

「他人事だろ? そのザルザンのことなんて知らなかったし」

「ぼくらは、この大陸についてだけは良く知っているよ。でも、それだけなんだよ」


 これまでダフたちに気を使い、黙って様子を見ていたコウハタが口を開く。

 その声は酷く固いものだった。

 コウハタは小さな手で拳を作って、酷く緊張しているようであった。


「……私たちは大谷の底に愛を置いて来た。家族のことなんだから忘れないと自信があっても、ずっと想っていると約束をしても、ダメだった。愛しさも、小さな手の温もりも、甘い香りも。私は一欠けらも覚えていられなかったんだよ」

「どうして?」

「これは抗いようもなく、どうしようもないことなんだ。興味がないことは直ぐに忘れてしまうだろう? それもなかったことのようにさ。忘れるのに、時間なんて掛からなかった」


 死ノ國のザルザンは諦めきってしまっている様子であった。

 そんな死ノ國のザルザンの様子を見て、シャグは酷く悲しげな顔をして俯いた。まるで、納得がいかない、と言いたげである。

 

「ザルザンは悲しいの?」

「どうかな。……愛が無いってことは、未練さえ生まれてくれやしない」


 黙り込んでしまったシャグに代わって、ミラロが死ノ國のザルザンに問いかける。しかし、ザルザンから返って来た返答は、彼らにとっては酷く寂しいものであった。


「でも、家族は大好きだよ」


 コウハタの口調ははっきりとしていた。

 自身に満ち、嘘なんてないと言いたげに。


 遠くでカモメが飛んでいた。

 チャプチャプと音を立てる水の音は穏やかで、水平線に未だ触れることがない太陽は、少しずつその成りを確実に(くら)まそうとしていた。


「ぼくは名前が思い出せない。それと、ザルザンと同じで、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんの顔や声を思い出せない」

「……コウハタも?」

「ま、これがザルザンだ。お前たちが知りたがっていたザルザンって奴らだよ」


 コウハタは深刻そうな顔を僅かに滲ませていたが、一方の死ノ國のザルザンはあっけらかんとした態度でザルザンを語った。

 両極端な反応を見せる二人に、なんて声を掛ければ良いか分からなくなったダフたちは、口を噤む。チミィの三人の兄たちは、美しい夕日からも目を反らして、水辺の端っこを見つめる。


「今日はこんなにも見ごたえのある夕焼けであるというのに、勿体ない奴らだな」


 ザルザンは「はは」と笑ってみるも、三人は視線を落としたままであった。


「コウハタくらいの年齢の子供は、沢山名前を呼ばれるんだよなあ」

「……名前?」


 せせらぎを聞いていたコウハタは、思わず死ノ國のザルザンを見上げる。

 死ノ國のザルザンの横顔は、夕焼け色に染まっていた。


「笑っても偉い。喋っても偉い。手を振っても偉い。寝ているだけで偉い。生きているだけで偉い。それだけのことでいいんだ。それだけで、家族はお前が心から愛しいと思うんだ」


 遠くを見つめながら、死ノ國のザルザンは目を細めた。

 その表情は、まるで微笑んでいるようにも見える。


「コウハタ、お前は皆に呼ばれる自分の名前が愛しかったんだな」

「…………え?」

「きっとさ、両親や祖父母に呼ばれる自分の名前が大切だったんだよ。そして、一心に愛情をくれる家族のことが大好きだった。だから、名前を置いていかなくてはいけなかった」

「そ、うなのかな? でもぼく、ここに来たのはもっと小さな頃だったし、だから覚えていないのも可笑しくないって大臣が言ってたよ……」


 コウハタは戸惑った。モジモジと指の先を捏ねながら、手先に視線を落とす。

 記憶はあるのに思い出せないなんて、何を言っているのかと自分でさえ思う時がコウハタにはあった。

 夢の様な記憶が、まさか肯定されるとは思っていなかったのだ。

 それが、簡単に出会ったばかりの人間に理解されてしまった。コウハタは、どんな顔をしていたらいいのか、分からなくなってしまった。

 

 コウハタは、ギュッと目を閉じる。

 瞼を閉じて思い出そうとして見えた姿が、火の輪の中で(もや)に包まれている。

 自分の手が届かない場所に、愛があった。


「……セミの音がやけにうるさい。田舎風景の見えるんだ」

「夢で?」

「そうなのかな……少し違うような気がする」


 ダフの問いに、コウハタはゆるりと首を横に振る。

 

「ぼくの手を引いて話を聞いてくれる人が、ぼくのおじいちゃんなんだって事は分かるんだ。でも、それ以上のことを思い出そうとしても、まるで、まるでね、誰かの頭の中を覗いているような気になっちゃうの。思い出せないまま、そのまま……夏の強い日差しが影を作って、おじいさんの顔は隠れちゃうんだ」

「……そんな」

「きっとその人は優しい人で、それで、優しく話しかけてくれているだろうに、まるで夢を見ているみたいにしか思えないの。……そのおじいさんがぼくに笑いかけて見えるのは、全部ぼくの願望なんだって。…………そもそもね、心の中に”いる”人たちが、本当にぼくの家族なのか分からないんだよね。……そんな風に記憶なのか、夢なのか。ぼくの思い出らしきものが分からなくなる日が、キラリと瞬く星よりも沢山あるの」


 ダフたち三人はコウハタに掛ける言葉が見つからない様子で、表情を悲しげに沈めた。


「置いて来たなら、取りにいけないの?」


 スヤキに三つ編みをして貰っていたチミィが、無邪気な瞳をザルザンに向けた。その言葉に、俯かせていた顔を上げたダフたちもザルザンを振り向いて見つめる。

 チミィに手伝って貰いながら、動かな指で器用に三つ編みを結び終えたスヤキは、死ノ國のザルザンに顔を向ける。

 期待をするような表情を見せるダフたちに、死ノ國のザルザンは心の中で溜息を吐く。


「帰るための橋は燃え落ちてしまったからな。この胸の鼓動が止まったとしても、お前たちのように大谷の底に流されることもない」

「じゃあ、どうやってザルザンたちは戻って来るの?」

「私たちはこの地に戻ることはない。ザルザンの命は巡らないんだ」


 ダフたちは「え」と声を揃える。

 ポトリ、と砂に落ちるように、その意外そうな声は酷くチープであった。


「死んだら、それで終わり。……街に咲き乱れる花と同じだ。後任のザルザンは前任が死んだ後に橋を渡るから、正義や信念だとか、この地で得た大切なものの一切を託すこともできない。私たちは死んだら終わり。それならさ、巡る命……いや、愛が染み込んだお前たちの骨を巡らせることに意味を見いだし、使命を全うしたいと思うことは特別に変な話ではないだろう? じゃないとさ、私たちは、どうしてこの地にやって来なければいけなかったんだろう。そんな風に思ってしまうんだよ。……お前たちは恵まれている。私たちが存在する限り、お前たちの愛は絶えないんだからな。愛を手放さなくても良いんだ。ミラロは言ったよな、ばあちゃんは自分のことを覚えてなかったって。でも、愛情は残っているんだよ」

「……記憶がなくなっても帰って来るって、それには何の意味があるの?」


 夕日が水平線に触れる。

 この地を包むは、辺りを赤く染める金霞(きんか)

 死ノ國のザルザンは、丸っこい黄金色の空を見上げると、まるで自分たちが琥珀の中に閉じ込められているような気分になった。

 そして、この地は広い癖に、定められた己の命の道を思うと、なんて狭いのだろうかと、てんでつまらない気持ちになった。


「意味ならある。私を見ろ。置いて来た愛なんてすっかり忘れてしまったが、家族は覚えているぞ。それだけで私は悲しみに暮れることはないんだよ。今の私には、大谷の底には愛しているものが在るという事実だけ、それだけが在る。……それだけのことを実感し、それに生かされているんだ。忘れたことこそ私たちが一番愛していたもの。私たちは愛だけを手放し、記憶をそのまま持って此処へやって来た。そして、最後は巡ることもなく消滅する。お前たちは記憶を失い、愛のみを持ってこの國に戻り、また暮らしていく。どっちが良いかと問われれば、私は分からん。分からないが、愛を失えば、記憶は次第に消えてしまうものなんだ。なら、愛を持っていられるお前たちは幸せだ。私は、そう思うよ。愛する場所に戻って来ることができるお前たちは、幸せ者だと、私はそう呼ぶよ」


 これまでの話を聞き、堪えきれない様子で顔を上げたミラロの瞳にジワリと涙が滲む。

 死ノ國のザルザンはそんなミラロの表情を見て、思わず苦笑いを浮かべた。


「そんな顔をするな。辛いことは本当にないんだよ。なんて言ったって、何も覚えていやしない。これこそが、私には愛する人や場所があったことの証明なんだ。それって素敵なことだろう? 私は愛を持って生きる人を美しいと思っている。その美しい心を私は持っていたんだと、そう自分を誇れるんだ。……でもな、此処にいる為に、この体から抜かれたものがあるのも事実。だから私はこの國の惨状を許せないし、一時の命ばかりを大切にはできない。それを、どうか理解して欲しい」

「……うん」

「お前たちとは友達みたいなもんになった訳だから、このまま聞き分けの良い子のままでいてくれたらと思っている」


 頼むよ、と言いたげに片眉を上げ、若干怠そうに話す死ノ國のザルザンに、チミィの三人の兄たちは目を丸める。

 

「友達?」

「俺たちが?」

「ザルザンと?」


 ダフたちは、死ノ國のザルザンの顔を見るため、扇を開く様に顔を覗かせる。

 その様子が可笑しかったのか、死ノ國のザルザンは「んはは!」と笑ったあと、ひょうきんに肩を竦めた。

 

「なんだ、違うのか? こうして砂まみれになって一緒に遊んだっていうのに、お前たちこそ薄情だなあ」

「そ、そうじゃなくって! ザルザンと友達になっても良いの?」

「良いとか悪いじゃなくて、陽が暮れるまで一緒に遊んだ。それなら、もう友達だろう」

「ザルザンはノノとも友達だもんね」

「あぁ、友達だ。……精霊のことは好きに信仰でもすればいいが、私たちザルザンにはそんなことをする必要はない。弔いならお前たちだってやっていることだろう?」


 さっきまで遊んでいたボールを両手の人差し指で挟み、親指でクルクルと回しながら、ザルザンはカラリと笑った。

 無邪気に笑った死ノ國のザルザンの顔を見たダフたちは、熱を帯びた自分の頬を手の甲や手の平で押さえる。一方、死ノ國のザルザンの隣からチミィの三人の兄の様子を窺っていたコウハタは、そういえばザルザンはキレイな人だったか、と思い出した。


「ああ、大谷の底に帰る方法が一つだけあったな」

「なに? それって俺たちが手伝ってあげたりできるの?」

「寧ろ、(いず)れ生きている誰かに頼まないといけないからな」

「なに? なに?」


 ダフたちは体を前のめりにし、期待するようにして死ノ國のザルザンの言葉を待った。


「私が死んだら、骨を灰になるまで燃やし尽くして撒いてくれ。私が焼けて昇った煙がいつか雨になって降るだろう? 他の骨の灰は時間をかけて土に還る。そうしたら、いずれ水となってこの水面に出て大谷に向かって流れていくだろうし、何かを介して、私の一部は漸く大谷の底に帰れると思うんだ。……まあ、万が一この國で死んだ時のお願いになってしまうが」


 死ノ國のザルザンの言葉は、やはり子供が期待するような返答ではなかった。どうして、こうも悲しいことを笑って話すのか。それは、死ノ國のザルザンが『ザルザン』であるからだということ。この時になると、ダフたちは嫌という程に理解していた。


 ミラロは、とうとう涙を流してしまった。ミラロは、友達と言ってくれた死ノ國のザルザンの生き方をどうにもしてやれない事が、悲しかったのだ。


「此処で得たものは、私が持っていても良いんだ。お前たちのその綺麗な水色も忘れずにいられる。――それって、素敵なことじゃないか」


 手に持っていたボールを脇に置いて、直ぐ隣に座っていたミラロの頭を抱えて撫でる死ノ國のザルザンは、ちっとも悲しげでも、寂しそうでもなかった。

 ただ、自分が死んだ後にそうできることが嬉しいと言わんばかりに目を細めていた。


 死ノ國のザルザンは、目元を拭おうとするミラロの手を柔らかく掴み、もう片方の手で髪の毛を撫でながら「泣くな、泣くな」と呟いた。

 もし、死ノ國のザルザンが今も兄弟の傍にいたなら、こうやって慰めてやっていたのだろうか。ミラロは死ノ國のザルザンの腕の中で考えた。すると、より一層、涙が溢れた。


「なあ、私の話を聞いて泣いてくれるならさ、どうかコウハタのことを大切にしてやってくれよ」

「……ザルザン」

「此処にいる意味を奪わないでやってくれ。な、頼むよ」


 ミラロにとって死ノ國のザルザンの頼みがが追撃となったのか。しゃくり上げるようにして泣き出してしまった。

 死ノ國のザルザンはミラロの頭に頬を寄せ、ヒックヒックと跳ねる背中を撫でながら、赤ん坊をあやすようにゆらりゆらりと体を揺らす。


 自分よりも上の年齢のミラロが子供らしく泣く姿を見て、コウハタは自分が酷く冷静になっていくのを感じた。

 ザルザンとしての使命を全うする一方で、人好きであるかのように泣く子供をあやすザルザンのことを考えると、この地に来てからのこれまでの時間は、どれほど大変で、悲しいものだったのだろうかと思った。


「チミィとノノはずっとザルザンとスヤキちゃん、コウハタのことを好きでいるよ! わたしが好きでいれば、その人もわたしを好きでいてくれるっておじいちゃん言っていたの。これがしあわせっていうんでしょ?」


 一番末っ子の妹の言葉が、三人の兄の心を締め付けたのはいうまでもなかった。

 シャグは、少しだけ気まずそうに遠くの空を眺める、ダフは少し離れた場所に座っているコウハタに視線を向ける。

 コウハタもまた、気まずげに視線を落としていた。


「目元は擦らなければ殆ど赤くならない。ミラロ、私がお前の手を取ってやったおかげで、家に帰った時に母さんに泣いたってバレなくて済むぞ」


 そう言って、死ノ國のザルザンは優しくミラロの目元を指の背で優しく撫でた。


 この焦燥感は何か。コウハタは、それをよく理解していた。

 しかし、コウハタは上手に立ち回れない。

 大きなものを失った者は、前に進むことも、後ろに引き下がることにも躊躇する。


 コウハタの心の端で、チリ、と音を立てる火がジワリジワリと、未熟な心の全てを焼き尽くそうとしていた。

 


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