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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
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お着替え


 高揚感に満たされ、上気する頬を放って感涙の声を上げた死ノ國のザルザンは、指を組んでうっとりしたように溜息を吐いた。


 「……かわいい」


 死ノ國のザルザンの目の前には、惜しみなくレースがあしらわれている、健全な黄色のドレスを着たスヤキが立っていた。

 躊躇いながらも、スヤキが着ているドレスの端を摘まんでは、死ノ國のザルザンはスヤキを回転させ、隅々まで眺めた。


 女王が自ら死ノ國のザルザンたちを呼びにやって来たのは、死ノ國のザルザンが女王に菜の花を渡した次の日であった。

 死ノ國のザルザンたちが招かれた部屋には、沢山のドレスが用意されていた。

 ドレスのサイズを見て、その全てがスヤキのために用意されたドレスだと理解した死ノ國のザルザンは「は~~~」とうっとりした声を上げた。


 部屋の中を充満するは、甘やかなお香のような香り。

 それが一層、部屋を夢見心地に演出していた。


 

「貴女は大人っぽいからクラシカルな色を選びがちになってしまうけど、こうして明るい色の洋服を着ても似合ってしまうなんて、天才だね」


 背丈の低いスヤキに合わせて、死ノ國のザルザンは床に膝をついた。

 ちゅ、ちゅ、とスヤキの頭に幾つかのキスを落とす死ノ國のザルザン。

 そんな死ノ國のザルザンの顎をスヤキは煩わしそうに手で押し退けて、キスをされた部分を手袋でキュキュっと拭いた。


 「ああ、ごめんね。唇の跡がついてしまうものね」


 抱き着きながら謝る死ノ國のザルザンに、一緒にいたコウハタは、心なしかスヤキの周りの空気が重くなるのを感じた。

 もう何着目のお披露目になるかなど、コウハタは分からなかった。しかし、それを指摘できる雰囲気がいつまでも訪れない。

 

 女王は、スヤキにデレデレな態度を取る死ノ國のザルザンの様子を見て、呆気に取られた。


「貴女はスヤキが心から大好きなのですね」

「うん。スヤキは私の安定剤だから」

「安定剤、ですか?」

「そうだ。……私は、死ぬまでこの人を愛でると決めている。私もまた、償いの中で生きる一人ということだよ」


 引っ付くことを拒絶されたというのに、死ノ國のザルザンは性懲りもなくスヤキに抱き着いて、陶器人間のその冷たい頬に自身の頬をぴったりとくっつける。

 それも直ぐに剝がされてしまってたが、死ノ國のザルザンは気にしていない様子だった。


「償いだなんて、貴女がスヤキを好きなことがそんな話になるのですか?」

「なるさ。……この人が土人間になるまでに見つけてやれなかったのは、ザルザンのせいなんだから」

「死ノ國のザルザンの?」

「いいや。何処のザルザンとかではなくて……ああ、ううん」


 死ノ國のザルザンは、スヤキが被っている麦藁で作られたボンネット帽子のレースを指で摘まむ。

 そして、無意味に形を整えながら、手元をぼんやりと見つめた。


「もっと早く見つけてやりたかったんだ。”私”が。……もっと、もっと早く」


 先程の興奮は何処に行ってしまったのか。

 死ノ國のザルザンは、酷く寂しげに呟いた。


 先程から、やんわりと死ノ國のザルザンの手を払い退けていたスヤキだったが、指のひとつも動かせない手を死ノ國のザルザンの背中に回す。

 抱き返された死ノ國のザルザンは、僅かに表情を和らげた。


「うん。ごめん。いじけるのは止めないとね、またスヤキに突っつかれてしまうな」


 死ノ國のザルザンは、もう大丈夫、と言うように、スヤキの小さな背中を優しくを叩いた。

 すると、スヤキは納得したのか、ゆっくりと死ノ國のザルザンから離れる。

 交わす言葉がなくても、二人は通じ合っているようであった。


「この黄色も良いけど、うーん」

「我が國の伝統の色なんですよ。綺麗でしょう?」

「うん。でもなあ」


 女王とコウハタは、死ノ國のザルザンの切り替えの早さに驚かされる。

 しかし、死ノ國のザルザンから話したくなさそうな話題を変えてくれたことには安心した。


 スヤキに何着か着て見せて貰うも、死ノ國のザルザンは暫く眺めたのち、顎を擦る。


「菜の花色なんですよ」

「ああ、だからか。なら、やはり他の色にしようか」

「……どうして? 菜の花色、綺麗じゃない?」


 コウハタが、少しだけ寂しげに呟いたものだから、死ノ國のザルザンと女王は、目を丸めてコウハタに視線を向ける。スヤキもコウハタに顔を向けた。

 三人が同時に顔を向けてくるものだから、コウハタはたじろぐ。

 

「この色は凄く綺麗だよ。スヤキもとても似合っている。でも、この人がこのドレスを着たまま、菜の花畑に紛れてしまったらと思うと、私は少し怖いんだよ」


 死ノ國のザルザンは、コウハタに向かって手を差し出す。

 その手を見て、コウハタは首を傾げつつも、死ノ國のザルザンに数歩歩み寄り、指の先に自分の指の先を乗せてみる。

 死ノ國のザルザンは満足そうに頷くと、コウハタの指の先を優しく握った。


「この色は好きだ。花も、味も」

「……味もね」


 床に膝をついていた死ノ國のザルザンは、見上げるようにしてコウハタを見つめる。コウハタは、スヤキよりも少しだけ背丈が高かった。

 僅かに弧を描いている死ノ國のザルザンの目元は、コウハタが初対面の時に見た冷たい印象とは違って見えた。

 

「そう拗ねるな。それにスヤキが他所の男の色に染められるのは、些かつまらん。スヤキは私の物だからな」

「物って……スヤキは物じゃないでしょう」

 

 コウハタは、死ノ國のザルザンの物言いに口をムッとさせ、眉間に皴を寄せた。

 

「いいや、物だ。……誰かが守ってやらないと、容易く壊れてしまう陶器だよ」


 コウハタは、スヤキを物として認識することが嫌で、死ノ國のザルザンの言葉を否定するために何度か首を横に振った。


「お前も脆いがな。陶器人間は、もっと、もっと、脆い。……言い方は悪かったかもしれんが、少しの段差ですら、気を張ってやらねば気が済まないんだよ」


 バツの悪い顔をした死ノ國のザルザンだったが、決して謝らなかった。

 複雑な表情を浮かべる死ノ國のザルザンに、コウハタは自分が不甲斐なくなった。まるで、自分は他人や物事に考えを巡らせることができていないと思ったのだ。


「気落ちをするな。知らないことを知る時というのは、なんとも言い難い気持ちになるもんだ。それに、私がスヤキに対して思っていることは、案外、女王がお前に思っていることに近いのかもしれないぞ」

「え?」


 コウハタから女王に視線を移した死ノ國のザルザンの目は、スヤキやコウハタに向けていた視線とは異なり、少しだけ鋭かった。

 コウハタは、死ノ國のザルザンの視線を辿るように振り返る。


「……私、ですか?」

「アンタであってアンタじゃない、とでもいうのかな。探しているものってのは当てずっぽうに探すよりも、順序を立てて探す方が見つけやすい。……ま、私に言われなくても、アンタはよく分かっているだろうけど」


 死ノ國のザルザンは、握っていたコウハタの指の先を放して、スヤキのドレスを再び選び始める。

 女王の相手はついで。そう言いたげに振舞う死ノ國のザルザンに、コウハタは不安げに顔を顰めた。

 女王が、死ノ國のザルザンの望ましくない振る舞いに寛容であるのは、精霊だからか。

 コウハタは、女王が怒らないことが不思議でならなかった。


「あ、この水色はいいなあ。スヤキ、また着替えて来て。……ああ、頼むよ。きっとこれが良い。ね、頼むよ」


 何度も着替えさせられているスヤキは、微動だにせず、声なき抗議を死ノ國のザルザンに示したが、あまりにも情けない声を出す死ノ國のザルザンに根負けした。

 腕を伸ばすスヤキに、死ノ國のザルザンは「ありがとう」と言って、伸ばされた腕にドレスを掛ける。そして、スヤキが着ているドレスの背中のチャックを下ろすと、美しくも柔らかな布を肩に掛けてやった。

 死ノ國のザルザンは、着替えているスヤキの足元が見えるのを確認すると、近くのソファーに深く腰掛けた。


「それで、女王はどんな色が好みなのかな」

「私は……」

「やはり菜の花色のドレスを良く着るのだろうか?」

「……菜の花色はマントの色ですから、それに良く映える銀色のドレスをよく着ますよ」

「それはまた、随分と控えめな」

「銀色を控えめと言いますか。……ならば、私の銀に光る(はね)も控えめと言いますか? 銀とは地味な存在でしょうから」


 女王は、自身の体に纏う翅の端をゆらりと揺らす。

 すると、銀色の鱗粉がキラキラと床に落ちた。

 

「金だの、銀だの。そもそも、双方は色のみならず、用途までもが違う物だ。全ての使い道が同じなら比較するなり、答えようがあるかもしれないが、残念ながら金と銀は比較できるものではない。……しかし、そうだなあ。私は宝飾をあまりつけないからな。光り方の好みを聞いているのなら、実用的な銀を選ぶかな」

「そう、ですか」


 死ノ國のザルザンの言葉に、女王はホッとしたような声をポツリと床に落とす。

 女王の頬はやんわりと赤らみ、口角は控えめに上がっていた。


 己を示す色を選んで貰えた時の安心感と喜び。

 それは即ち、己の存在を認めて貰えたような感覚である。

 コウハタは、女王の安堵する姿に納得した。


「次は、私が聞いても良いかな」

「え? えぇ、どうぞ」


 死ノ國のザルザンが女王を手招くと、女王は素直に傍に近寄った。

 

 目の前にやって来た女王の手を死ノ國のザルザンが掴むと、女王は「え?」と驚いた声を上げた。

 驚いている女王に対し、死ノ國のザルザンは自分が立ち上がる代わりに、女王の手を引いてソファーに押し倒した。

 ソファーは極上な柔らかさだったが、怪我をさせないためか、死ノ國のザルザンは余念もなく女王の背中に手を回していた。

 死ノ國のザルザンには不敬という概念がないのか、遠慮のない行動を続ける。ソファーに無理やり座らせた女王のすぐ横に片膝を付いて、背中に回していた手を移動させると、女王の顎に手を添えた。


「あ、あの、死ノ國のザルザン?」

「探し物は、順序を立てて探した方が見つけやすい。ひとつは確認済みだ」

「……は、はあ」


 女王の頬の赤みはどんどん増すばかり。

 コウハタは、女王が気絶でもしてしまうのではないかと心配になった。しかし、二人の間に入る方法も、掛ける言葉も浮かばない。

 いっそのこと、死ノ國のザルザンの腰に抱き着いて思い切り引きが剥がしてみるか……なんて考えたが、手斧を巧みに操っていた死ノ國のザルザンの姿を思い出し、コウハタは自分では無理だと諦める。

 コウハタの手は、途方もなさげに空に浮いていた。

 コウハタが悶々としているその少しの時間でさえ、死ノ國のザルザンの行動は大胆になっていく。

 死ノ國のザルザンは、女王の顎に添えていた手を放すと、次は女王の首を覆っているネックコルセットに手を掛ける。


「それは」

「駄目?」


 死ノ國のザルザンがネックコルセットの結び目に手を掛けると、女王は拒絶反応を見せた。

 すると、死ノ國のザルザンは両目を眇める。


「それなら」


 他の策を考えた末、死ノ國のザルザンはネックコルセットの結び目から手を離すと、下に手を潜らせた。

 死ノ國のザルザンの手が冷たかったのか、女王は「ひ」と驚いた声を上げる。

 女王の反応など気にも留めず、死ノ國のザルザンは指の腹を白くて細い女王の首元に這わせていく。


「…………女王の秘めたる此処には、(ささ)やかだけど、可愛らしい突起があるようだな」

「ざ、ザルザン」


 死ノ國のザルザンは女王に顔を近づけると、探るように狼狽える女王の瞳を覗いた。

 二人は、鼻と鼻が付きそうな距離であった。

 女王は酷く動揺した。

 円やかな口調であるのに、間近に見る死ノ國のザルザンの目は、女王の瞳を通して何かを暴こうとしているようだった。


 死ノ國のザルザンからは、清涼な香りがした。

 その香りに気が付くと、まるでクラリと眩暈がするように感じた女王は、自分がソファーに座っていることに安堵した。


 女王は言わなくてはならないことが沢山あるのに、羞恥心から呼吸すら下手くそになってしまっていた。

 冷や汗すらかき始めている女王の様子に、死ノ國のザルザンは気が付いていた。しかし、女王に触れる手は離さない。

 

「細やかだけど、私よりも確かな大きさがあるな」

「何が、ですか」

「……女王、女王陛下」


 死ノ國のザルザンは目当ての場所に手が辿り着くと、その突起を親指の腹でゆっくり押す。

 喉を指で押し込められて、女王は息苦しさに恐怖した。

 振り払うために手を動かせば、死ノ國のザルザンの顔を(はた)きかねない。女王は、自分が身動きの取れない状況であっても、死ノ國のザルザンの身を案じた。


「……アンタをそう呼ぶことは正しいのだろうか」

「……は」


 華やかな國に、暗い夜がやって来た。

 鈴の音を鳴らしながら、ゆらり、ゆらりと極光が揺蕩う夜が、玉座にゆっくりと歩いてきた。


 死ノ國のザルザンを見た瞬間、女王が立っていた足場が一気に崩れ、女王の全てはあっと言う間に狭間に落ちていった。

 女王は、助けを呼ぼうと上を見上げたが、無情にも、空は岩と岩の間に消えようとした。

 空も飛べぬ、哀れな(ひいる)。完全な暗がりになろうとする崖の底には、花が咲き乱れている。

 柔らかな花弁が女王の手に触れたとき、ドッと汗が噴き出た。

 来た道に戻れなくてもよい。しかし此処は嫌だと、女王は思った。

 完全な暗がりになる前に、空に向かって手を伸ばせば、この死ノ國のザルザンは己の手を取って救い出してくれるだろうか、なんて。女王は邪にも考えた。

 

 女王の開いた口からは、何も発されることはない。


 女王は、暗闇に光る無数の瞳を頭上に向ける。そして、空の青い光が閉ざされていくのを見つめた。


「よくも……」


 心の中で呟いた言葉が、少しだけ零れる。

 

 二人のやり取りを見ていたコウハタの顔は、青ざめていた。

 視線の端に、怯えたような表情を浮かべるコウハタの姿を映した女王は、ハッとして口を閉じる。


「あ」


 このままではいけないと感じたコウハタが、間抜けな声を出した。

 死ノ國のザルザンの視線は、女王に向いたままである。

 コウハタは、自分に向こうとしている暗がりの瞳を見るのが恐ろしかった。

 女王のように、首を絞められるかもしれない。

 コウハタの位置からは、死ノ國のザルザンが女王の首を絞めているように見えていた。

 死ノ國のザルザンは、会話の邪魔をされて怒るかもしれない。コウハタは恐ろしかったが、勇気を振り絞った。そして出た言葉が「あ」の一音だけであった。

 女王は喉を押されながら、横目にコウハタに視線を向ける。

 怯えている子供の姿を見て、女王は可哀そうに思った。


 しかし、死ノ國のザルザンとコウハタの視線が交わることはなかった。


「……うんうん! その水色もいいね。寧ろそれが良い。良く見せて」


 死ノ國のザルザンは嬉しそうな声を上げると、軽やかに女王の上から退いた。

 女王の上から退ける際、死ノ國のザルザンの手が名残惜しそうに喉元の肌を撫でたものだから、女王は止めを刺された気持ちになってソファーに沈んだ。


 コウハタは、意気消沈している女王の姿を見て哀れんだ。

 漸く女王の傍に近寄ると、ソファーのひじ掛けに手を置いて「大丈夫?」と声を掛けながら女王の顔を覗きこんだ。

 喉を抑える指の先まで真っ赤にして、女王は首を横に振る。目には、涙が溜まっていた。


「……バレるにしても、こんなのはあんまりだ」


 低く呟いた女王の声は、スヤキを褒め倒す死ノ國のザルザンの声によって消えていった。

 コウハタは、すっかり撃沈してしまっている女王と死ノ國のザルザンを交互に見ると、呆れと安堵が交じったような溜息を吐いた。



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