表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
4/34

春と苦難の訪れ


 老猫のノノとその飼い主、名前を『チミィ』というらしい少女と穏やかな時間を過ごしたザルザン二人と陶器人間は、その後も街の色々な場所を見て歩いた。

 小さなザルザン『コウハタ』は、パン屋が好きなようで、甘く香ばしい匂いが漂い鼻先に辿り着くと、吸い寄せられる様にしてふらりふらりと行く先を簡単に変えた。

 自由に歩くコウハタは、街の案内という役目を果たす気があるのか、ないのか。女王と話す機会が訪れないままである死ノ國のザルザンとスヤキは、特に用事らしい用事もない為か、大人しくコウハタについて歩いた。

 

 そんな三人は、とうとう歩き疲れたのか、城に戻るなり、手入れされた中庭のベンチに座って話をしていた。

 そこに女王がやって来て、三人が手に持っている菜の花を見て思わず声を掛けた。


「良いものを持っていますね」

「菜の花畑で休んでいたら、その畑のおじさんがくれたんだよ」


 興味深そうにしている女王に、死ノ國のザルザンは事の経緯を簡潔に説明した。


 くるくると菜の花を回しながら、コウハタは嬉しそうに笑っている。

 街を案内している内に、コウハタはまるで自分が役に立てているように思えて気分が良かった。

 死ノ國のザルザンたちに、あまりにも小さな話さえ得意そうに話していただろう。

 死ノ國のザルザンとスヤキの二人は、それを意外と楽しそう聞いては相槌を打った。

 初対面の頃よりも印象が変わり、コウハタは、ザルザンの威圧的で粗暴な言い方を勿体ないと思った。


「ほら、アンタにもやるよ」


 死ノ國のザルザンは立派な庭を目の前にしながら、あろうことか街で貰った菜の花の一部を女王に手渡そうと腕を伸ばした。

 流石のコウハタも、女王に対する死ノ國のザルザンの振る舞いには眉を寄せる。しかし、この死ノ國のザルザンは始めから不躾であったかと、諦めの境地に入った。

 

 一方の女王は意外な顔をしたのち微笑むと、その菜の花を両手を使って受け取った。


「我が國の宝の花ですね」


 女王がコウハタに視線を向けてニコリと微笑むと、コウハタはふくふくの頬を赤らめて鳥のくちばしを作るようにしてニヤけた。


 二人のやり取りをぼんやりと眺めていた死ノ國のザルザンであったが、(おもむろ)に自分が持っている菜の花を口に入れる。

 その行動には、女王とコウハタは「え」と声を揃えて驚いた。


「うん、美味しい」


 菜の花の茎の先までむしゃむしゃと食べ進めて咀嚼をした後、ごくりと喉を鳴らす。そうして、死の國のザルザンはあっと言う間に自分が貰った分の花を食べ尽くしてしまった。

 女王とコウハタは、死ノ國のザルザンの奇行とも取れる行動に動揺しつつも、口には出さなかった。


「わ、私も食べちゃおうかしら」


 死ノ國のザルザンに合わせた行動を取ろうとする女王に、コウハタは必死に首を横に振る。

 コウハタに強く否定された女王は「そ、そう?」と言って、口元に持っていこうとした菜の花を持つ手を下ろした。


 菜の花を貰った時、死の國のザルザンだけは菜の花を水で良く洗っていた。

 コウハタは、花を長持ちさせる為にしているのかと思って自分も根の方をよく濡らしたものだか、あの時の死ノ國のザルザンの行動の意図が分かった。


「何言っているんだ。……それは綺麗だからアンタにあげたんだよ。調理もしていない物なんか食べるな」

「自分は花を食べておいて、なんて言い草なの……」


 コウハタは、まるで怪訝そうな顔をして女王に注意をする死ノ國のザルザンを見て、流石の女王も怒るのではないかと思った。

 しかし、そんな心配は杞憂であった。寧ろ、女王の表情を見て目を疑った。

 何故なら、春の訪れと共に花弁がゆっくりと開花するように、美しい女王の頬が赤く染まっていたのだ。

 死ノ國のザルザンの行動のどこにトキメク要素があったのか。次第に女王の頬に集まっていた熱は額に広がり、首や耳にも広がっていった。

 どんなに魅力的で、地位のある男性に求婚をされても顔色を変えなかった女王が、照れているのをコウハタは初めて見た。


「綺麗だから、私にくれたのですか?」

「そう言ったんだけど。……見慣れてるからいらなかったかな」


 少し気まずそうに頬を掻く死ノ國のザルザンに対して、女王は慌てた様子で、そんなことはない、と首を横に振った。


「私は綺麗だと思った花を贈ってくれたことが嬉しい、です。とても」


 嬉しそうに微笑む女王とは打って変わり、死ノ國のザルザンは溜息を吐いた。

 そんな死ノ國のザルザンの反応を見て、女王は不安そうにソワソワとし出した。

 コウハタがこの空気をどうしたものかと縋るようにスヤキを見る。

 スヤキは死ノ國のザルザンと女王のやり取りに興味がないのか、自分が貰った分の菜の花をぎこちなくも大切そうに指と指の間に挟めていた。そして、死ノ國のザルザンとコウハタの間に大人しく座っていた。


「ザルザン、そしてそちらのお嬢さん」

「スヤキだよ」

「スヤキ。暫くこの國にいるのなら、こちらで服を用意いたします。好みなどはありますか?」


 死ノ國のザルザンは、自分が着ている所謂、フード付きのとんびコートというものの袖を少し広げながら思案する。


「服を貸して貰えるなら助かる。私は適当……街を歩く時に浮いて見えなきゃなんだって良い。ただ、スヤキはフリルが沢山ついたものが良いな。スカートも、貴方みたいな”ふあふあ”したものが良い」

「……んん……スヤキは可愛らしい洋服が好きなのですか?」


 女王は窮屈そうに喉を鳴らしたあと、神妙な様子で問い掛けた。

 女王と死ノ國のザルザンは、スヤキの話をし始めたが、当人の陶器人間は真っ直ぐと前を向いていた。その視線からは、どこを見ているかなんて誰にも分からない。

 スヤキの返答を(うかが)うように、女王は彼女の顔を覗いて微笑んでみるも、彼女はふるふると首を横に振る。顔を傾げたままであった女王は、更に首を傾げる。


「あまりデザインには(くく)りはないのかしら?」


 女王は傾げたままだった頭を定位置に戻してスヤキを見つめる。

 しかし、スヤキは話すことができない。そもそも、勝手なことを言ったのは死ノ國のザルザンである。女王の困惑した様子に、スヤキはビシィ! と死ノ國のザルザンを指さした。

 頬を突かれると思ったのか、死ノ國のザルザンはビクリと驚き、僅かに体を引いた。


「スヤキは可愛いだろ?」

 

 話しの道筋を作ったのなら責任を取れとスヤキに促されて、死ノ國のザルザンは渋々といった様子で口を開く。


「可愛いお人形さんには、綺麗で可愛いお洋服を着せてあげないと。スヤキは何でも似合うが、なんていうのかな、フリルは彼女の愛らしさをより強調してくれるというか。兎も角、私の愛する陶器人間には出来る限りの可愛らしい洋服を貸して欲しいんだ。……無理がない程度の物なら買い取ることも考えよう。だからその分、私は布切れの縫い合わせの様な物でも構わない。城にいる間はこのコートを着ていれば気にもならないし」


 死ノ國のザルザンのあまりの饒舌さに女王とコウハタは驚いた。

 しかも、”私の愛する陶器人間”と言う時に、スヤキを引き寄せて額にキスを落としたのだ。

 コウハタは驚いて、パチリ、パチリと瞬きを繰り返す。


「わかりました。では、そのように手配いたします」


 女王も驚きはしたものの、腹の中でほくそ笑みたい気持ちになった。

 女王は考える。

 スヤキの為にありったけの可愛らしい洋服を用意して良いということは、死ノ國のザルザンの洋服も同じ系統で合わせても違和感がないということだ。


 女王は、両目を眇めるようにして、こっそりと死ノ國のザルザンを見やる。

 掌に収まるのではないかと思うほどの小顔。

 愛らしさを引き締めるように輝く濡れた夜色の瞳と髪の毛。

 死ノ國のザルザンが、玉座の間でフードを取った時に感じた衝撃を女王は忘れることができずにいた。


 死ノ國のザルザンを観察する女王の視線に気づいていない死ノ國のザルザンは、座ったまま女王を見上げる。

 

「……そういえば、大臣はどうだった?」

「少し話をしたあと、眠りました」

「そう」


 死ノ國のザルザンは、足と腕を組んで、口をひん曲げるようにして唇を尖らせる。

 そんな死ノ國のザルザンの反応に加護欲を掻き立てられ、とうとう女王は心の中で歓喜した。

 しかし、この場面でも女王は威厳を守る為に自分を律し、平然を装う。

 女王は、予想に反して様々な反応を見せてくれる死ノ國のザルザンから目が離せなくなっていた。


「後悔しているのですか?」

「していない」

「では、何故そんな顔をしているのですか?」


 女王は、まるで不貞腐れた子供の様な行動を取る死ノ國のザルザンの視線よりも低くなるように、死ノ國のザルザンが座るベンチの前にドレスをふわりとさせてしゃがむ。折り曲げた膝の上に両肘を置いて、さらに両掌の上に顎を乗せて頭を横に倒して笑って見せた。慈愛の笑み。女王は、そんな顔を作った。

 死ノ國のザルザンは、そんな女王の行動に目を丸め、組んでいた腕と足を解いて自身の太ももの上に肘を乗せる。そして、顔を近づけるかのように前かがみになった。


「どうだろうな。……しかし、丁度良かったとでも言うべきか、あの場には若い兵士が沢山いた。どうもこの國の若者はザルザンの役割を理解していない様子。……だから私は見せしめに大臣の腕を切り落とした訳だが」


 死ノ國のザルザンはまるで射貫くように女王を見つめた後、ふと、しゃがんだことにより床に付いてしまっている彼女の(はね)に目を向けて、その片方を掬い上げる。持ち上げた時に舞った僅かな鱗粉に、コホ、と死ノ國のザルザンは小さく咳き込む。

 唐突に触れられた体の一部に、女王は僅かに顔を強張らせた。


「あまり触れてはいけないのだろう? 鱗粉が剥がれた蛾は飛べなくなる」


 固まっている女王の様子に気づかない死ノ國のザルザンは、触れるか触れないかの手付きで翅を手の甲でなぞる。

 

「……これでも私はね、人の自由を奪うようなことをして平気な顔をしていられる性格でもないんだよ」


 翅の上部、折り返し部分に辿り着いた時、死ノ國のザルザンは翅の周りをなぞる手を止めた。


「富ノ國の女王さま。どうか、良い返事を私にください」

「あ、あの」


 死ノ國のザルザンは動揺している女王を置き去りに、翅を眺めるように伏目がちにしていた視線をゆっくりと女王の冠に向ける。

 持ち上げていた翅をゆっくりと手放すと、次はその手で編みこまれた女王の美しい髪の毛に触れた。

 死ノ國のザルザンは、よく手入れされた美しい髪の毛の弾力を楽しむように、人差し指の背で三つ編みの裏側を撫でる。


「触角は、髪と一緒に編み込んでいるのか。痛みはないのか?」


 死ノ國のザルザンに耳元より少し頭上で囁かれ、そのあまりの距離の近さに女王は顔を真っ赤にし、冷汗を掻いていた。笑顔を崩さないのは流石とでもいうべきか。

 死ノ國のザルザンの妙な雰囲気を感じたコウハタは「不敬だよ!」と言って、死ノ國のザルザンの手を掴んで女王の髪から離させる。


「た、助かりました……」


 コウハタに礼を言って、女王は自分の膝に額を付けて縮こまった。

 指の先まで赤くなっているのは、決して寒さからではないことは一目瞭然だろう。


「……どうしてその様に振舞い、どうしてその様な姿をされているのか」


 頭上で聞こえたか細い声に、女王は顔を上げて驚いた。女王は無意識に動こうとした片手をもう片方で押さえる。

 死ノ國のザルザンは、酷く悲しそうな視線を女王に向けていた。

 その視線の意味を理解することができない女王は、思わず死ノ國のザルザンの顔を見つめる。


 綺麗な夜を映した二つの眼球。


 女王に、悲しそうな死ノ國のザルザンの様子を心配する気持ちに嘘はない。

 しかし漠然と……どうしてか。女王は、目の前にいるザルザンの瞳が欲しいと思った。


「女王。私は(ちょう)より蛾が好きです。蛾は少しぽってりしていて、実に可愛らしい」

「ぽ、ぽってり?」

「こんな成りをしていますがね、私、可愛らしいもの、大好きなんですよ。……あまり吹聴されたくないことではありますが」

「は……」


 大好き。

 ……大好き。

 女王は頭の中で、死ノ國のザルザンの言葉を繰り返した。

 では、その蛾である自分を死ノ國のザルザンは可愛らしいと思っていると? そう考えた女王は喜ぶ一方で、少しだけ複雑な気持ちになった。

 蛾とはいえ、死ノ國のザルザンたちと大して変わらない容姿。

 残念ながら女王はぽってりといえるほど肥えておらず、死ノ國のザルザンが言う可愛らしいにぴったりとハマってはいないだろう。

 嬉しい反面、複雑でもある。


 二人のやり取りを見ていたコウハタは、コロコロと表情を変える女王よりも、死ノ國のザルザンの女王の対応の変化に眉を潜めた。


「國のこと、民のこと。貴方には色々と考えていることがあるだろうから、私は返答を()くことできない。それに、私が欲しい返答を貰えたとしても、コウハタがザルザンとしての役割を取り戻し、一人で執行できるようになるには時間が掛かるだろう。それも致し方ない。貴方からの返答を貰うまでの間に、コウハタは私と行動を共に、ザルザンとしての認識を改めて貰いたい」


 淡々と話すザルザンの瞳は、前を向くことも重たげに下がっていた。


「……私は、この國がザルザンを正しく認識し、正しく使ってくれることを切に願っている。そしてその為に、私がこの國に滞在している間は、富ノ國の為に尽くすことを約束しよう」


 死ノ國のザルザンの物言いに、女王とコウハタは口を(つぐ)む。


 本当の違和感が巣食うは花が咲き乱れる國であるか、それとも、他國のザルザンであるか。

 その答えを口にする者は、この場にはいないようであった。


「その為には、貴方たちのことを良く知らないといけない。……図書室を好きに見ても良いだろうか?」

「……はい。後で案内を頼んでおきましょう」

「ありがとう」


 死ノ國のザルザンは急くことはないと言ったが、女王には夜の成りを潜める瞳が焦燥に駆られているように見えた。

 女王は、真を暴こうとする二つの瞳から目を逸らす様に視線を下げ、死ノ國のザルザンに貰った菜の花を胸に引き寄せると、ゆっくりと立ち上がった。


「……この國にやって来たのが違うザルザンであったのなら、答えなど直ぐに出せたのでしょうね。……お互い様でしょうが、残念です」


 女王の言葉に、コウハタは驚いた。

 そして、死ノ國のザルザンと女王の表情を見て腑に落ちない気持ちになり、視線を落とす。


 気落ちしているコウハタの様子に気が付いたのは、陶器人間であるスヤキであった。

 スヤキは、自身の手を慎重に小さな子供の手の上に乗せる。

 この場で沈黙を貫くは、コウハタとスヤキの二人。

 コウハタは表情が変わることのないスヤキの顔に視線を向けると、力なく頭を傾けて同意を求めるように微笑んだ。



いつも評価やコメントに励まされております。

楽しんでいただけましたら、ぜひ応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ