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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
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綴りの間


 レウィシアがイグマに連れられたのは、綴りの間(つづりのま)と呼ばれる場所であった。


 水のタイルの下には、多くの魚が泳いでいるのが見える。

 壁を伝うのも水。方形屋根さえも水で作られていた。


 足首まである水が二人の歩みを重たくさせた。

 イグマはレウィシアを気遣っているのか、ゆったりと進む。


「”綺麗な歌声ね”」

「ここにいる連中は暇なのさ。なんせ、身動き一つ取れやしない。お喋りするか歌うしか娯楽がないんだ


 國中に響くほどの歌声は、この綴りの間か聴こえてきた。

 この部屋には、多くの人や動物の姿をした陶器人間が座っていた。

 一体、どれ程の命がこの部屋に留まっているというのか。

 想像もできぬほどの声の重なりに、レウィシアは少しだけ怖気づいた。


 レウィシアは重たい陶器の頭を少しだけ俯かせる。

 足元では、自分の顔が水面に反射して見えた。

 そこには口角を上げたまま、瞬きもせぬ、見知らぬ自分が映っていた。

 溜息をつきたくとも、吐く息を取り込む肺もない。怪訝そうに眉を寄せることすらできない。

 感情を表す小さな動作さえできないことに、レウィシアは気持ちが重くなるように感じた。


 陶器人間に理解があり、感情を読み取ることが得意なイグマであるが、後ろを歩くレウィシアの様子には気づけなかった。

 すると、美しい歌声の中からイグマに話し掛ける声が聞こえた。

 

「”まるで我々が好きで暇をしているような物言いだな、イグマよ”」

「”そんなことを言ってばかりいるのなら、貴方はいつまでも坊やのまま”」

「おいおい、客人の前なんだぞ。……あぁ、悪かったよ。謝るから止してくれ」


 周りの声は、イグマをまるで子供扱いするように話し掛けた。

 声が響くたびに、綴りの間にある水が揺らぐ。

 この部屋全体の水が声を作っているらしい。


「”漸く良い人でも連れてきたのか”」

「”シッ! それは無神経よ。この子にはシャーリーランしか……”」

「残念ながら、そういった人ではないよ。それとフロークの姉さん、ありがとよ」


 ”シャーリーラン”という名前が出たとき、一瞬だけイグマの表情が引き攣った。

 その様子に気がついたレウィシアは、綴り間の声とイグマのやり取りを静かに見守る。


「ここは陶器人間の為に作られた部屋なんだ」


 イグマが立ち止まった場所には、大きな壁が建っていた。

 その壁面には陶器の欠片が埋め込まれている。

 二人がそれに近づくと、歌声は大きくなった。


「この壁だけじゃない。この部屋のありとあらゆる物に、陶器人間の居場所を作ったんだよ」

「”陶器人間の居場所……”」


 レウィシアは体をくるりとさせ、部屋の隅々を眺めた。

 歌声が反響しているのではない。部屋の隅々から声が聞こえていたのだ。


「なあ、レウィシア。お前さんはどうして陶器人間になっちまったんだ」


 レウィシアはイグマに向き直るも、僅かに顔を俯かせた。


「”何故、ね……。そうね、まず言わなくていけないことがあるわ。勘違いしないで欲しいこと。私はね、後悔をしていないのよ”」

「あ、いや……その、言い方が悪かったな」

「”ううん。謝らなくて良いのよ。私には、そういった考えに至るまでの事情があったから”」

「それはミヨたちに話したのか?」

「”……ふふ”」


 小さく笑ったレウィシアに、イグマは首を傾げる。

 レウィシアは、大きな体をしたイグマが人を気遣うように背を少しだけ丸めて小さくなっている姿が可笑しかった。


「”ミヨにはまだ……。でも、私がどこから来たのか知ったら、貴方たちなら少しは事情を理解してくれると思うわ”」

「それは聞いても良いことなのか?」


 興味深げな顔をしたイグマに、レウィシアは「"聞きたそうな顔をして今更ね"」と言って笑った。


「”私は『青ノ國』から……逃げてきたのよ”」

「……青ノ國だって?」


 レウィシアの言葉に、美しい歌声がピタリと止む。

 イグマは目を見開き、濡れることを厭わず床に膝をついた。


「”ご存じでいらして?”」

「あぁ、少し……だが」

「”流石は、知識の國ね”」


 陶器の欠片はレウィシアとイグマの会話を聞くためか、沈黙を貫いた。


「”『死ぬことこそ喜びである』。青ノ國では、今を生きることよりも死ぬことが重要視されたわ”」

「ザルザンを精霊と同等とし、その二対のために命があるという教えがあるんだったか」

「”そうよ。私たちはハヅキの為に在るのではないの。私たちの命は精霊とザルザンの為にあった”」


 レウィシアの中にいるペロルの声は、ひどく震えていた。

 もし、レウィシアの表情が変わったなら、どんな顔をしているだろうか。

 

「”私、明日なんか望まなかった。だって、明日は私が死ぬ番なのかもしれなかったんですもの。寿命で死ぬまで待たずして、幸福の絶頂の中、青ノ國の人々は死ななくてはいけなかった。……私たちが、そう決めたの”」

「……どうして、それを俺に話してくれるんだ? 青ノ國はこの世界で最も高い山につくられた國。それ故、多くの謎に包まれた場所だ。それは即ち、お前さんたちが外部を遮断し続けたことに理由があるはずだ」

「”ここに連れて来てもらって、陶器人間になっても生き続けても良いと、そう言われたようで嬉しかったのかもしれないわね”」


 すっかり眉を八の字に下げてしまったイグマの頬を、レウィシアは陶器でできた手の甲で優しく撫でた。


「”明日なんていらないと思いながら國から逃げ出して、挙句の果てに惨めに死んだ私を助けてくれたのが死ノ國のザルザンだった。今にも死んでしまいそうな顔をしているのはどっちだと言いたくなるほど、みすぼらしい姿をしたその人が、ミヨよ”」

「ミヨが……」

「”泥になった私の冷たい体を抱いて毎晩言うのよ。明日は良いことがあるって。明日は、きっと今日より幸せだからって”」


 レウィシアの中にいるペロルがピチチと高く鳴く。


「”ハヅキにそう思わされているあの子が不憫だった。でも、あの子は自分の意志を持ってこの世界に希望を見つけた。私にとって、あの子は生きる意味なの。あの子こそ、私がこの世界に留まっても良い理由なのよ”」

「生きる、意味」

「そう。きっと陶器人間となった人たちは、それぞれの想いを持って『生きてる』。ここにいる人たちだって、考えがあって船送りを拒否した。それが此処にいる答えでしょう? だから、貴方が気まずそうにするのはお止しなさいな”」

「……あぁ、なんでもお見通しってことか」

「”それはどうかしら。ただ、少しだけ貴方の身に起こったことを理解してしまったから。私も話す気になったのかも”」


 レウィシアは、イグマの頬から手を離すと「”ご友人はこちらにいらっしゃるのね”」と呟いた。

 イグマはグッと顔を顰めると、俯くようにして頷いた。


「しかし、奴は体を自由に動かせる。……まあ、今はここにいないようだがな」

「"また改めて会いたいわ"」

「俺がいると気を使わせてしまうかもしれんがな」


 後ろ向きな言葉ばかり返ってくるものだから、レウィシアは不思議そうに体を揺らした。


「”イグマ。私は貴方の優しさに感謝している”」

「……ただ連れてきただけだぞ」

「”この場所は恵ノ國の人にとって大切な場所なのでしょう? 貴方が部外者の私を連れて来てくれた意味、ちゃんと分かってる。陶器人間の苦悩を知る恵ノ國の人々だから、放っておけなかったのよね? 貴方は傍にいる時、私をとても大切に扱ってくれた。お医者さまなのだものね。優しい人なのだわ”」


 イグマは床の奥にある、深い水の中を見つめていた。


「何を持って医者というのか……何を持って優しいというのか、俺にゃ分からん。……サリアは、小さい頃からの付き合いだったんだ。アイツには、妹がいた。可愛い奴でさ、俺にもよく懐いてくれていたよ。しかし、妹はギョルド病にかかってしまった。サリアと同じ病だ」


 揺れる水面が、太陽の光を浴びて輝いている。

 綴りの間は沈黙の中に在った。

 

「俺は、二人を救えなかったんだ。人の身を治せず、砕けた陶器を修復する技術なんてものは元々ない。俺が二人にしてやれたことなんて、何一つないんだ。なんせ、俺が医者になったのはアイツの妹が死んでから。國に帰ってきたのも、友が死んでからだ。なんにも間に合っちゃいないんだよ」


 イグマは顔を上げて立ち上がる。

 そして、壁の中に埋まる欠片を一つ指さした。


「これがサリアの妹の……シャーリーランだ。美しい陶器の体を得たが、砕けて欠片のみとなってしまった。それから、一言も発してくれやしない。怒っているのかもしれないな。困ったことがあったら、必ず助けになると言ったのは俺なのに、こんな姿にしてしまったんだ。仕方ない」


 イグマは、シャーリーランと呼んだ欠片に手を伸ばすも、その指先が欠片に触れることはなかった。すると、イグマを憐れんだ他の欠片が「”そんな事を言うんもんじゃないよ”」と口々に言った。

 イグマはそれを否定するかのように、首を横に振る。


「俺は優しい人間になりたいんだろうよ。だから、お前たちに親切にした。心挫けた筈なのに、國に帰ってからも医者であろうとしている。……醜いっていうのは、俺のような人間のことをいうんだ」

「”充分、立派な人よ”」

「”そうだ。俺はイグマ医師に孫を助けて貰った”」

「”私も最期まで診て貰ったわ”」

「”お前は立派にやっている、イグマ。自分を恥じるな”」

「”シャーリーランもお前を想っているよ。サリアも”」

「”お前は、涙を堪えすぎるんだ。女心ってもんを分かっちゃいない”」


 陶器の欠片は、次々とイグマに励ましの言葉を送った。

 すると、イグマは「はは!」と乾いた笑い声を上げて後頭部を掻いた。


「レウィシアの励ましになれば良いと思ったんだが、俺が励まされちまったなあ」

「”この國の人たちにとって、貴方は必要な人なのね”」

「”そうだよ。イグマは友達思いな立派な医者さ”」


 レウィシアは周りの声を肯定するため、頷けない頭の代わりに、上体を倒して意思表示した。


「”恵ノ國がとても美しい國ということは分かった。でも、私はミヨと旅を続けるわ”」

「俺の意図に気づいていたのか」

「”貴方は優しい人だから”」

「買いかぶり過ぎだ」

「”買いかぶってなんかいないわよ。それに、貴方も少しは安心したのではないの?”」

「あぁ、そうだな。死ノ國のザルザンは俺が見たまんまの奴だったようだ。明日に希望を見る、ただのザルザンだった」


 陶器人間が暮らしやすい國。

 それは六の國の中で一番と呼ばれるほどであった。

 恵ノ國の知識は、死しても生き続ける者の使われたのだ。


 イグマは、陶器人間であるレウィシアにこの國に留まる選択肢を与えようとした。

 しかし、レウィシアの話を聞いて無理強いすることは止めることにしたのだ。


「”清らかな火は、我らと共に”」

「”そして、同士である君の為に”」

「”朽ちぬ命を、巡る火の輪の為に”」


 欠片たちから次々と暖かい声が響き、レウィシアの存在を肯定していく。

 水面が揺れ、光が細かな粒子のように部屋全体に散らばる中、その空気には慰めと安堵が漂っていた。

 レウィシアはその光景を見つめながら、自分の胸の奥にもかすかな温かさが生まれるのを感じた。

 そして、心の中でイグマに感謝をした。人と人の巡り合わせに、感謝をしたくなったのだ。

 自分はその繋がりで、生き繋いできたのだから、と。


「”貴方は、他人の痛みを見過ごせない人なのね”」

 

 レウィシアは陶器でできたその顔に笑みを浮かべることはできなかったが、声には優しい響きが宿っていた。

 

「”それがどれだけ尊いことか、貴方は気づいていると思うのだけど”」


 イグマは短く息を吐き、肩を落とす。

 そしてゆっくりとレウィシアを見つめた。

 

「……俺には、大切な人を救えなかった過去ばかりだ」

「”救えなかったのではないわ。ただ、貴方は最善を尽くした。それがきっと彼らの心に刻まれている。陶器人間も、欠片となったとしても、その思いは消えないものよ”」


 陶器の欠片たちの歌声が再び緩やかに響き始める。

 今度は少し明るく、どこか励ますような調べだった。部屋の隅々から聞こえる音が、静かに二人を包み込む。


 イグマは何かを言いかけたが、結局口を閉じ、黙ったまま一歩、また一歩とレウィシアを案内するように歩き出した。

 レウィシアはその後ろを静かについていく。


「”イグマ。私たちがどう生きるかは、今をどんな気持ちで受け止めるかで変わるものよ。貴方は十分に戦ってきたし、これからも続けていける。私はそう信じているわ”」


 その言葉が水面に反射し、部屋全体に静かに広がっていく。


「……そうかもしれないな」


 イグマが小さく頷きながら、欠片たちの声が徐々に大きくなるのを感じた。やがて二人は綴りの間の奥へと足を進める。

 部屋の奥には、陶器で作られた女性が瞼を伏せて座っていた。その傍らには、これまた陶器でできた亀が寄り添っている。

 陶器で作られた女性の手は、その亀を撫でるかのように振れる直前で止まっていた。


「清らかな火も、そうであって欲しいと期待しているだろうよ」


 歌声と水の響きは、まるで祝福のように彼らの周りで揺れ続けていた。


ゆっくりと更新しています。

楽しんでいただけましたら、とても嬉しいです。

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