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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
28/34

蛾の熱情


 次の日も、実与は調べたいことがあると言って、レウィシアとパフィリカを置いて一人で青銅鏡に行ってしまった。

 午前中は一緒に過ごしていたレウィシアとパフィリカだったが、イグマとサンロッタが二人に声を掛けたことにより、二人は午後からは二手に分かれて行動することになった。なんでも、イグマはレウィシアに用事があるのだとか。イグマが二人で行動したそうにしているように見えたため、パフィリカはイグマが傍にいるのなら安心できると考えて、二人を見送った。


 船送りに行くけど、一緒に行かないか。なんて気軽にパフィリカを誘ったのはサンロッタであった。

 実与とレウィシアと離れたパフィリカは、特にやることも思い浮かばなかったため、サンロッタについて行くことにした。




 パフィリカは、黒い装いに扮したサンロッタを見て、ザルザンの装いの意味を思い出した。

 観察めいた視線を向けられていると気づいているのか、気づいていないのか分からないが、サンロッタは躊躇もなく霧の森に足を踏み入れた

 恵ノ國と霧の森を隔てている門を潜ると、パフィリカは僅かな不安に襲われた。

 船送りとは言っていたが、自分は何処に連れて行かれるのか。

 船送りをするのなら、ハヅキの涙以外などないのだが、霧の森を抜ける時のことを思い出すと、パフィリカの心は穏やかにはなれなかった。

 

「なあ、アンタって王子さまなんだろ?」

「一応、そうですね」

「一応って、そんなんでいいのかよ」


 パフィリカの心配をよそに、サンロッタは呑気に話を始めた。


「王子ってさ、その地位に見合う人と結婚しなきゃいけないんじゃねぇの?」

「王子っていったって、俺はただの妖精ですから。そこまで縛りがある訳でもないし、望まれているわけでもありませんよ」

「ふーん、そんなもんなんだな」


 大して興味もなさげに、サンロッタは頭の後ろで指を組んだ。


 サンロッタの足元には、イグマが引き連れていた数と比にもならない程の小魚が泳いでいた。

 パフィリカは、実与と腹の探り合いをしていたサンロッタの姿を思い出し、ついてきたのは軽率だったかも……なんて後悔した。


「虫には骨がないことは知っているか?」

「えぇ、しかし外骨格というものはありますよ」

「そうだったな」

「それが何か?」


 唐突に虫の生態の話を始めたサンロッタに、パフィリカは訝しげな顔をした。


「虫っていうのは本能に忠実でさ、魂にまで習性が染み付いているんだ。だから、船送りを繰り返さずとも『青い星』に向かっていくことが殆どだ。しかし、稀に俺たちの元にやってくる個体がいる。それは、何故か分かるか?」

「青い星とは、愛に満たされた者が向かう星のことですか」

「それ以外を青い星とは呼ばない。そんなことは今いい。俺の質問に答えろ」

「……本来ならばザルザンを頼らなくても良い虫が、ザルザンを頼る理由……それは、死んだあと己の役割を全うできなかったと自覚があるから、でしょうね」

「そうだ。自己犠牲の習性を受け入れることができても、役割を果たせないことに関しての評価がかなり厳しいらしいな」


 サンロッタは「コイツも」と言ってポケットからハンカチを取り出すと、パフィリカに開いて見せる。

 ハンカチに包まれていたのは、干涸びたテントウムシであった。


「俺の鼻先に止まったと思ったら、すぐに死んじまった」

「……虫について、聞きたいことでもあるのですか?」

「アンタみたいな虫の妖精にも習性があるのか気になってさ。……火に惹かれるは、その類か?」

「……貴方もミヨと同じことを言うんですね」


 まるで不躾な質問な上に、霧の森で実与に同じことを言われたことを思い出し、パフィリカは顔を顰める。

 サンロッタはパフィリカの顔を見ると「なんだ、もう言われてたのか」と笑った。

 それがパフィリカの気持ちを逆なでしていることなど、サンロッタは気づいているのだから性格が悪い。


「俺は、別に……今のところ、貴方に惹かれるような気はありませんよ」

「そーなの? 俺に宿る火を見ても、そう言える?」

「富ノ國のザルザンの火を見ても、恵ノ國のザルザンの火を見ても同じです。俺は、ミヨの夜に惹かれたんです」

「夜?」

「夜空のように高くも深い瞳です。俺はあんなに熱い夜を見たことがありません」

「……誤解を生みそうな言い方するなよ」

「え、あ、そういう意味ではないですよ。なんて言うんでしょうか、ミヨの目は……怒ってる……?」


 更に遡り、パフィリカは初めて実与と出会った時のことを思い出す。

 涼やかな鈴の音を引き連れてやって来た人は、夜を纏ったような人だった。


「なあ、俺たちザルザンがどのようにして、この地に呼ばれるか知っているか?」

「この地のザルザンが死んだとき、大谷の底で誰よりも愛情深かった人が選ばれるのですよね」

「そうだ。しかし、どうだろう。俺たちの言動には優しさなんて感じられやしないのではないか?」

「優しい人だからといって、その言動が関連づくとは限りませんよ」

「まあ、それもそうだな。では、言い方を変えよう。アンタたちは、俺たちから一線引かれていることには気がついているか?」


 サンロッタの言葉に、パフィリカはドキリとした。

 共に旅をするようになり、実与が自分に対して少しは気を許すようになってくれたかと思いたいパフィリカだったが、現実に目を向けると、自信など全く持てるものではなかった。

 

「俺たちはハヅキを愛している。ハヅキに呼ばれ、ハヅキの責を共に背負った。大谷の底に、誰にも引けを取らぬほどの愛と、強引なまでに引き離されても尚」


 サンロッタは、優しい手つきでテントウムシをハンカチで包むと、そっとポケットに仕舞い込んだ。

 ポケットに手を突っ込んだまま、サンロッタは霧の森の奥を見据える。

 

「アンタたちは、俺たちがいないと、花になって、それで終わり。青い星を目指すこともできない。俺たちは優しいんだ、誰よりも。……見捨てることは、できやしない」


 サンロッタの足元を泳いでいる小魚が、忙しなく円を描いていた。

 パフィリカは、サンロッタが水の波紋を辿るように歩いているように見えた。


「しかし心は違う。どうして、こんな場所で生きていかねばいけないんだと思う日々がある。俺の幸福を返してくれ、と。そう思わずにいられない日々が、幾つもあるんだ。ハヅキが求めるように生きられないアンタらを憎たらしく思うことだってある」

「俺の一生は、その干涸びたテントウムシのようだと言いたいのですか。一国の王子としての生涯を歩むことが、ザルザンの願いであり、それに逸れることは反すると」

「俺はそう思うけどね。死ノ國のザルザンの考えは分からん。所詮、俺たちは他人だ。……アンタら、恋人か何かではないよな?」

「こ、恋人!? そ、それは……そんなんじゃありません」

「だよなあ。では、なんだ。アンタを連れているのは気まぐれか何かか」


 ぐさりと痛い所を突かれたパフィリカは、せめてもの慰めに自身の胸を擦った。

 

「……同情でしょうね」

「翅のことか」

「はい」

「どうして、アンタが悲しい顔をするんだ? 奪われたのは、アンタだろう?」


 どんどん声のトーンが下がっていくパフィリカの様子に、サンロッタは目を丸めた。


「不可抗力です。俺の行動によって、俺は翅を失った。ミヨは、ザルザンとしての役割を全うしようとしただけなんです」


 サンロッタは「ふぅん」と言うと、歩きながらつま先で地面の波を掻き分けた。


「好きなやつに同情でそばに置いてもらうのは、情けなくないのか?」

「情けないですよ! 情けないけど、情に訴えかけないと連れてってくれないと思ったんです」

「それで、怒りを抱えている相手を好きになるって、どんな心境なんだ? マゾなの?」

「違いますよ。……俺の周りには不幸から目を逸らし、悲しみに目を伏せる者が多くいたんです。でも、誰も言葉を使って俺たちを避難することはありませんでした。國の転覆が迫ろうとも、最期まで共にあると言う者も……」


 未だ熱を持つ己の背中を想い、パフィリカは目を伏せるように足元に視線を落とす。

 パフィリカは、背中の熱を愛しく思っていた。

 そんなことを言ってはサンロッタにマゾと断定されてしまうだろうから、口には出さなかったが、パフィリカにとっては大切な痛みのひとつであった。

 

「きっと、怒ってくれる人が現れるのを待っていたんだと思います……バカなことは止めろって」

「他力本願なこった」

「全くです。……無理やり船送りにされたなら、彼女のせいにできます。俺たちの強行しようとしていたことは、ザルザンの名の下に打ち砕かれるのだと。これでやっと、大きな声で我が國を非難できると思ったんです。でも、ミヨと関わるうちに、俺たちの考えは在ってはならないものだと痛感したんです。そして、次を望まれるがままに、倒景の焔が俺たちに向いた。どうにでもなってしまえとさえ思っていたのに、その時が訪れようとした時、体が勝手に動いてしまった。元凶である人は、俺の大切な人だったから、目の前で殺されるのを見ていることはできなかったんです。例え、俺たちに次があるのだとしても、その人の次を俺は知りません。その人も俺のことは忘れてしまいます。そんなことは嫌だったんです。全てが、受け入れ難かった。ザルザンが苦しそうにしているのも、見ていられなかった」

「それで、その場を丸く収めることも叶わず、あーだこーだ揉めているうちに翅がもげたと」

「ザックリにいうと、その通りです」

「ザックリし過ぎだろう。内容の殆どを伏せて、状況が見えやしない」

「俺たちが言葉を並べたところで、信じるかは貴方が決めること。それなら、俺がどのように話しても良いのではないですか。所詮、俺たちは信頼を得るに値しない余所者なんですから」


 パフィリカが語った内容は、一人悪者になろうとした実与を否定するものだった。

 庇われることを受け入れた情けない己が、今ここで弁解をしろとパフィリカを躍起にさせたのだ。


 サンロッタが広場で実与に言った内容を殆どそのまま返すと、サンロッタはハッと鼻で笑った。


「言っておくけど、俺たちは死したあと新たな肉体を得ることはできないぞ」

「それは暗に、ザルザンを愛で満たそうとしたところで、意味はないと言いたいのですか?」

「そうだ」


 サンロッタは、気だるげにパフィリカの気持ちを遠回しに否定した。

 それは死ノ國のザルザンのためか、パフィリカのためを想ってか。

 パフィリカは、そのどちらの意味もあるのだろうと考えた。

 何故なら、サンロッタもまたザルザンだったからだ。

 誰よりも優しいザルザン。

 押し付けられた役割を遂行するために、悪ぶったふりをしても、その澄んだ心が濁ることはない。


 パフィリカは、フッと口元に笑みを浮かべると、憂いを帯びるように目を伏せた。


「……ミヨが幸せになることには意味がありますよ」

「どんな?」

「ザルザンはフィン・グ・ラリアープルの申し子の幸福を望んでいるのですよね?」

「そうだよ」

「俺はミヨが幸せになってくれないと、幸せにはなれません」

「……はあ? お前、何言って」


 パフィリカの意図することに気が付いたサンロッタは、心の底から悍ましいものを見る目で隣を歩く男を見た。

 穏やかな顔をしている蛾の妖精を見て、サンロッタはわなわなと震える。何を言ってるんだコイツ、と言いたげに顔を歪ませながら。


「アイツはザルザンだぞ?」

「俺が青い星に向かえるように、愛で満たさなきゃいけないんですよね? それなら、ミヨが俺を幸せにしてくれなきゃ」

「そんなこと、あり得ない。ザルザンがアンタらを特別に愛するとでも? アンタの欲深さが道理を外そうとするのなら、アンタを死なせて、愛を満たすのは次のやつに任せりゃいい。ザルザンからの愛情なんてもんを望まないアンタになれば良いだけだ」

「でも、俺が俺の心を持って青い星に行きたいと願ったら、ザルザンは無価にはできないでしょう? ましてや、自分に向いた好意的な感情を頭ごなしに否定することは苦手なはず。俺の道理は、虫の本能に囚われやしません。満たされなければ、骨の髄まで染み込んだ想いが、亡き人を求め続けるのみです」


 より強い思いは、骨に沁みて次の生に活かされる。

 パフィリカは、実与への気持ちを確固たるものとし、例え実与が死した後の人生を生きることになっても、実与からの好意を求め続けると宣言した。

 この場に本人がいないのを良いことに、そんなことは実与が受け入れられないと知っていて、パフィリカは言っているのだ。


「……アンタ、いい根性してんな」

「愛ゆえです」

「うげー、やめろよ。砂糖吐きそうになるわ」

「先に話を振ってきたのはそっちですよ」

「……どうして、そこまで」

「俺にとって、あの人の優しさも怒りも、居心地が良かったんです」


 森の木々が開けてくると、遠くの景色にハヅキの涙に輝く水光が見えた。

 すると、サンロッタは深い溜息を吐いた。そして、輝く光に瞼を瞬かせると、寂しげな顔を浮かべた。


「ザルザンに、私を愛して、なんて言わせることができたら、アンタはすごいよ」


 ザルザンは、ハヅキのどのような愛を見たのか。

 パフィリカには知り得もしない。

 ただ、ザルザンとは見えている景色が違うことは、サンロッタの表情、そして実与の表情を見ると明らかであった。

 パフィリカは、深いところで分かち合えるザルザンが、羨ましくもあり、妬ましくもあった。



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