陶器の中で鳥はまわる
実与たちがイグマの後をついてやって来た部屋は、陶器人間が知識の魚から情報を得る為の部屋であった。
その部屋は始めに通された部屋よりも些か小さな部屋で、テーブルの代わりに白い陶器で作られた水受けの台が並んで置かれていた。
「火が……」
「あぁ、燃えてるな」
部屋の中心部には、両手を胸に当てて瞼を閉じている女性の水の像が建っていた。
女性像の胸元は、マゼンダ色の灯が宿るようにユラユラと揺れている。
実与とパフィリカ、そしてレウィシアは美しい女性像に目を惹かれ、立ち止まってその像を見ていた。
この頃になると、実与とパフィリカは水の中で息が吸えるという環境にすっかり慣れていた。
「レウィシア、こっちに来てごらん」
イグマが穏やかな口調でレウィシアを手招く。
並んでいる内の一つである、白き陶器の水受け台の近くにイグマは立っていた。
レウィシアはイグマに差し出された手を取ると、促されるように踏み台に上って水受けを覗き込む。
「レウィシアは何か知りたいことはあるか?」
「”そうね……私に声を貸してくれているペロルの事とかはどうかしら”」
「練習だしな。それくらいで良いだろう。では、両手を底につけて、水受けの中を見たまま知りたいことを繰り返し言ってごらん」
「”ペロル、ペロル。私の中にいる貴方のことを教えてちょうだい。貴方は何をすることが好きで、何を見ることが好きなの?”」
レウィシアの小さな背中を見つめながら、実与は目を細める。
「あの人は、他者に寄り添うことが上手い」
実与からポツリと呟かれた言葉を聞いていたのはパフィリカだけであった。
パフィリカが実与の顔を見ると、口角が上がっていることに気が付いた。
「優しい人なんでしょうね」
「……うん」
後ろで自身の話をしていることなど露知らず。レウィシアはペロルについて知りたいことを思いつく限り口にする。
「”さあ、教えてちょうだい”」
レウィシアが全てを言い終えると、レウィシアの体の中に納まっていたペロルが水受けの中に飛び込んだ。
驚いて手を引こうとしたレウィシアに、イグマは「手はそのままにしていろ」と言った。
水受けの中に飛び込んだペロルは、魚のようにグルグルとまわる。
水が渦を生むと、レウィシアの瞳には様々な景色が浮かび上がった。
水泡鏡が浮かぶ中、東雲色に染まる恵ノ國の城。
広場でお昼をとっている人々の姿。
手から腕、ペロルが作る渦は振動となり、レウィシアは景色に見合った音が聞こえた。
暗い水底から見上げた、海面の明かり。
ペロルがいない体では声が出ないレウィシアは、場面が切り替わる度に体を前に揺らした。
数々の景色を見せたペロルは充分に満足したのか、回転を緩め、レウィシアの体の中に戻っていった。
「”貴方はこの國が大好きなのね”」
ペロルが戻ったことにより声を発する事が出来るようになったレウィシアは、関節の球体をまわしながら、ぎこちなく胸に手を当てる。
「ペロル自身は言葉を持っていないのか?」
レウィシアの様子を見守っていた実与がイグマに訊ねる。
「ペロルは鳥だからなあ。しかもオウムなどとは違う種類だ。言語は話さないよ」
「”じゃあ、伝えたいことがあったら見せて貰えばいいのね。声を与えてくれた代わりに、私はペロルの声になるわ”」
ね、と声を弾ませるレウィシアの姿に実与が感極まっている一方で、パフィリカは顎に手を当てて考え事をしていた。
「この水受けのような台って、持ち運べる大きさの物はないんですか?」
「ペロル相手に使いたいなら入れ物はなんだっていい。ペロルは水の外でも生きていられるからな。レウィシアがペロルについて知りたいと言ったからやらせてみただけだ。本来、この水受けは知識の魚に使うもんだからな。知識の魚から情報を得る場合は、さっきみたいに知りたいこ内容を繰り返し言うんだ。そうしたら自ずと知識の魚がこの水受けにやって来て情報を見せてくれる」
「”分かったわ”」
「これで青銅鏡の使い方は以上だ。本当にパフィリカは練習をしなくていいのか?」
踏み台からレウィシアを下ろしていた実与は「そーだ、そーだ」と茶々を入れる。
「パフィリカ、お前だけやらないなんてズル……心配にならないか? 後になってやり方が分からないっていうのは、面倒な事だぞ」
「今、ズルいぞって言おうとしましたよね」
「ズルいだろう」
「あ、本当に言った」
散々な目にあった実与は、パフィリカが同じ体験しないことを不満に思っていた。しかし、実与が口を尖らせて不満をぶつけるも、パフィリカが頷くことはなかった。
「……まあ、いいよ。いずれ使うだろうし」
「実与は他にも知りたいことがあるのですか?」
「あるよ。旅の道中は初めて歩く道ばかりになるのだから、旅に必要な知識や他の國の情報は可能な限り知っておきたい。身近なことも含めてな……」
語尾がはっきりとしない実与の言葉に、パフィリカとレウィシアは顔を見合わせる。
しかし、実与は言い直さない。二人が聞き取っていない事に気が付いているだろうに。
そんな実与の様子を見て、イグマは別の部屋の案内を提案することにした。
青銅鏡には陶器人間たちの住居もあるらしく、実与たちは一日を掛けてイグマに青銅鏡の全てを案内して貰った。
イグマの友人には会うことができなかったが、実与たちにとって陶器人間たちの生活を知る良い経験となったことだろう。
「それじゃあ、そろそろお開きにするか」
「あぁ、今日は一日ありがとう」
「色々なことを学べました」
「”今度は、ゆっくりお話しをしましょうね”」
青銅鏡の外の扉の前で、四人は一日の終わりと別れを告げる。
「青銅鏡は何時までやってるんだ?」
「ずっと開いているよ」
「無休?」
「魚の中には夜行性がいるから、夜に適したものが管理しているんだ。それと、陶器人間は眠らないからな……交代で管理してくれているんだ」
イグマが気まずそうな顔をしてレウィシアをチラリと見ると、レウィシアは気にするなと言いたげに片手を上げて応えた。
青銅鏡の運営方法を知り、実与は感心したように頷く。そして、青銅鏡の扉の前に移動し、三人を振り返る。
「少し調べたいことを思い出した。二人は先に戻っていてくれ」
「待っていますよ?」
「いや、少し時間が掛かるかもしれないから、先に戻っていて欲しいんだ」
「”大丈夫なの? まだ調べるのに慣れていないでしょうし、心配だわ”」
「大丈夫。頼むよ」
少し困ったように笑みを浮かべる実与を見て、レウィシアとパフィリカは説得する事ができなかった。
自分たちがいると都合が悪い事なのかもしれない。そう思ったのだ。
「体調を崩したら、具合が悪いとか気持ち悪いとか呟け。そうしたら知識の魚が休める場所まで運んでくれる」
「分かった。なんだか、貴方には世話になりっぱなしだね」
「なんだ唐突に。気にするな。他國の尋ね人なんて珍しいんだ。暇つぶしにでも関わらせてくれよ」
イグマの優しい物言いに、実与は表情を和らげる。
すっかりイグマを信頼しきっている様子の実与に、パフィリカは拗ねたようにこっそり顔を顰めた。
「それじゃあ」
「またな」
「また」
「”またね”」
こうして、イグマ、実与、そしてレウィシアとパフィリカは別れた。
再び青銅鏡に戻った実与は、暗い表情をしながら部屋の隅の椅子に腰かける。
そして、イグマに教えられた方法を思い出しながら、目を閉じると口を開いた。
「妖精の、失われた翅の取り戻し方を教えてくれ」
祈るように、一筋の光を求める。
実与が知りたがったことは、一国の王子である蛾の妖精についてであった。
しかし、幾ら待てど知識の魚が実与の元にやって来る気配はない。
「……蛾の翅の再生方法を知りたい」
ダメ元で呟いた言葉すら、知識の魚が反応することはなかった。
「……やっぱり、そんな都合の良いことなんて、ないか」
ゆっくりと目を開けながら、実与は暫くテーブルの上を見つめる。
呟いた声は酷く寂しげに、青銅鏡の中を漂っていった。
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