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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
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知識の魚


 城壁に囲まれた街のある小高い丘から、ハヅキの涙に広がる青々とした空を眺めながら、ザルザンの実与、陶器人間のレウィシア、蛾の妖精のパフィリカの三人は並んで座り、サンドウィッチを食べていた。

 水でできた草原は想像とは違い、柔らかで、仄かに暖かさを感じるものであった。


「全く、あの『ポッカルッカ』という魚は少しお喋りが過ぎる」


 実与は不満を漏らすとバクッと大きく口を開いてサンドイッチの半分を口に入れた。

 ポッカルッカとは、ナマズの顔によく似た魚で、のんびりとした性格をした魚である。その一匹が朝抜けに頭がまわっていない実与について泳いでは色々と訊ねていたのだ。

 ポッカルッカは少しばかり忘れっぽい性格をしているようで、何度も同じ話を繰り返していた。

 水の亀はどのような場所を好むかという話が三十三回目となった所で、実与は適当な用事を言ってポッカルッカから離れた。

 そして、三人が逃げるようにして城を出て、やって来たのが水の草が生い茂る小高い丘だったという訳だ。


「あの調子だから、満足するまで話を聞いてくれる人がいないのかもしれませんね……随分と嬉しそうに話をしていましたし」

「……私の行動は不躾だったかもしれないが、それにしても繰り返し過ぎだ」


 バツの悪い顔をした実与を見て、パフィリカは苦笑いを浮かべる。

 ポッカルッカに出会った時「可愛い顔をしているね」なんて、実与は言っていた。それがまさか、うんざりする程のお喋りだとは思いもしなかったのだから仕様もない。


 残りのサンドウィッチを食べ終わると、実与は両手を後ろについて足首をユラユラと揺らした。


「この國もまた、美しいですね」

「そうだな」


 水でつくられた建物。

 水でできた植物。

 この街の至る物や生き物は、殆どが水でできていた。

 透明な世界の中には、肉体を持つ生き物や陶器が混ざっている。

 深い青と眩い白の中で、水以外の存在が色を生み出していた。

 実与は目を細めるようにして、街を眺めていた。

 するとどうだろう。遠くの方から大きく手を振って実与たちの方向に向かってくる人影が見えるではないか。

 穏やかな顔を少しだけ顰めて、実与は警戒しながらもこちらに向かってくる人物の方向を凝らして見る。

 

「おおーい、お前たち。こんな所にいたのか」


 実与たちの元にやって来たのは、医師であるイグマ・ハシュルカーマであった。

 ポッカルッカが追いかけてきたのかと思っていた実与とパフィリカは安堵の表情を浮かべる。そんな実与たちの様子に、イグマは不思議そうな顔を浮かべた。


「ポッカルッカって魚を知っているか?」

「あぁ、なるほど。みなまで言う必要はない」

「あの魚は有名でしたか」

「まあな」

「それで私たちは、折角、城の者が用意してくれた朝ご飯を断って、街で評判のパン屋でパンを買うことを選んだという訳だ」


 実与は脇に置いていた紙袋を手に取ると、中から真ん丸のパンを出してイグマに見せる。


「食べるか? しょっぱいのも甘いのもあるぞ。ああ、イグマはこの國の者だから十分に味は分かっているか。それで、どれにする?」

「いや、良い。それより、陶器人間について知りたいことはないか?」

 

 パンはいらない。そう言われた実与は「いらないのか」と呟きながらパンを紙袋に仕舞う。

 ポッカルッカの影響か。少しだけくどくなった実与にパフィリカは苦笑いを浮かべていた。

 

「そりゃあ有益なことなら知りたいが、水の亀がどのような場所を好むのか、そんな話ばかりが頭の中をぐるぐるとしているもんでな。何を知るべきか、今この瞬間には考えることが出来ない」

「それで水の亀が好む場所は教えて貰えたのか?」

「いいや。それが、教えてくれる寸前になると私たちに興味を示すものだから、教えて貰えなかったんだよ。不完全燃焼もいいところだ」

「水の亀が好む場所は、陽がよく当たる深い影だ」

「それは妙な話だ。陽がよく当たる場所に影は出来ないだろう」

「お前さんの経験と知識だけで物事を決めつけちゃあならんぞ。いいか、間違えても水の亀を虐めたりするんじゃあないぞ。全ての痛みが返されちまうからな。甲羅の模様が影に浮かんで見えるから、それで判断しろ。いいか、踏まないようにな」

「……わかったよ。それより、陶器人間について詳細に記された文献でも読めるんだろうな」

「勿論だ。スヤキを連れて旅を続けるのなら、知っておいた方が良いだろう」


 実与とパフィリカはレウィシアに視線を向ける。

 そして、実与とパフィリカが視線を合わせると同時に、パフィリカは手に持っていたサンドウィッチを全て口に入れた。


「この人はレウィシアというんだ。スヤキって名前じゃない」

「”声を頂いたので、改めて名前を紹介させて頂戴。イグマ医師”」

「あぁ、ペロルを得たのか。上手に話すじゃないか」

「本来は難しいんですか?」


 モグモグと口を動かしていたパフィリカだったが、口の中の物を飲み込むと会話に参加した。


「ペロルにも意志があるからな。好き勝手に歌う個体もいる」

「”それなら、私の中に留まってくれている小鳥は優しくて賢いのね”」

「レウィシアの容姿がこの國の風貌とは違うもんだから、珍しさもあるんだろう。賢いというのはあっているかもしれんな。言うことを聞かねば、別のペロルに変えられるかもしれんのだから」

「このまま旅について来てくれるなら、そのペロルにも名前をつけようか」


 珍しく機嫌良さそうにしている実与の口角は緩やかに上がっている。

 このままペロルが旅についてくることには賛成なのか、そう聞きたかったパフィリカだったが、上機嫌な姿を見せる実与が珍しくて、ついつい言葉を飲み込だ。


「ところで私たちに何か用事があったんじゃないのか?」

「ああ。お前さんたち、『青銅鏡』に興味はないか? そこは、この國が誇る図書館であると共に陶器人間が暮らす施設とでもいうべきか。恵ノ國は知識の國だ。もしかすると、知りたいことが見つかるかもしれんぞ」

「図書館か。それはいいな。ぜひ案内してくれ」



 青銅鏡。

 ココロと出会った広場を東に進むと、氷が覆う海の底を覗くように深い青い色の屋根の小さな城のような建物が建っているのが見えた。

 建物の壁は不思議なもので、透けているのに中は見えない。実与は興味深そうに壁面を見つめた。


「光が屈折して中は見えないよ。勿論、中からも外は見えない」

「これは水の妖精の力を借りて建てているのか」

「そうだ。こうした物体は妖精が全て作り、形を保ってくれている。お前のところは、妖精からどんな恩恵を受けているんだ?」

「なんだと思う?」

「死ノ國か……そうだなあ、火は倒景のものであるし、影とかか?」

「ご名答。では、何故そう思った?」

「影とは別つことが出来ない。それは死と同様のことだから、と考えた」

「その通り。流石、我らを凍える夜の森から救ってくれたイグマ医師だ」


 実与は満足そうに頷く。

 そんな実与にイグマは「大袈裟な奴だ」と呆れるように笑った。


「知っているか? 一人で永遠の眠りに就こうとも、己の影が我らの手を握ってくれることを。だから、寂しいことなんてない。怖いこともない。私たちは決して影とは離れることができない。暗闇は怖いものなんかじゃない。掛け替えのない、友人なんだ」

「そりゃあ、寂しい時なんてありゃしないな」

「寡黙すぎることが痛いところだがな。まあ、沈黙ばかり貫くが、自分にとっては一番の理解者だ」

「俺自身となれば、喋らない方が良い。うるさくて適わんよ」


 実与が水で出来た壁を人差し指でなぞると、小さな波が実与のあとを辿る。人肌と同じ温度なのか、冷たさを感じることも熱さを感じることもない。それは、なんとも形容しがたい感覚であった。


「死ノ國について、一つ賢くなった」

「それは良かった……って、うわ!」

「ああ、今の話を聞いてやって来たのか」


 青銅鏡の扉の向こうから透明色の小魚が実与の足元までやってくると、実与のつま先からスルリと体内に入り込んだ。

 小魚が実与の体内を泳いで首や顔に辿り着くと、くっきりとその形が浮き上がる。目元の横を通り過ぎた時、実与は顔を顰めた。

 実与の体内を泳ぐ小魚を見て、パフィリカは慌てふためいた。


 「だ、大丈夫なんですか? それ」


 小魚が頭を周回するように泳ぎ、顔の中心に戻ると、実与は「オエ」と言って小魚を吐き出した。

 小魚は、先ほど見た色とは打って変わり、体の中には散光星雲が瞬いていた。


「……説明しろ、イグマ」

「これは『知識の魚』だ。まあ、名前の通りの魚だよ。さっきお前が話してくれた影……影の妖精に関することを知識の魚が得たんだ」

「この後はどうなるんだ」

「それはこの中に入ったら分かる。さ、立ち話はここまでにしよう」


 十分な説明もせずに、イグマは青銅鏡の水の扉に歩き出すと、トプンと音を立てて水の扉の中に入って行ってしまった。

 実与はレウィシアの手を取ると、イグマに倣って水の扉を潜り、その後ろをパフィリカがついて歩いた。

 感触は、張りのある水。室内に入ると中は水で満たされていたが、実与たちが苦しさに藻掻くことはなかった。


「……これは」


 青銅鏡に入った実与たちは感涙の声を上げる。これは些か籠っていた。

 恵ノ國を訪れてから、実与たちは幾度も自分たちが水の中にいるような錯覚をした。しかし、今、訪れた場所は國の至る場所よりも更に深い、水の底のような場所であった。体、神経の全てが水に沈んでいるようなのだ。

 天窓から差し込む光がゆらゆらと揺れている。

 青銅鏡の中では、先程、実与の体内に侵入した小魚に似た魚が群になって泳いでいた。


「青銅鏡には本は置いていない。その代わり、得たい知識は魚から得る。まあ、そうはいっても、字を読むのと同じくらい脳は疲れるんだがな」

「得る為には魚を体に取り入れなければならないのか」

「そうだ。最初は気持ち悪いと思うが、三匹目あたりになると慣れてくるよ」


 ガッハッハと笑うイグマとは対象に、実与は小魚が体内に入った時の感覚を思い出し、顔を思い切り顰めた。

 富ノ國では精霊についてを調べた。しかし、富ノ國では思わぬ事態が起こっており、実与は富ノ國についてを調べなくてはいけなくなった。

 それに比べて、今回は恵ノ國について調べることは然程もない。

 知って損することなど殆どないだろうが、精霊のことを調べられたら良い。

 今回は面倒事はないと安心していたが、その文献を調べる為、知る為には知識の魚を体内に取り込まなくてはならならい。

 その事実を知った実与たちは、イグマに遠慮をすることもなく溜息を吐くのだった。



いつも評価やコメントに励まされております。

楽しんでいただけましたら、ぜひよろしくお願いします!


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