表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
24/34

夜の談話

お久しぶりです!

楽しんでいただけましたら、嬉しいです。


 夜。パフィリカは恵ノ國の精霊王であるビャクヘキが用意した部屋の談話室に一人いた。

 パチリパチリと暖炉の中で燃える火が弾ける音を聞いていると、翅を根元から失った背中が痛むのか、パフィリカは痛みを庇うように無意識に肩を押さえると、これまた眉間の皺も無意識に寄せた。


「”パフィリカ”? 起きていたの?”」


 扉が開く音が聞こえ、パフィリカは肩を押さえていた手を離し、音のする方に視線を向ける。

 視線の先にいたのスヤキであった。


 用意された部屋は談話室を中心に、ミヨとスヤキ、そしてパフィリカの寝室が扉を隔てて繋がっていた。


「はい。スヤキも眠れないんですか?」

「”元より、私は眠ることが出来ないものでね"」


 パフィリカは旅仲間である陶器人間のスヤキの言葉を聞いて、自身の言葉が不躾だったことに気が付き、少しだけ項垂れた。

 スヤキはパフィリカの隣まで歩いてやって来ると両脇を上げた。自分を抱き上げてソファーに座らせて欲しいと意思表示を見せたのだ。

 パフィリカはスヤキの行動を理解すると、あまりにも軽い体を優しく抱き上げて隣に座らせてやった。


「”ありがとう”」

「いいえ。スヤキは自分を大切に出来て、偉いですね……その、目上の方に言うのは失礼な言い方かもしれませんが」

「”私に何かあったら、あの子が泣いちゃうから”」


 表情が変わらない陶器人間の表情は、一寸狂わずニコリと笑みを浮かべていた。


「”ねえ、パフィリカ。私のことは”『レウィシア』”と呼んで頂戴”」


 スヤキが呼んで欲しいと言った名前は、声を得たスヤキに対してミヨが呼んだ名前であった。

 パフィリカは『スヤキ』から『レウィシア』呼びに変わっていた事には気が付いていたが、二人から事情を聞くまでは深入りしないと決めていた。

 そして結局、先に口を開く事となったのはスヤキの方であったようだ。


「それが、貴女の本当の名前なのですね」

「”そう”。私の名前はレウィシアというの。鮮やかな色をした花の名前よ」

「素敵な名前ですね。では、レウィシア。そう呼ばせて貰いますね」

「”えぇ、お願いします。スヤキなんて、ナンセンスよ”」


 鈴を転がす様に笑って話すレウィシアであったが、陶器人間の表情は相変わらずであった。

 パフィリカはレウィシアから視線を逸らすと、誰も座っていない向かいに置かれたソファーを見つめた。


「”ねえ、パフィリカ”」

「なんですか?」

「”背中、痛むの?”」


 ポツリポツリと話す二人の会話の合間に、暖炉の中の火が音を立てて弾け続けていた。

 パフィリカはまた無意識に肩を押さえようとしたが、自分の行動の意味を深読みされては困ると考えて堪える。


「痛みはありません。痛む気がする時があるだけで、なんともないんです」

「”此処は水に囲まれた場所ですもの。皮膚が突っ張るのではなくって?”」

「突っ張ることがないと言い切ることはできませんが、それは痛みではありませんから」

「”……貴方は、ミヨを恨んではいないのよね”」


 始め、パフィリカはレウィシアの言葉の意味が分からなかった。しかし、言葉の意味を理解すると驚き、レウィシアを振り向く。


「何故、そのような事を俺に聞くのですか」

「”その翅。貴方の美しき翅を奪ったのはミヨなのでしょう? (ひいる)から翅を奪うなど、命を奪うよりも罪深いこと。貴方がミヨを恨まない道理はないはず。例え、恋慕する相手からの仕打ちだとしても、出会って間もない私たちでは恨まないなんて言われても納得することが出来ないわ”」

「そんな……止してくださいよ、レウィシア」


 不躾なのはどちらであったかと、レウィシアはパフィリカを怒らせてしまったと思った。

 しかし本心であるからして、謝ることも出来ない。

 レウィシアはパフィリカの様子を伺う為に、陶器で出来た己の狭い可動域を工夫し、体を逸らす形で顔を上げた。

 陶器人間の目に反射したのは、優しい笑顔を浮かべた蛾の妖精であった。


「例え俺が小さな蛾であって、その姿である時に翅を奪われたとしても、ミヨを恨むなんてことはありませんよ」

「”どうして?”」

「俺も姉も、他の兄弟も……民も。皆、ミヨに出会っていなければ、死んでいましたから」


 パフィリカはソッと自分の肩を抱くように手を添え、暖炉の火に視線を移す。


「虫とは如何なる生き物よりも堅実だとは思いませんか? 組み込まれた本能に抗うこともなければ、次の命を繋げる為だけの行動を取り続けることが出来るんです……時に、子供は尋ねます。虫に感情はあるのかと」

「”貴方は何て答えるの?”」

「あると信じたい。そう答えます」


 恵ノ國の夜は静かであった。

 水が覆う空の向こうでは、星のきらめきが滲んで見える。

 床下を泳ぐ魚の動きは鈍くも、水底では深い影がゆらりと動いていた。


「虫は、守ることに関してはどんな生き物よりも信用があると断言することが出来ます。何故か分かりますか?」

「”……いいえ”」

「感情に任せて不規則な行動を取らないからです。命を繋ぐ為の行動は、如何なる生き物よりも正確であると言えましょう。それは、慈愛とら似て非なるものの事をいいます。種によっては群れの中に女王を作り、使命として育て、守ることを本能に組み込まれているんです」


 レウィシアは富ノ國で過ごした日々を思い出す。

 パフィリカを虫の属性と考えたとして、女王を守る為の行動を取る虫など、パフィリカの他にいただろうか、と。


「しかし、役目を果たせない女王は用済みです。我らの小さき同胞は、組織として機能しない者に対しては容赦ありません。姉の周りに、彼女を守るようにして控える虫などいなかったでしょう? メラベルは精霊ですから、多勢となったところで虫の王に君臨する精霊をどうにかする事は出来ません。だから、命を奪うような行動を取る者はいないにしろ、王として認識する者はいなくなってしまったんです」

「”それなら、彼女を守る為にいる筈の虫は何処にいるの?”」

「さあ……それは分かりません。メラベルは富の精霊として在り続けられたとしても、虫の長としては見限られてしまいましたから。虫の認識というのは、信頼とか、愛情とか、そんなものでは決まりません。今後、メラベルの行動が長と言わしめるものとなれば、数多の虫は再び群を率いて忠実な兵となるでしょう」

「”虫の長であるのに、虫に見限られた……それは、酷く辛いものでしょうね”」

「それでも、俺たちは生きてゆけます。虫の本能に抗うまでもなく、生きる選択を取ることが出来るんです。あの時、メラベルは他人の不幸を目にしました。コウハタという、子供のね。そして、この世界に執着し、心を燃やすザルザン……ミヨの姿を見たのです。感化するなという方が無理だったんですよ。俺は蛾の妖精であり、メラベルは蛾の精霊です。心の半分は不変を許さず、されど半分の心は揺るがされてしまう。俺たちは、虫の属性を持っていても、何かに、誰かに、生かされることが出来るんです。そしてミヨは、俺たちにチャンスをくれた。心の半分が感情を優先にしたんです」


 僅かばかり興奮気味だったパフィリカは小さく息を吐き出すと、長い瞬きをした。

 

「俺の翅なんて些細なものです。彼女に感謝をすれど、恨むなんて有り得ません」

「”……人とは不思議よね。自分より不幸な人を目の当たりにしてしまうと、悲しみに暮れることが恥ずかしくなったりもする。私もね、ザルザンの手によって繰り返される命を持つ私たちこそが不幸だと思っていた時期があったの。でも、違ったみたい”」

「違った?」

「そうよ。ザルザンこそ、この世界に飼い殺されているんですもの。ミヨは、何度も言うのよ。私たちの命は愛で満たされなくてはいけないって……愛に満ちた時、私たちはどうなるのでしょうね」


 レウィシアは曲げることも出来ない陶器で出来た自身の手をパフィリカの手の甲にコツリと当てる。

 すると、パフィリカは少しだけ驚いた様子で手元を見た。


「”パフィリカ。どうか、あの子が凍えることがないように寄り添ってあげてください。私には出来ないから、こうして望んでばかりいることが申し訳ないのだけど。壊れ物で在るが故に気苦労ばかりかけて……存在通り、お荷物の私。それでも、彼女から離れる決断も出来ずにいる……私をどうか許して頂戴”」


 パフィリカは、手の甲に当たっているレウィシアの冷たくて硬い手を握る。


「貴女がいなくなってしまったら、ミヨは悲しみますよ。貴女はミヨの糧になっています。出会ったばかりの俺が言っても説得力はないかもしれないですけど、貴女の代わりはこの世界中を探しても在りません。俺はミヨの幸せも、貴女の幸せも願います。だからどうか、彼女から離れる決断をつけるなど悲しい事を考えないでください」

「”願いなんて……誰も聞いてくれないわ。……ましてや、願いなんて祈ったところで叶えて貰えるものではなくってよ。安易に両手を縛って願い事なんてしてはいけないわ。私は貴方にならミヨの傍にいて貰えると思ったから、安心できると思ったから望みを託したの。願ったのではないわ”」

「誰かの傍にいたいと願うこと託されることは違うのですか」

「”そうね……そうよ、違うのよ。それは貴方が行動したら良いことであって、何者かに願うことではない……うぅん、なんて言うのが正しいのかしら……”」

「傍にいたいと願い、その上で行動するのではないですか?」


 レウィシアはパフィリカの言葉に肯定せず、思案するように小さく唸る。


「”……私は、ミヨ以外のザルザンを知っているの。あの人の傍から離れて、漸く信仰というものから目が覚めたわ”」

「信仰……?」


 レウィシアの陶器の中にいるだろう水の小鳥、ペロルがチチチと鳴いて羽をバタつかせた。


「”パフィリカ。ミヨを……ザルザンを信仰しないで頂戴ね”」


 レウィシアは自身の手に添えられたパフィリカの手に懇願するかのように、額をくっつけると「”どうか、約束してください”」と呟いた。

 パフィリカはレウィシアの言動に驚き、彼女の小さな肩に手を添えようとした。

 その時、ミヨが使っている部屋の扉が勢いよく開く。


「レウィシア!」


 パフィリカとレウィシアがいる談話室に慌てた様子で入って来たのは、話の渦中にいたミヨであった。

 ミヨはパフィリカと目が合うと、早足で二人の元に歩み寄る。そして、パフィリカの傍にレウィシアが居ることに気が付くと安堵したように息を吐いた。


「……パフィリカと一緒にいたのか」

「”驚かせてしまってごめんなさい。眠れないもので、少し話相手になって貰っていたの”」


 レウィシカの冗談にミヨは困った顔を見せたが、寝起きで頭が回らないのか「そうか」とだけ呟いた。


「その……すみません、ミヨ」


 パフィリカは心配を掛けたことをミヨに謝った。

 例え、レウィシアが自分に付き合わせたと言ったのだとしても、目が覚めた時に彼女が居なかったことはミヨを酷く動揺させたことだろう。


「いい。パフィリカが傍にいたのなら、心配はないよ」

「え?」

「二人が仲良しなら、私も嬉しい」


 いつもよりフワフワと話すミヨの頭が僅かに揺れているのを見て、パフィリカはミヨが寝ぼけ眼であることに気が付く。

 レウィシアも同じだったのか、話は終わりと言いたげにパフィリカの手の下からすり抜けると、ミヨに向かって両手を広げた。

 ミヨは慎重な手付きでレウィシアを抱き上げると「それじゃあパフィリカ。体は労わるんだよ、おやすみ」と言ってゆっくりと体を翻す。

 パフィリカとレウィシアの会話は、ミヨの登場によって終了した。


「隣が空いていると寂しいからね、夜のお喋りは程々にしてよ……」

「”ごめんね。さあ、ちゃんと目を開けて歩いて頂戴。躓いて転ぶわよ”」

「ん、貴女を腕に抱いているのに、転ぶなんて……ないでしょう」


 フワフワとした口調でレウィシアと会話をしながら、ミヨは寝室に戻って行った。


「信仰しないで頂戴、か……」


 話し相手がいなくなり、パフィリカは再び暖炉の中の火を見つめる。


「……漠然と、可愛いって……綺麗だって思うことは、信仰とは呼ばないよな」


 パフィリカが強く瞼を閉じると、その裏には先ほど見つめていた火が浮かび上がった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ